第169話 勇み立つ者 6
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まどろみを脱け出し、次第に意識を取り戻す。
閉じていたヤファスの両目がゆっくりと開く。
「目が覚めたようだね。ヤファス君」
まだ意識がぼんやりしており、即座に返事をする余裕はない。
声の主は見知らぬ老人だった。
「……あなたは?」
「私はローム」
「ロームさん…………俺は確か……地上に降りようとして……そうだ……ドラゴンに襲われて……」
「まだ目覚めたばかりだ。無理に思い出そうとしなくていい」
「はい……」
「私はプロメアースでは研究をしていてね。博士……いや、降下派の代表と言った方が把握しやすいかな」
「助けて頂いて……ありがとうございます。ローム博士」
「当然のことをしたまでだ」
ヤファスは首を動かし周囲の状況を確認すると、カプセルタイプのベッドで寝ていることを把握した。
「ここはプロメアースの船内、地上どちらなのでしょうか?」
「地上だね。……いや、失礼。厳密には海底になる」
「海底……。他の人たちも無事なのでしょうか?」
「ここには君と私だけしかいない」
「それじゃ、他の人たちは地上にいるのでしょうか?」
「皆死んだよ」
「死んだ……? どうして……」
「あれから幾多の歳月が流れた」
その言葉を聞いてヤファスは自身の身体を確認してみるが、船内にいた時と見た目と感覚に変化はない。
「俺の身体は老化していないように見えます」
「君はずっとコールドスリープ状態で老化を免れたと考えてくれればいい」
ヤファスは納得し頷く。
「それともう一つの理由として我々は、この星では長く生きていけないのだよ」
「なぜでしょうか?」
「この星はレスクシオラ星のようにマナが満ちていないからだね」
「ということは俺もそのうち……」
「安心したまえ。君は例外だ」
「例外?」
「君はギフトが使えないだろう?」
「……はい」
「君のような人間はマナを必要としないため、この星でも支障なく生きていけていた」
「なるほど、理解できました。……ん? 生きていけていた……?」
ヤファスは彼の話す言葉の一部が引っかかり不思議そうに首を傾げる。
「先ほどの話は君が地上へ降りる前のことだ」
「今の俺の身体はマナを必要としているってことですか?」
「そういうことだね。つまり、君はギフトが使える」
逆立ちしても叶わなかった夢がようやく実現した。
にもかかわらず、喜びの感情は全く湧いてこない。
言葉の代わりに曇った表情が滲み出ていた。
「複雑な気持ちになるのも理解できる。君を助けるための措置で手段を選んでいられなかったのだよ」
「いえ……自分はドラゴンにやられてあのまま死んでたはずですから……」
「この話にはまだ続きがある。私が先ほど君は例外と言ったのには別の理由もあるのだよ」
「別の理由?」
「そう、君は一般の人間と比較して膨大なマナを保持できるようだ」
「それができるとどうなるのでしょうか?」
「この星でもレスクシオラ星と同じように寿命を全うできる」
ヤファスは落胆した表情を浮かべる。
「……本当なら喜ぶべきところなんでしょうけど、俺と博士しかいないんじゃ……その……」
「話の続きは後日にしよう」
(はぁ……せっかく生き延びて、ギフトまで使えるようになったのに……)
ローム博士へ元気なく頷いた。
「ちなみに博士は俺が目覚めるまで何していたんですか?」
「地上でちょっとした戦略シミュレーションゲームに興じていた」
(おっ! ゲームはあるのか)
――後日。
身体を自由に動かせるようになったヤファスは、ローム博士に施設内の説明を受けた。
地上に降りた人々の一部がここで生活していたことが分かる。
さらに施設内を博士に案内してもらう。
「ずいぶん広い部屋……というかホールみたいですね。まるでコンサート会場みたいだ」
今まで案内してもらった部屋でも一際広かった。
ヤファスの言葉を聞いたローム博士が端末を操作する。
次の瞬間、部屋の雰囲気が一変した。
「えっ!? これは!?」
部屋の中央を包み込むように周囲へ観客が現れる。
観客の視線は皆、中央に設置されたステージへと向けられている。
ヤファスも同じく視線を向けると、ステージ上でリーアが歌い踊っていた。
「リーアちゃん!」
「私はリーア君のファンだったものでね。あー、これはもちろん本物じゃなくて立体映像だよ」
「うおぉぉ! すげー! 俺もファンなんです!」
「ほう、それは奇遇だね。たまにこうして鑑賞するのだよ」
「急に現れたのでびっくりしました。すごい臨場感ですね」
ローム博士が端末を操作するとリーアと観客は消え去り、再び静けさに包まれた。
施設の案内が終わると、ヤファスは博士の研究室へと案内される。
「さて、先日の話の続きをしよう」
「はい」
「結論から言おう。……君には異世界へ行ってもらう」
今では両親の名前より聞き慣れている言葉が降ってくる。
「……は、はい?」
あまりにも突然だったゆえ、彼は戸惑いながら聞き返す。
「この星にはレスクシオラ星人は、もう君と老いぼれしかいないからね。まだ若い君には辛かろう」
(博士は俺がこうなった責任を感じてるのか。待てよ……これって神様が手違いでお詫びに転生転移とかってやつじゃないのか?)
「あなたは神です」
「神?」
「俺の好きなWEB小説でよくあるんです。神からチー……いえ、能力を授かって転生や転移して異世界に行く展開の話が」
「はははは! 私が神か。そんな大袈裟な存在ではないよ」
「いえ、少なくとも俺から見たら神です! それと俺、この星に来る前にはWEB小説を書いてたんですよ」
「君の経歴は調べさせてもらったよ。プライバシーの侵害かと思うかもしれないが、緊急事態で必要な情報だったから気を悪くしないでほしい」
「別に構いません」
「それと君が頭に思い浮かべている作風のWEB小説は私も読んだことがある」
「おー! さすが博士!」
「あぁ、実に興味深かったよ。異世界、転生、転移、チート、ハーレム。後は追放や、ざまぁというのかね? そういうのもあったね」
「めちゃ読んでるじゃないですか!」
「異世界と口火を切ったのは正解だったようだね」
「はい! 俺、そういうのに憧れてて……何か運命を感じます!」
(くぅー! 異世界か! 早く行きたいな!)
「君の表情を見る限り、話を続けてもよさそうだね。ところでコンピューターゲームを嗜んだことはあるかね?」
「はい。特にRPGとかは好きなんでよくプレイしてました」
「さっきの会話の流れでこの質問はいささか愚問だったね。それなら異世界での活動にもすぐ慣れるだろう」
(この展開はもしかして……もしかしたりする?)
「もしかしてステータスとかスキルとかあったりします?」
ローム博士は静かに頷く。
(うぉぉ! やっぱりきたぁ!)
彼の説明から、これから行く異世界ではRPGをプレイしているような感覚で立ち回れることを確信する。
さらに博士の計らいとヤファス自身のギフト能力も相まって、自分のみが異世界人よりも有利に立ち回れるだろうとのことだった。
これはすなわちチート能力獲得であり、彼は瞬きや呼吸をするように自然と受け入れ理解する。
それはヤファス自身がWEB小説で幾度となく読んだ設定、また自身の執筆していた小説でも採用していたものだったからだ。
「――説明は以上だ」
「ありがとうございます」
「異世界へ出発する前に君のギフトを使いこなす練習をしていくといい。とは言っても私もそろそろなので、あまり猶予はないがね」
先ほどリーアの立体映像を映し出した部屋をトレーニングルームとして使用するよう促す。
(博士の寿命を迎える前にギフトを使いこなせるようにならないとな!)
ヤファスは再度礼を述べて部屋を出ていく。
――後日。
ギフトを使いこなせるようになったヤファスは、異世界へ出発するためローム博士の研究室を訪れる。
「ヤファス君、調子はどうだね?」
「だいぶ慣れました。けど、俺が本当にギフトを使えるなんて夢みたいです」
「夢ではないので安心したまえ」
異世界へ出発するための準備が整ったことを博士に伝えた。
「博士、異世界では自由に過ごしていいんですか?」
「必ずやってもらいたいことがいくつかある。その後は自由に過ごしてもらって構わない」
「俺がやることとは?」
「まず異世界で君のステータスをカンストさせてほしい。達成したら一度ここへ戻ってきてほしい」
「分かりました」
(ゲームのレベル上げみたいな感じか)
「その後、次の異世界に向かう。ここではステータスがまた元に戻っているので先ほどと同じことをしてほしい。以上だ」
「えっ!? 異世界って二つあるんですか?」
「そうなのだよ」
(おー! すげー!)
「異世界から戻る時は、この髪飾りを使ってくれたまえ」
ヤファスはローム博士から髪飾りを手渡される。
「ただし、これは何度も使えない。カンスト達成後での使用を厳守したまえ」
彼は了承すると転送装置へと案内され、使い方の説明を受けた。
「では、これから君を異世界へと転送する。装置の中に入りたまえ」
(おっ、ついに始まる! 転移が! 俺の異世界生活と冒険が!)
ヤファスは指示通りに装置の中へと入る。
「君が二つの異世界で目的を達成した後、ここでは何百年、もしくは数千年経過しているだろう」
「そんなに時間が経過してるんですか!」
「あぁ、そうだよ。だから、また君に会えるのを楽しみにしているよ」
ローム博士は微笑みながら、最後の会話を冗談で締めくくった。
「博士……博士、本当に色々とありがとうございました!」
博士が端末を操作すると装置のカバーが閉じる。
しばし間を置いてから装置が起動し、中に入っているヤファスの身体が消えていった。
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