第185話 不屈 5

 カイルはアイリスの傍に着地する。


「最後の交渉をしてくる」


 落ち着いた声で彼女に告げた後、倒れているロームへ向かって歩き出す。


 アイリスは彼の背中をそっと見守りながら佇む。


「私の負けだよ……カイル君……」


「勝負の行方に興味はない」


 カイルは仰向けで倒れたロームへ視線だけを向け、立ったまま返事する。


「イプシロンが失われた今、君に力を行使して勝つ可能性は完全に断たれた」


「ようやく交渉のテーブルについてもらえそうだな」


「マナの収集の件だったかね?」


「あぁ。それともう一つ、アイリスの件も諦めてもらう」


「ふふふ……」


 ロームが不敵な笑みを浮かべた後、カイルから視線を逸らし、壁の方向を見る。


 カイルも同じく壁側へ視線を向けた。


「宇宙だよ」


「どういう意味だ?」


 カイルが問いかけた直後、壁の一部が地響きのような音を立てて上部にスライドし始めた。


 壁のあった個所はガラスのようなもので覆われており、外の景色が透過している。


 外は漆黒の闇。


「海の底……じゃない?」


 遠くで綺麗な光の粒たちが瞬いている。


「ここは宇宙空間」


「宇宙……?」


「そう……君がね……戦闘へ夢中になっている間……私の計画は粛々と進行していたのだよ」


「これから星はどうなる?」


「まだ存在しているね」


「はぐらかすな。これからどうなるかと聞いている」


「さて……それは私にも分からん。分かることと言えば……打ち上げを強行したこと」


「俺にだってそれぐらいは今の状況を考えれば理解できる」


「予定のマナより少なかったが……結果は御覧の通り成功ということだね」


 ロームはニンマリと笑い、さらに話を続ける。


「上昇していることを勘付かれぬよう、うまく制御した甲斐があった。カイル君、君は結局私の計画を止められなかったのだよ」


「まだ可能性は残ってる」


「ないね。私から聞き出すつもりだったのだろう? 今まで積み重ねてきた行動……全て無駄だったのだよ」


「あんたがそう思うのは勝手だ」


「君もいい加減現実と向き合ったらどうだね? 無駄なのだよ! ははははは!」


「無駄じゃない!」


 ロームの高笑いをアイリスの声がかき消した。


「おぉ……その声、そして表情……美しい。永遠に眺めていたくなる高揚感……まさに至高!」


 ロームが再びカイルへ視線を向ける。


「さぁ、そろそろ君ともお別れだ。私は果てる」


「どういうことだ?」


「そのままの意味だよ」


「肝心の本人が果てたら、計画の意味がないだろ」


「考え方によってはそうかもしれぬな。ではカイル君……さらばだ」


 そう言い残すと、ロームはゆっくりと目を閉じる。


「ローム博士――」


 ふっと彼の全身から力が抜け、生気が失われた。


 再び動く気配はなく、場は静寂に包まれる。


「勝手な……」


 亡骸と化した元ヤファスの身体から視線を逸らす。


 後方で離れて待機しているアイリスに視線を送り、首を軽く左右に振って状況を伝えた。


 (終わったか…………いや、待て!)


「アイリス! サーチの魔法を頼む!」


 突然、何かを想起したかのように声を張り上げる。


 アイリスは即座に魔法詠唱を始めた。


「……ヤファスさん……じゃなくて、別の反応があるよ!」


 カイルは咄嗟に周囲の状況を確認するが、何の変哲もない。


 (くっ! 目では見えないのか!)


「俺からは姿が見えない! どこにいる!?」


「ゆっくりとカイルの方へ向かって来てる!」


 (正確な位置を伝えられない! どうしたらいい?)


 アイリスが思考を巡らせる。


 (……一か八か試してみよう!)


「カイル! 後ろに下がって、私の傍まで来て!」


 アイリスの呼びかけにカイルが即反応し、宙へ浮かぶと後方へ一気に加速する。


 傍で着地した後、アイリスはカイルの背後へ移動した。


 右手のひらでそっと彼のアーマーに触れ、再びサーチを詠唱しながら自身のマナをアーマーへ送り込む。


「俺にも見えるようになった!」


 カイルの視界に光球が映る。


 それはゆらゆらと揺れながら、新たな憑代を求めるようにカイルへ距離を詰めてきていた。


 カイルとアイリスは迫る光球をじっと見据える。


 アーマーとの距離がさらに縮まっていく。


「カイル!」


 アイリスの声が響く。


「……今だ!」


 カイルの右手が素早く振り下ろされ光球を刈り取る。


 (掴んだ!)


 二人の意識へロームの声が流れてきた。


 (ほう、よく気付いた……だが……ふっふっふっ……捕まえてどうするつもりかね?)


 光球が手の中から脱出しようと、もがきはじめる。


 カイルは左手も駆使して暴れる光球を押さえつけた。


 (可能性は残ってると言った!)


 (ならば見せてみよ!)


 <ピュリファイ・スピリット:起動>


 カイルの両手が淡く発光し始める。


 (……な、なんだ!? なんだというのだ!?)


 (浄化する!)


 (この程度で! 思い上がるな!)


「カイル! 私のマナも使って!」


 ピュリファイ・スピリットの威力が増幅され、より一層眩い輝きを放ち始めた。


 (こ、これはぁぁ! ぐぉぉぉ!!)


 ロームの絶叫が二人の意識へ木霊する。


 (止めたまえ! 止めろぉぉ!!)


 カイルは両手を緩めず、アイリスは彼へマナを送り続ける。


 (私の計画が……)


 ロームの声が次第に遠ざかっていく。


 (スピラ君は私の行動を予期して……こんなものまで用意していたのか……)


 (ローム博士……話し合いで解決したかった)


 (感覚が……意識が……薄らいでいく………………)


 寂として声なし。


 カイルが両手をゆっくりと開いていくと、光球は跡形もなく消滅していた。

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