両親の前の私は

千早のおかげで少し落ち着いた私でしたが、家に帰るとまた明日のことが頭によぎって顔が火照ってきます。


両親は今日も仕事で忙しく家にいなかったことでそんな自分の姿を見られることはなかったのですが、同時に、誰もいない家は何とも言えない冷たさを感じさせました。


十月に入ったとはいえ、寒いというほどではないはずなのに……


ヒロ坊くんの家に帰る時のあたたかさとはまるで違っています。


だから私は改めて思ってしまったのです。


私にとって一番必要だったものは<裕福さ>ではなく、家族がいつもそばにいるというあたたかさだったのだと。


もちろん、だからといって今の暮らしに意味がないとは申しません。


『清貧こそが人のあるべき姿だ』


みたいなことを申し上げるつもりもないのです。ただ、私にとってはあちらの家庭の在り方の方が心地好いというだけで。


私の中にある、だらしなくてダメな部分を、私の両親には見せられません。きっと父や母ならばそんな私のことも愛してくださるとは思うのですが、二人の前でだらしない姿を見せている私を想像できないのです。


ヒロ坊くんの家でなら、それをイメージすることはできるのに……


いえ、だからといって実際にそのような姿を見せるのは今はまだ恥ずかしくてできません。


けれど、


『恥ずかしくてできない』


ということはイメージできるのです。なのに、私の両親の前ではそのイメージそのものが湧いてこないのです。


想像さえできないので、恥ずかしいとかいう感覚すらない。


両親の前の私はそうなのです。


あの二人の前での私は、常に清廉でなければならない。それが当然であって、それ以外の私は存在しえない。


だけど私には、ヒロ坊くんの家での私の方がしっくりとくる。


いいか悪いかではなく、そういうものなのです。


両親に対してはもちろん感謝しています。あの人達のおかげで私はここにいて、そしてヒロ坊くんに出逢うことができた。それは紛れもない事実。


その事実を理解した上で、私の心はもう、彼の下へと移っているのです。


改めてそれを感じながら、私は自分で夕食を作りました。だけど千早やヒロ坊くんや沙奈子さんのように上手くは作れない。何度もやっているのに、不思議と、思っているように体が動かない。


人間には向き不向きがあるのだということを思い知らされます。


出来上がったハンバーグを見ても、やはり千早達の作ったものとは見た目からして違うのです。


味も……決して食べられないものではないけれど、間違いなく千早達の作るものの方が美味しい。


おそらく、手際の差が影響しているのでしょうね。


だから誰もが同じようにできて当然とは、私は思わなくなったのです。


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