凛々しい姿

玲那さんについても、少なくとも世間が彼女の起こした事件について興味を完全に失い、彼女自身の執行猶予の期間が過ぎるまで油断はできませんが、今はカナの方が大変でしょう。


それなのにカナは、玲那さんが住んでた部屋のドアに『人殺し!』とか『クソ女!』とかの落書きがされ、郵便受けに脅迫めいたメモやゴミが投函されていたことを知ると、


「なんだよそれ! いくら何でもふざけ過ぎだろ! ぶっ飛ばしてやりたい!!」


と、玲那さんのことを想って憤るのです。正義を自称する者達による嫌がらせはありつつも家族の絆はむしろ深まったとも言える玲那さんに比べ、自身の家庭は完全に崩壊してしまったというのに、それでもなお他人の為に憤れるカナを、私は立派だと思いました。


しかし同時に、それが彼女の危うさでもあります。何故なら、その憤りのままに行動に移ってしまっては、それは今、玲那さんを攻撃している<顔のない正義の使徒>達と同じになってしまうのですから。


それでは意味がないのです。私達はそういう人達と同じになってはいけないのです。


「カナ……」


憤る彼女に冷静になってもらおうと声を掛けると、カナは私を見ずに、拳を握りしめて言いました。


「分かってる…! 分かってるよ…! ここであたしがブチ切れて玲那さんに嫌がらせしてる奴らをぶん殴ったりしたら、そいつらと同じになってしまうって分かってる。


分かってるんだけど…! クソッタレ……!」


カナの体に力がこもり、自らを必死で抑え込んでるのが伝わってきます。


その後、山下さんが沙奈子さんを連れて家に帰ることになり、今はヒロ坊の家で保護されているカナは一階に下りてお風呂に入ることにしたようでした。


『ヒロ坊くんと同じ屋根の下で……!』


そんな垂涎物の状況ではありますが、正直、『羨ましい…!』と嫉妬の炎が燃え上がりそうにもなりますが、今はそんなことを言ってる場合でないことももちろん分かります。


それにカナも、


「ごめんな。ピカを差し置いてヒロ坊と一緒に暮らすとか、申し訳ない……」


と言ってくれます。


だから私も嫉妬に狂わずに済んでいるのだと思います。


「そんなこと、関係ないですよ。今のカナは保護されるべき身なんです。それをとやかく言うほど恥知らずな人間になりたいとは、私は思いません」


そう返したのも、まぎれもない本音です。カナも私にとっては大切な人の一人なんです、しかも、


「そうだよ、カナちゃんはお姉ちゃんの大事な友達なんだから、守ってあげなくちゃって僕も思うよ」


五年生になったヒロ坊くんが言うのです。


その時の彼の凛々しい姿に、私は心を奪われるのを感じたのでした。


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