礼儀礼節

「ところで、運動会の練習してるんだけどさ、五年生だから今年は組体操なんだよ」


餃子の具を皮に包みながら山下さんとお話をしていると、千早がそう言って加わってきました。


すると山下さんはすかさずそれに応じて、


「へえ、そうなんだ。沙奈子も?」


と、今度は沙奈子さんに問い掛けました。


「うん…」


沙奈子さんも頷きます。


そこに千早が、


「大丈夫だよ。沙奈も上手にやってるよ。もちろんヒロもね」


胸を張りながら言いました。あまり運動が得意そうではない沙奈子さんについてのフォローなのでしょう。


『今年は私は行けないけど、応援してるからね』


玲那さんからのメッセージにも、


「まかせて!」


と胸を叩きます。


千早も、玲那さんの事情は概ね承知しています。小学五年の子供に話すような内容ではないのかもしれませんが、玲那さんのそれには及ばないとはいえ千早も苦しい経験をしてきたのですから、敢えて情報を共有した方がいいとの山下さんの判断でした。


そして千早は、その想いにしっかりと応えてくれているのです。


子供だからと甘く見ていてはいけないのだと改めて思います。


それを受けて、私も改めて山下さんに視線を向けて、


「今年はカメラマンを二人雇います。なので沙奈子さんの写真についてはお任せください」


と続けさせていただきました。


「え? いいんですか!?」


少し慌てたようにおっしゃった山下さんでしたが、これも私がしたいからそうしているだけのことですね。


『お~! それは心強いっす~』


との玲那さんのメッセージにも、笑顔で返させていただいたのです。


「なんか申し訳ありません」


沙奈子さんと一緒に頭を下げながら恐縮なさる山下さんには、


「いえいえ、お気になさらずに。千早とヒロ坊くんの大切なお友達ですから、私がそうしたいだけなんです。玲那さんがいらっしゃっても同じようにするつもりでしたよ。沙奈子さんも含めて写真に収めたいんです」


と丁寧に説明させていただきます。その上で、沙奈子さんの姿を見て、


「それにしても、沙奈子さんは礼儀正しいですね。千早にもこういうところを見習ってほしいと思います」


正直な気持ちが言葉になってしまいました。そして千早に視線を向けると、彼女は、


「沙奈がいい子すぎるだけだも~ん。私は普通だも~ん!」


などと、頬を膨らませながら言いました。けれどそれは、本気で反発しているというよりはただのポーズだということが伝わってきます。何しろ私も、礼儀礼節をもっとしっかり身に付けてほしいという気持ちはありつつも、それを強要するつもりはありませんでしたから、千早も分かってくれているのです。


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