挨拶するのは

『おはよう』


彼にそう挨拶されて、私は、トクンと胸が高鳴るとともに、カアッと顔が熱くなるのを感じました。起きたばかりのまだ心構えも十分にできていない<素>の私を見られたからでした。


ただ挨拶していただいただけでこれですから、一緒に寝ていたらそれこそどうなっていたか分かりません。


<本当の家族>として彼と一緒に暮らすには、まだまだだと思い知らされます。


それは、このように気持ちが昂らなくなってからが本番のはずですし。


<空気>のように、いるのが当たり前となりながらも必要な存在なのでしょう。


彼とイチコとお義父さんや、山下さんご家族のように。


特に、昨夜の山下さんと絵里奈さんのように、どこまでも何気なく自然と口付けを交わせるような関係こそが理想です。


あの時のお二人の様子は、淫猥な気配を放っていませんでした。つまりそれだけ、落ち着いた気持ちのままで自然とそれができたということではないでしょうか。


私も早くああなれたらと。


「……」


ふと見ると、千早がニヤニヤと笑いながら私を見ています。やはり、単純にヒロ坊くんに嫉妬しているならこんな表情は見せないでしょう。彼に対する私の気持ちを認めながらも、ヤキモチを妬いてしまうということなのでしょうね。


そんな千早にさらに顔が火照るのを感じつつリビングダイニングへと千早と共に向かうと、山下さんご家族が既に席に着いてらっしゃるのが見えました。


「おはようございます」


私が声を掛けると、


「おはようございます」


山下さんご家族が、声を揃えて挨拶してくださいました。その穏やかで朗らかな表情。


大変な困難の中にありつつもそれを見せられるということが、このご家族の繋がりの強さ、深さを表しているのだと改めて感じました。


この方々の力になれる私であることを誇りに思います。


そして、私の隣にいた千早も、


「おはようございます」


と明るく挨拶してくれました。そうするのが当たり前というかのように。


それがまた嬉しい。


『挨拶するのは当たり前』


とおっしゃる方は多いでしょう。ですがそれを当たり前のこととしてできない状態にある人は確かにいるのです。かつての千早もそうでした。家族同士で挨拶することさえなかった彼女にとっては、こうやって『おはようございます』と声に出すことさえ容易にはできなかったのです。


それが自然にできない家庭があるというのが悲しい。


他人の家庭のことに口出しするなとおっしゃる方もいらっしゃるでしょう。ですが、もし私が一切の不干渉を貫いていたら、今のこの千早の姿もなかったのは、おそらく間違いないでしょうね。


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