お客だから

「喜んでいただけましたら何よりです」


楽しげにピザをいただく皆の様子に、アンナが微笑みます。そんな彼女に対し、


「本当に美味しいです。ありがとうございます」


と山下さんが頭を下げてくださいました。


『お客だから』と横柄に振る舞うのではなく、こうして大人がきちんと感謝の意を示すということが大事なのだとしみじみ思います。


そんな山下さんと共に、絵里奈さんと玲那さんと沙奈子さんも頭を下げてくださったのですから。


世の中には、


『金を払ってやってるんだからお大臣扱いしてもらって当然』


と考えてらっしゃる方がいるようです。


しかも、


『金を払ってやってるんだから何を言ってもいい』


とばかりに、少し気に入らないことがあっただけで罵詈雑言を浴びせるということもあるそうですね。


テレビに出ているタレントを罵る<視聴者>なども、これと同じ心理でしょう。


『テレビに出て金をもらっているんだから何を言われても当然』


という考えだと推測します。もっとも、当人方は自身が、


『店員を罵り、果ては土下座を強要する人物と、同類である』


とは決して認めないでしょうが。


ですが私はそのような考えなど、ただの思い上がりとしか思いません。かつての私がそれに近い考え方をしていましたので、余計にそう感じるのです。


あの頃の私が今、目の前にいたならば、昏々とお説教をしてしまえる自信があります。


けれど同時に、あの頃の私には、ただ上から与えられるだけの<正論>は通じなかったでしょうね。


『失いたくない』と実感できる大切なものができ、今の私のままではそれを失ってしまうことが分かったからこそ、客観的に自分を見られるようになったのですから。


故に私は、誰かが店員に対して尊大な態度を取っていたとしてもすぐには口出ししないでしょう。聞く耳を持ってらっしゃる方ならそもそもそんなことはしないはずですので。


聞く耳を持たない相手にどのような高説を説こうとも届かないことは身をもって理解しています。


自らにとって重要な事柄に直結しなければ人は多くの場合、自身の価値観を疑うことすらしないですし。


おそらく、不安なのでしょう。自身が縋るものが否定されるのが。


私自身もそうでした。


だから尊大に振る舞い、他人を威圧することで優位に立とうとしたのです。


もっとも、今ではその必要もまったくなくなりましたので、かつてのような態度をとるつもりもありません。


これらのことも、彼と結婚して家庭を築き、自らが子供を育てる場合に大変重要になってくると私は考えています。


何故ならばその実例こそが、ヒロ坊くんの家庭なのですから。


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