正気を保っていられたか
彼は、ヒロ坊くんは、周りが全員女の子でも、まるで気にすることなく違和感なく溶け込んで、海を楽しんでいました。
だから私も、彼が海を楽しむお手伝いをしたいと思ったのです。
そうして楽しみつつ、しかし三宮での一件のようなことが再び起きないかと警戒もしていました。
しかし幸い、二組ばかり、ナンパ目的で私やフミに声を掛けてきた軽薄そうな方がいらっしゃっただけで、あの時と同じようなことは起こりませんでした。
もっとも、ここで何か揉め事を起こせば、あの屈強な監視員の方が黙ってらっしゃらないでしょうし、ナンパにしても、私達が小学生の子供を連れた、しかも大人の引率者もいるグループだと知ると、すごすごと退散してくださいました。
もとより、人出が少なく、ということはナンパ目的の方も当然少ないであろうという目算があって、午前の比較的早い時間に到着できるように出発したのですから、まさに狙い通りだと言うべきでしょう。
おかげで私も、ヒロ坊くんと一緒に海を楽しむことができたのです。
午前中から来ることは、山下さんの提案でした。山下さんは、私のように警備会社を使ったりということまではできませんが、沙奈子さんにライフジャケットを着せているように、弱く、財力も十分でないことを自覚していらっしゃって、故に知恵を絞ることで、自身と家族を守るのでしょう。
大変立派な心掛けだと思います。ロクに考えもなしで危険なところへと出向くような方に比べれば、ずっと。
しかし、その山下さんでさえ、玲那さんの事件は回避できなかったのですから、子供を虐待するようなことがいかに罪深いかを改めて考えさせられてしまいしました。
玲那さんのように優しく聡明な方にあのような事件を起こさせるのです。本当になんと罪深い。
ヒロ坊くんやイチコと比べれば分かります。玲那さんは、自身が抱えている<闇>を律する為にどれだけの努力をしているか。けれど、ヒロ坊くんやイチコはそもそもその努力が必要ないのです。律しなければ、制御しなければいけない<闇>そのものを持ち合わせていないのです。二人のお父さんである山仁さんが、二人にそのような<闇>をもたらさなかったからです。
この違いは本当に大きい。
玲那さんは自身の<闇>を律する為に、常に精神的なリソースを割いてらっしゃいます。それが彼女の精神を疲弊させ、それが極限に達した時に判断を誤らせてしまった。
彼女の事件は、そのようにして起こってしまったものだったのです。
彼女の受けた虐待はそれほどまでに苛烈なものだったと聞きます。
そして、もし、ヒロ坊くんがそのような虐待を受けていたとしたら、私は自分が正気を保っていられたか、自信がないのでした。
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