演技
そそくさとその場を離れるように駅に向かって歩き電車に乗ると、やっと少し落ち着きました。
するとカナが何かを窺い確認するように周囲を見回した後、
「あ~、我ながらナイスタイミングで涙出たわ~。すごいでしょ? 女優並みってね」
と、ニヤリと笑いながら言ったのです。
「カナぁ、びっくりさせないでよ。焦っちゃったじゃない」
フミが胸を撫で下ろしながら言います。私も、
「でも、確かに名演技でしたね。おかげでトラブルにならずに済みました」
と言わせていただいたのですが、私は正直、少し違和感を覚えていました。『すごいでしょ?』なんていういかにも女の子らしい言い方を彼女がしたという意味を考えてしまったのです。
その時、
「え? ウソ泣きなの? カナちゃんすご~い!」
という千早の声。こちらも普段は『カナ
カナの涙が演技だったというのは、半分は本当でしょう。でも実際には……
だけど、たとえカナが実際にショックを受けていたとしても、それを紛らわせるために演技をしていると自らに言い聞かせているのなら、私は敢えてそうせずにいられないカナの気持ちを尊重したいと思います。
『演技なんて嘘でしょう?』
などと問い質したくはありませんでした。
すると、
「やるなあ、カナ」
というイチコの声。
さらには、
「へ~っ!」
と、ヒロ坊くんも。
二人については、いつもと変わらなかった気がしますが、それについてはきっと、変わる必要がなかったからなのでしょう。二人はどんなカナでも受け入れているのでしょうから。
私もそれを見倣いたい。
山下さんも沙奈子さんも、もしかしたらカナの涙が演技などではないことには気付いていたのかもしれません。
しかしお二人もそれには触れてはきませんでした。むしろそれがありがたかったです。
この辺りの感性が合うからこそ、お二人も私達と一緒にいられるのでしょうね。
これが無闇に、
『演技なんて嘘でしょう!? どうしてあんな無神経なことを言うような人達に抗議しなかったんですか!?』
なんて迫る人には私達のやっていることはまどろっこしくてじれったいでしょうか。
ですが、それこそがきっと『人それぞれ』というものなのでしょう。面と向かって抗議したいと思われる方はそうなさったらいいんじゃないですか?
ただし、それが招くあらゆることにご自身で責任を負えるのでしたらですが。
自身は感情のままに他人に食って掛かるのに、その尻拭いは自分以外の誰かを当てにするなんて、それはムシが良すぎるのではないでしょうか。
カナには、強い衝動性があります。頭に血が上ると後先構わず突っ走る癖があるのです。
先ほどの件にしても、そうして衝動的になっていてもおかしくなかったでしょう。ですが自身がそのように振る舞えばせっかくの海水浴が台無しになってしまうと彼女は考えたのだと思います。
それを回避したいと思えばこそのあの涙だったと私は思うのです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます