承認欲求
「明日のお昼は、ピザがいい。石窯で焼いたやつ。またあれを見たい」
お寿司を頬張りながら、カナが突然、そんなことを言いました。行儀の悪い振る舞いではありますが、私は敢えて何も言いません。
今は、そういうことを四角四面に捉えるべき場ではないと思うからです。
確かにマナーは大事ですが、それに縛られる必要もないと、ヒロ坊くんやイチコを見ていて思うようになりました。
マナーとは本来、<他者に対する気遣い>であると思うのです。
であるとするならば、いわゆる<気の置けない相手>に対する必要以上の気遣いはむしろ失礼にあたるのではないかと思うようになったのです。
この場合の『気の置けない』とは、『心の壁を作れない』と言い換えればいいのでしょうか。親しい相手に必要以上の気遣いをするのは、<心の壁>なのかもしれないと今は感じています。
『親しき中にも礼儀あり』
とも言いますので、一切の気遣いをしないというのももちろん好ましくはないと思うものの、何もかもをマナーとしてがんじがらめにするというのも違うのではないでしょうか。
その辺りの線引きも、子供は親や周囲の大人の振る舞いを見て学んでいくのかもしれません。
他人の前と家族の前では違っていて当然なのでしょう。お義父さんも、ヒロ坊くんやイチコに向ける視線と、私やカナやフミに対して向ける視線とは明らかに違っていました。
今ではまるで<家族>のような私達ですが、その中でも、やはり<血の繋がった親子>というのは特別な関係であり、それが故に違いが出るのはむしろ当然であると思えます。
ヒロ坊くんやイチコも、お義父さんに向ける視線と私達に向ける視線とは違っているのです。
それを見て、私は、私の両親に対して感じていた<不安>の正体を知ったのでした。
私の両親は間違いなく立派な方であり、私は二人を心から尊敬しています。
ですが同時に、私は、両親に対して得も言われぬ不安を覚えていたのも事実です。
今から思えばそれは、<疎外感>だったのでしょう。
誰に対しても礼儀正しく立派な振る舞いを見せる私の両親は、私の前でも同じくいつも礼儀正しく立派に振る舞っていました。だけど、幼い子供だった私にとってそれは、あまりにも他人行儀だったのだと感じるのです。
私の両親は、他所の子と私とを本当に同じように扱ったのです。
まるで両親にとっては私は、<他人の子>であるかのように……
そう。私は、そんな両親の振る舞いを見て、無意識のうちに、
『私はこの人達の本当の子供じゃないのかもしれない』
という漠然とした不安を覚え、苛まれていたのが今では分かります。
それが、強い<承認欲求>となり、
『あの二人に私の存在を認めさせたい…!』
という焦燥感にも似た願望を抱かせ、このことが、
『私は誰よりも優秀な人間だ! 誰からも認められる優れた人間なんだ。だから誰もが私に従うべきなんだ……!』
などという浅ましい思い上がりに繋がっていったのだろうと今では思うのでした。
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