楽しみだなあ
明日はいよいよ、海に行きます。
夕方、いつものように山下さんもヒロ坊くんの家の二階に集まりましたが、話題は当然、明日の海のことです。
「うひひ、楽しみだなあ~!」
カナがニヤニヤと締まりのない顔で笑います。
正直、彼女のお兄さんの件については、次の裁判まで私達にできることは殆ど何もないでしょう。ですから、今はただ目の前のことを楽しめばいいのだと思います。
加害者家族がこうして何かを楽しみにしていると知ると、きっとまた、
『被害者のことを考えろ!』
などと攻撃されるでしょう。かつての私もきっとそう考えたと思います。『不謹慎だ!』と。
ですが、カナがどれだけ苦しみ、被害者の女性に対して申し訳なく思っているのかを知っている私には、カナがこうして海を楽しむ程度のことさえ許さないと考えることの非合理さも分かってしまう気がするのです。
何か災害や不幸があるとすべての人が一様にそれを悼んで自粛ムードになることを強要する圧力のようなものがありますが、今では異様にしか感じません。
人間はそんな風に常に畏まっていることはできないのですから。そのようなことをしていては精神が疲弊し、新たな問題の種を生むことになるのだと今なら分かります。
「水着、新調したよ~」
嬉しそうに報告するフミも、自らが抱えているものと向き合うためにこそこうして楽しむべき時には楽しめばいいのでしょう。
そして私は、
「無事に過ごせることを最優先にしたいと思います」
そう。楽しいことを楽しむ為には安全が大事だとも思うのです。
なのに、そんな私に対してイチコは、
「ヒロ坊の相手はよろしくね」
なんてことを。
「―――――!!」
それを耳にした途端、ヒロ坊くんと海で過ごすのだという事実に改めて気付いて、体中の血がカーッと激しく駆け巡るのを感じました。
「……はい…」
顔が熱くなり、体が火照り、たぶん耳まで真っ赤になってるのを自覚しながら、ようやくそれだけを口にしたのです。
こうして私は、実は私自身が一番楽しみにしているのだと思い知らされたのでした。
翌朝、やや雲は多いですが、どれも非常に高いところにある白い雲であり、予報も降水確率ゼロパーセントという、絶好の海水浴日和となりました。
カーッと太陽が照っている方がきっと絵的にはサマになるのでしょうが、現実問題としてそのような天気だと逆に体には負担となってしまうでしょうから、これくらいでちょうどいいと思うのです。
「うっひっひ~、海、海~♡」
先に千早を迎えに行ってから、浮かれている彼女を伴ってヒロ坊くんの家の前に到着すると、フミも山下さんも沙奈子さんも丁度到着したところなのでした。
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