第71話【一章の終わり・緑の約束】
—— コロウ亭最終日・夕刻・空中庭園 ——
—— さすらい惑いて生きゆく間 一度、一合、一瞬、刹那
時の
孫に囲まれ死にゆく時も 草に
過去につづりし花びらは 等しくその身に降りつもらん ——
リオンの姿を眺めながら古い詩を思い出していた。
たしか、冒険者は、幸せな最期を遂げる者も、志半ばで倒れる者も、死ぬ時は冒険の思い出とともに旅立つという、先行きの見えない冒険者の心をなぐさめるものだったと思う。
誰がくちずさんでいたんだろうか。
一瞬物思いにふけっていると、リオンに話しかけられた。
「ザートも好き? こういうの」
視線に気づいたリオンが照れ隠しに笑いながら訊いてきたのでうなずいた。
「ああ、好きだよ」
「こんなに綺麗なのは、きっと庭造りの人が毎年いろいろ試しているからだろうね」
目を伏せたリオンの指がアストマのつぼみに触れる。
「リオンは見るだけじゃなくて、育てるのも好き?」
「うん。昔、自分の庭をもらって、色々育ててたよ」
過去の話をしたからか、リオンは気まずそうにはにかんだ。
そのままアストマの茂みのそばを通っていく。
庭園は自らが手をかけ、穏やかな時の移ろいを感じられる場所だ。
雨期が近づけば、手入れされた土から種がいっせいに芽吹く。
雨露にうたれて花芽は育ち、強い日が射す季節につぼみがほころぶだろう。
青空の下、一斉に咲く花の影には次のつぼみが順番待ちをしている。
冬の季節を挟んでも、再び鮮やかに彩られる。
「せっかく良い季節になるところなのに、離れるのはちょっと寂しいね」
リオンは歩く度、名残惜しそうに次々とアストマをはじいていく。
街という同じ場所にいるからこそ、毎年続く移ろいを眺める喜びを味わえる。
漂泊する冒険者が、出発を遅らせる程度では見られない美しさがある。
出発を遅らせて一時の花の姿だけ見ても、リオンの言う寂しさが消えることは無いのだろう。
「それならさ、これから行く先々で種を集めていかないか? 冒険者を引退したときの楽しみに」
思わぬところでリオンの過去を知ったせいで気まずくなったので、思いついた事を口にしてみた。
リオンの指がつぼみから離れてとまる。
「種?」
「僕の書庫は時間も止まるから苗でもいいよ。とにかく冒険の思い出だ。引退したときに大きな庭に全部植えるんだよ、最初のパーティとしての目標として、どうかな?」
お互いに個人的に目標があるのは知っている。でも、こんな目標をパーティでめざしてもいいんじゃないだろうか?
そうおもって提案したんだけど、リオンの顔色が一気に赤くなった。
「大きな庭にって、それって、つまり……」
なにかリオンが自信なさげにチラチラ見てくる。
無事に自分の目標を達成して引退出来るか不安なんだろうか?
「大丈夫だよ。僕もリオンもそれぞれ目標はあるけど、それとは別に共通の目標もあった方が良いと思うんだ」
リオンは自分の目標を思い出したのか、顔にいつもの凜々しさを取り戻し、大きくうなずいた。
「……うん、そうだね! とりあえず、馬車で通るロター領の植物をとって、第二港には外国の花がたくさんあるだろうからそれも手に入れたいな。いつかは外国に直接採りに行くのも……」
コロウ亭への帰り道、次の旅路に話が弾む。
弾む話がふと途切れた時、昔に聞いた古い詩句を、僕は改めて今に刻んだ。
《第一章 完》
――◆◇◆――
ここまで読んで下さった皆様、本当にありがとうございます。
第二章は本編の通り、港町が主な舞台となります。
引き続きおたのしみいただければ幸いです。
【※作者よりお願い】
日頃よりお読みいただきありがとうございます。
第一章が終わったことを機会として、より多くの方にこの作品を知ってもらうため、よろしければ、★評価・推薦文をお願いできますでしょうか。
文は簡単なものでけっこうです。
今後もどうぞよろしくお願いいたします。
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