外伝3 その4 「戸野上探偵事務所による『石生蔵千歳』に関する調査報告」
以上が、
一方、石生蔵千歳については環境が変わった後もその攻撃的な気性は残り、度々、問題行動を起こしては指導の対象となっていた模様。ただこちらも、学校側の丁寧かつ熱心な指導により、現時点までは大きな問題を起こすまでには至っていない。しかし家庭環境については相変わらずのようで、中学三年になった現時点でも度々、激しい怒号や騒乱の様子が近所の住人により確認されている。
また、石生蔵千歳と共に市川美織へのイジメを行っていた
なお、市川美織とその家族に最もダメージを与えた者は、石生蔵千歳でも他の二人でもそれ以外の学校関係者でもなく、ネット上の悪意に満ちた書き込みであったことは疑う余地もない。実際、市川美織の処分は比較的軽いものであり、怪我をした吉祥麗美阿とも、双方共に、問題を穏便に済まし今後も訴訟等を行わないということを条件に和解が成立している。その交換条件が成立するほど市川美織に対するイジメは苛烈であって、それ自体が刑事事件として扱われても本来おかしくないものだったのである。
しかし、それに対する学校側の対応はやはり不十分と言わざるをえず、最終的に事件の要因の一つになったと言っても過言ではないだろう。当時の学校側の認識としては、生徒同士の喧嘩、悪ふざけと思っていたという実にありきたりな弁明に終始しており、現在でもイジメであったと正式には認めていない。
これは、イジメをきっかけとして起こった他の大きな事件とも共通する傾向と思われる。学校側が早急に対処していればこの事件は未然に防げた可能性が高かったものと推測される。
にも拘わらず、ネット上での市川美織への攻撃は苛烈かつ執拗を極め、事件の原因が市川美織に対するイジメにあるという報道が出た後も論調は大きく変わらず、本人及び家族の情報がネット上に流出し、いたずら電話や冷やかしの来訪のみならず殺害を予告する手紙や脅迫電話等の生命の危機さえ想定される事態に至り、引越し及び転校、家族も転職を余儀なくされたという経緯がある。
この様に、度々問題視されるネット上の一方的な私刑を容認する風潮も、この事件に色濃く影を落としていると言えるだろう。
以上が、私が探偵事務所に依頼して、千早の実姉・石生蔵千歳さんについて調査してもらった内容です。
私、
ヒロ坊やイチコに出会う以前の私は、正義の為には法を犯した者は徹底的に排除するべきと考えていました。いえ、その考えそのものは今でも変わらずあるのですが、ただ、<排除されるべき存在>についてどのように判断すべきかが分からなくなってしまったのです。
この事件においても、市川美織さんが最終的にカッターナイフまで持ち出して同級生の女の子の顔に生涯消えない傷を負わせたことは非難されて然るべきことでしょう。しかし、その結果に至るまでの間にいくつもの対処すべき点はあったにも拘わらず周囲の無関心と無作為によりこの結果がもたらされたことは、市川美織さんだけに責任を負わせることは適切でないと私も考えました。
なにしろ、<同級生>、<カッターナイフ>、<報復>というキーワードにおいて、私にも同様の経験があるのですから。それが思い出され、この事件における石生蔵千歳さんの立ち位置がかつての私と非常に重なってしまったのです。
この調査報告書を読んだことにより、私は一層、石生蔵千歳さんを強く非難することができなくなるのを感じました。
この事件が起こる以前に、彼女が私にとってのイチコのような存在に出会えていたとしたら……
千早にとっての私のような存在に出会えていたとしたら……
その時には、この結果はなかったかも知れないと強く感じてしまいます。
それは同時に、私が千早に対してしなければいけないことの責任の重さも感じさせるものでもあります。本来その役目は千早や千歳さんの母親の役目のはずですが、残念ながら母親にはその能力がないと結論付けるしかないのが現実だと感じます。母親については、既に私たちの手に負える状態では無いのです。
しかし、千早についてはまだ望みはあると私は実感しています。
私も、千早が千歳さんと同じ轍を踏まないように力になることはできるでしょう。
事実、もう既に彼女は千歳さんや千晶さんら姉二人とは明らかに違った姿を見せ始めています。他人に対して攻撃的で思い込みの激しい部分は鳴りを潜め、温和で度量の大きさも感じさせる振る舞いができるようになってきているのですから。
結論として、子供を指導監督する適正を欠いた大人の下では子供が健やかに育つことは困難であり、しかし同時に、それを補う周囲の働きかけがあれば必ずしも悲劇的な結果に至るわけではないということを、私は改めて感じたのでした。
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