ヤキモチ
そうして時間はあっという間に過ぎ、金曜日。
明日はいよいよ旅館に行く予定です。
夕方、いつものように山下さんを迎えての会合の際、
「ピカ。楽しみなのは分かるけど、ぼーっとしすぎてのぼせたりしないようにね」
イチコにそんな風に言われてしまいました。
「は、はい……もちろんです!」
とは応えさせていただきましたが、私がほとんど上の空だったことは、山下さんにさえ伝わっていたようです。
その所為かこれといって話をすることもなく会合は終わり、私は千早を自宅へと送り届けます。
すると千早が私を見て、
「もう、お姉ちゃん、浮かれすぎ!」
とたしなめるように言ってきました。
そこには僅かに<ヤキモチ>が見えます。私がヒロ坊くんを気に掛けていることに対するものです。
今の千早にとってヒロ坊くんは、私を巡ってのある意味では<ライバル>なのでしょう。
かつては、ヒロ坊くんのことを自身にとって都合のいい<弟>のように捉えて沙奈子さんに対して強く当たったりしたこともある彼女ですが、今では私を<姉>と考えて、その私が想いを寄せているヒロ坊くんに対してヤキモチを妬いているのです。
ですがそれは、沙奈子さんの時のような攻撃的なものではありません。千早はちゃんと、私のヒロ坊くんへの気持ちそのものは認めてくださっているのです。
ただ、それでも、完全には割り切ってしまえないのでしょう。
ヒロ坊くんに私を取られてしまうかもしれないということに対しては。
だから私は、しっかりと彼女のことを見るのです。その言葉に耳を傾け、ヒロ坊くんへのヤキモチも含めて、彼女の気持ちを受け止めます。
それが実感として彼女に伝わるように。
人は、大切な人に自分を受け止めてもらえているという実感があると、心に余裕を持つことができるのでしょう。
沙奈子さんに強く当たっていた頃の彼女にはその実感がなく、だから心に余裕もなく、沙奈子さんにヒロ坊くんを奪われまいとして攻撃的になるしかなかった。
でもそれは決して彼女自身のためにはならなかった。
そうまでして手に入れたかったヒロ坊くんには拒絶され、彼女は決定的に孤立するところでした。
けれど、そこに私が現れ、彼女は依存する相手をヒロ坊くんから私へと変えたことで、辛うじて踏み止まることができたのです。
しかも、ヒロ坊くんも、彼女を完全には拒絶しなかった。
彼はただ、千早が自分のことを<都合のいい弟>という形に押し込めようとしていることに反発していただけで、千早の存在そのものを否定していたわけではなかったのです。
それによって千早は救われたのでした。
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