食後の楽しみ

『私でも作れる!?』


ブフ・ブルギニヨン(牛肉の赤ワイン煮込み)を口にした千早は、アンナにそう尋ねました。


「はい、きっと作れますよ。後でレシピをお渡しします」


微笑みながらそう応えるアンナは、まるで母親のような表情をしていたと思います。


毎週日曜日、ほとんど欠かすことなく沙奈子さんの家で料理の練習をしている千早は、もうそうやって自分から学びたいという意欲を見せ始めているのです。かつての彼女では考えられない姿だったでしょう。


他人に教えを乞うなどと。


当時の彼女にとって他人は、常に、見下し蔑み貶めるべき対象でしかなかったのですから。


そんな千早の姿にも、胸があたたかくなるのを感じます。


『ああ……私は幸せです。この光景に立ち会えるなんて……』




そうして心まで満たされて夕食は終わりに近付いていました。


モリモリと大変な勢いで食べ始め、今もムール貝と格闘している千早とカナと玲那さん以外は既に休んでいます。


そこへ、


「お食事の後に花火はいかがですか? お楽しみいただけるようにご用意させていただいてたのですが」


アンナが大量の花火をワゴンに乗せて現れたのです。


「やった~! 花火なんて久しぶり!!」


千早が声を上げました。


近頃では、近所迷惑になるからと、自宅で花火をするのを避ける傾向にあるようですね。


確かに世知辛いとは私も思いますが、やはり煙や臭いについては苦手な方もいらっしゃるでしょう。住宅密集地で行うことに慎重になっていくのは、当然の流れなのかもしれません。


もっとも、千早の場合は、それ以外にも<家庭の事情>というものがあるのでしょうが……


「ここは隣の住宅まで離れてますし、しかも周囲にあるのはほぼ別荘ばかりでお留守でしたので、遠慮なく花火をしていただけますよ」


私はそう告げさせていただきました。


ただし、


「ただし火の取り扱いだけは注意していただかないといけませんので、駐車スペースのみでやっていただくことになりますが」


とは付け加えさせていただきます。なにしろこの別荘は敷地内にたくさんの木が植えられていて、落ち葉なども多く、花火の火が燃え移れば大きな火災を引き起こす危険性があるのですから。


その点、駐車スペースは美観という点からも常に清掃を行い、また、このように花火などを楽しまれる方の為に確保されたスペースでもありますので。


浮かれて羽目を外し過ぎて事故など起こしてせっかくの楽しい時間が台無しになっては目も当てられません。実際、行楽先でそのようにして事故に巻き込まれる事例が後を絶たないのも事実でしょう。そういう部分については緩めてはいけないと感じています。


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