馴れ初め

『この歳になるともう誕生日がおめでたいものだという実感はまるでないかな。後は衰えていくだけだから』


そうおっしゃったお義父さんに、イチコは表情を変えずに言います。


「そうだね。おじさんって言うよりおじいさんになってくだけだよね」


普通に考えれば失礼な物言いかもしれませんが、この親子に関してはこれが普通なのです。イチコは決して自身の父親を馬鹿にしているのではありません。むしろ好きだからこその<ツッコミ>なのです。


イチコが続けます。


「だけど不思議だよね。お母さんがいたらさすがにこんな風にみんなで集まれたかどうか分からないし。やっぱりお母さんがいたら家庭が優先になってたと思うから。


こうしてみんなに集まってもらってるのは、私のためっていうのもあるんだもんね」


と。


そうです。この集まりの中では私に次いで抱えている問題など無いようにも見えるイチコですが、彼女は小学五年の時に母親を亡くしているのです。


故に私達は、亡くなったイチコのお母さんの代わりというわけでは決してないものの、せめてもの慰めになればという意味で集まっていたというのもあったのです。


これまで、亡くなったお母さんについてあまり詳しい話は聞いてこなかったのですが、いえ、快活で他人を引っ張る力を持ち、いわゆる<男勝り>な方だということについてはお聞きしてたのですが、この時、イチコは良い機会と言わんばかりにさらに詳細に、ご両親の<馴れ初め>について語り始めました。


「お父さんとの惚気話は散々聞かされたんだ。例えば、お母さんは大学内のサークルでは演劇部にも副部長として参加してたんだけど、芝居の演出で部長だった男の人と対立して『お前みたいな女をもらってくれる男とかいないだろうな』って言われて。


その場では『今時、結婚で人間の価値が決まる訳じゃなし、煽りとしても陳腐だね』と鼻で笑ってみせたお母さんも本当は怒ってて、『何なのあれ、ムカつく~っ!』ってお父さんに愚痴ったの。そしたらお父さんが『優衣ゆいは可愛いな』ってサラッと言ったらしいんだよ。ナチュラルに口説いてきてるよね」


そのような話をこうして皆の前で暴露されても、お義父さんは少し気恥しそうに微笑むだけでした。


お義父さんは、イチコのお母さんよりも四歳上で、かつ同じ大学に通っていたわけではないそうですが、同時に参加していた学外サークルにおいて出逢ったそうです。


イチコの暴露は続きます。


「そんなことしてるからお母さんにとってもお父さんの近くはすごく居心地のいい場所だったってさ。


お母さん言ってたよ。『お父さんと一緒にいた方が実家に帰るよりよっぽどホッとする』って。私は自分の家以外のところでホッとするとかいうのぜんぜんピンとこないけど」


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