和解の夏 その4

私にとって<学級委員長>という役目は、リーダーであるということを分かりやすく示すための肩書でしかありません。ですからその立場そのものについてはそれほど執着はなかったんです。でも、世の中にはその肩書にこそ並々ならぬ価値を見出してる人もいるようですね。


その日私は、イチコのグループの一員として、授業の後に一緒に課題を片付けていました。私は本来家に帰ってからするようにしていたので、学校で他の人と一緒にというのはなかなか新鮮でした。課題を仕上げる速さを少し競い合う感じでやったためか、家でするより早く終わった気がします。


次いでフミ、カナと課題を終わらせていきます。ここでもイチコは一番マイペースなようでした。


だけどその時、


「…?」


教室に誰かが入ってくる気配を感じて振り向くと、そこには御手洗みたらいさんが立っていました。けれど、うつむき加減で長い髪をそのまま垂らしたその姿は、何か異様な気配を放っていました。


「あら、御手洗さん。どうなさいましたか?」


私は何気なくそう尋ねました。でもその瞬間、御手洗さんの体がびくっと反応して、うつむいたまま視線だけを私の方に向けてきたのです。


「どうなさいましたか…? あなた自分が何をしたか全然分かってないみたいね。あなたのせいで私の家は滅茶苦茶よ」


「…はい…?」


『何をおっしゃっているのでしょう? 私が御手洗さんの家庭に何かしたというのですか? そんな覚えは全くありませんね。何か思い違いをしてるんじゃないでしょうか?』


正直申し上げてこの時はそんな風に思っていました。


「どういう意味でしょう? おっしゃってることがよく分からないんですが?」


だからそう尋ねてしまったんです。


でもその時、彼女が何かを右手に握りしめていることに気付きました。それが大きなカッターナイフであることに気付くまで、そんなに時間はかかりませんでした。そこで私は初めて、今目の前で起こっている状況が尋常なものでないことに気付いたのでした。


「どうしたんですか? 御手洗さん…?」


私は自分の体が緊張するのを感じました。その時には、田上さん達も御手洗さんがカッターナイフを手に、私の方にゆっくりと歩いてくることに気付いたようでした。


「御手洗さん!? ちょっと、どうしたの!?」


フミが緊張したように声を上げます。それと同時に、


「おい、何してんだ、危ないぞ!?」


という、圧力を感じる声。カナでした。


カナが怒鳴るように言いながらツカツカと前へと歩み出て、そしてその場にいる誰もが声を上げる暇もなく御手洗さんの右手を掴んで引き倒していたのでした。


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