石生蔵家

「そうですね。気を付けます」


『浮かれすぎ!』と諫める千早に、目を細めながら私は応えました。たとえ相手が子供であっても、道理の通っていることを言っているのであればそれにはきちんと耳を傾けなければならないと今の私は思います。


どちらが上か下かというのは関係ありません。目上だからと目下の者の言葉を蔑ろにするような人は信頼されませんので。


「分かればよろしい!」


千早はやや胸を張って尊大な様子でそう言いました。ですがそれはただのポーズであることは伝わってきます。アニメなどの登場人物の姿を真似ているだけなのでしょう。千早からは、私を見下そうとする気配はまるで伝わってきませんでしたから。


そんな様子にも、私は、自身の頬が緩むのを感じます。


千早が本当に朗らかな気立ての優しい子になってくれたのを実感したからです。


これが彼女の本来の姿なのだと思います。沙奈子さんに強く当たっていた彼女の姿は、理不尽な実の母親や姉達から自らを守るためにいわば<武装>していたのでしょう。硬く尖った<心の棘>で。


しかし、だからといってそれで無関係な他人を傷付けていい道理はありません。それはまぎれもなく千早自身の過ちです。そして彼女は、その過ちを認め、反省し、二度と同じことはしないと誓ったのです。


だからこそ私は彼女を守りたい。いえ、彼女と一緒に立ち向かいたいのです。この世の理不尽に。




自宅前まで来ると、千早は、


「じゃ、また明日ね~」


と笑顔で手を振りながら玄関のドアを開けて入っていきました。


かつては、悲壮な覚悟の上でそうしてたのが嘘のようです。万が一のことがあればすぐさま駆け付ける体制は整えていたとはいえ、幼い千早にとっては暴力的な母親や姉達のいる家に帰るのは恐怖そのものだったでしょう。


あの時点では彼女を保護するに値するだけの証拠がなかったためにやむを得ない対応ではありましたが、そんな状況が劇的に変わったことには素直にホッとしています。


現在の石生蔵いそくら家では最年少であり、本来ならば一方的に世話を焼かれていて当然の彼女が家事一切を一手に引き受け、美味しくてあたたかい食事を家族に提供し、それによってお母さんとお姉さん達を自身に依存させ、関係性を再構築することに成功した事例ですね。


もちろん、この方法が他の同様の問題を抱える家庭で通用するかと言えばおそらくそうではないでしょう。あくまで石生蔵家でのみ上手くハマったというだけに過ぎません。安易にマニュアル化して他でも、という訳にはいかないと私は思っています。


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