第154話 対話
カイルは追撃に備えるが体の自由が利かない。
(なんだ? 身動きが取れない! さっきの液体の効果か!?)
「だ、脱出……するのは困難で……ございましょう」
アルメリナは下唇を噛み締め力を振り絞って宙へ浮かぶと、虚空からマギア式吸着爆弾を取り出す。
残された左手でカイルへ向かって投げつける。
(残弾……全部……使います)
合計3個の爆弾がカイルへ投擲され、その全てがアーマーへと吸着した。
直後、アルメリナは宙へ浮かんだまま、上下にゆらゆらと揺れながらたどたどしい動きでカイルに近づいていく。
アーマーへ手が届く範囲まで接近すると、金属のような光沢のある筒状の物体を虚空から取り出す。
カイルの膝ぐらいの高さがある物体を彼の足元へ設置した後、アルメリナは自身の左手で物体の先端に軽く触れた。
(私の……残り全てのマギアを……注入します)
物体には窓が設置されており、そこから見える内容物が輝きを放ち始める。
(これは吸着爆弾の……数十倍の威力。これなら……通用するかもしれません)
アルメリナは虚空から先ほどカイルに投げつけた球体よりも一回り小さいものを取り出す。
その球体をカイルの足元へ落とすと、彼のアーマーの周囲を半球体状の透明な膜が包み込む。
(準備……完了)
(くっ! まだ体が動かない。何をするつもりだ?)
アルメリナはカイルから離れていく。
ある程度距離を取ったところで突然操り人形の糸が断ち切られたように地面へと落下した。
(もう……生命維持機能が……限界のようです)
次の瞬間、カイルの足元にある筒状の物体が爆発する。
爆発は吸着爆弾にも誘爆し、大爆発を起こす。
爆発の効果はカイルを包み込む透明な膜内でのみ発生している為、膜外には爆風も爆音も生じていない。
カイルは振動を多少感じるものの、爆発音は遮断されて聞こえない。
爆発の勢いが収まると、液体の効果が切れて徐々に体の自由が利くようになる。
アーマーからは煙が立ち上っているが損傷などの異常を知らせる通知もなかった。
(ご主人様……力及ばず……申し訳ございません……。最後まで……ポンコツな私を……気にかけてくださって…………ありがとうございました……)
意識が朦朧とするアルメリナの視界の先にヤファスが必死で何かの作業をしているのが映った。
(願わくばもう一度……)
「よし、完了だ! アルメリナ、もう下がっていいぞ」
ヤファスの歓喜の混じった声が響く。
「……アルメリナ…………ん? アルメリナ?」
背後からアルメリナの返事がないヤファスは振り返って彼女の姿を探す。
「……おい……どういうことだよ……これ!?」
両足と右手だけでなく、生気そのものを失い横たわっているアルメリナの姿が彼の視界に飛び込んできた。
「お前……アルメリナを殺したな……」
ヤファスが目を細めてカイルを睨みつける。
「俺は戦いたくなかった。話し合いをしようと呼びかけた……」
「ったくよー、美少女奴隷って激レアなんだから見つけてくるの大変なんだぞー。はぁー、まーいっか」
「あんた……精一杯尽くしてくれた女の子にたったそれだけで済ますのか?」
「おいおい、殺した張本人のお前が言うのかよ。ってか、別に俺はどうでもいいし」
「それならなぜあの子を助けたんだ?」
「えっ? なぜ助けたかって? はははは! そんなの決まってるよな。可愛かったからに決まってるだろ!」
「理由はそれだけなのか……」
「他にもあるっちゃあるぞ。そうだな……なんか奴隷助けるのって気持ちいいからな! 良いことした感あるし」
「全てあんた自身のためなんだな」
「奴隷は俺が気持ちよくなるためのマストアイテム! ってかさ、可愛い女の子がひどい目にあってたら普通助けるよな? 俺なんか間違ったこと言ってる?」
「あの子が知ったら悲しむぞ」
「アルメリナは知らないまま死んだ。あいつの中では俺と過ごした珠玉の思い出を抱えたまま逝ったわけだ。それって幸せなことだよなぁ?」
「俺はあの子についてほとんど分からないが、状況から察するに少なくともあんたのことは信じてたと思う」
「おいおい、何勘違いしてんだ? 俺はあいつを奴隷から解放してやったんだぞ。本人からしたらどれだけ感謝されても足りねーくらいだけどな」
「そこまでして何がしたいんだ? そもそも星の生態系に干渉するのは、あんたの星ではルール違反じゃないのか?」
「レスクシオラ星の奴らは未だに助けに来てないんだぞ! つまり、俺たちは見捨てられたってことだ。あいつらにとったら俺たちは死んだことになっているんだから、好き放題やっていいってことだよなぁ?」
「それが今の所業か……」
「で! 好き放題やってる時に気付いたんだ」
「……何だ?」
「新たな気持ちよさにな!」
「またあんたのご高説が始まるのか?」
「聞けよ。もしかしたら交渉の糸口が掴めるかもなぁ」
ヤファスは2つの異世界での出来事を話し始める。
「――で! 俺にとったら別にたいしたことない技術なわけだ。けど、異世界の住民にとったら違うわけだよな」
身振り手振りを加えながら話を続ける。
「それで俺の技術を目の当たりにした異世界の住民たちがヤファス様すげー!! って口々に言うわけよ。最初は俺のことバカにしてるのか? と思ったんだが、本当に心の底からすげー! って思ってるってことに気付いたんだ。そこからよ! これ気持ちいいよなーって気付いたのは!」
次第に饒舌になっていく。
「でな! え? あ、これぇ? これ普通なんだけどなぁ。俺また何かやっちゃったかなぁ? ってとぼける。そしたら、いやいやいや! これが普通なわけないでしょ! と言われるわけよぉ! でぇ! ほんとは知ってんだけど、そうかなぁ? ってまたすっとぼけるわけよ! その時の周囲の俺に対する羨望の眼差しと称賛ときたらぁ! これがよぉー! もうすんげー! 気持ちいいんだ! 例えるなら、なみなみと注がれている承認欲求と銘打たれたビールを一気に飲み干す快感! いや、これは例えようがないなー、んー名状しがたい何かだな!」
「あんたの持ち込んだ技術が負の側面も持ち合わせていることは考えないのか?」
「あぁん? どういうことだ?」
「俺はあんたの話す異世界については何も知らない。けど、どの世界でも人々が必死に生きているのは分かる。例えば急激な技術革新、それによって廃業に追い込まれたり、失業者があふれたりするかもしれないってことだ。あんたが気持ちよくなっている裏で、その犠牲になった多くの人間が泣いているかもしれない」
「そんなこまけーことまで考えるかよ。仮に滅茶苦茶になって二進も三進もいかないヤバそうな雰囲気になったら、その世界からおさらばするから!」
「異世界もこの世界もあんたの箱庭じゃない」
「そんなめんどくせー話はいいから! でな! 今度試してみようと考えているのが、俺が冒険者パーティーから追放されるパターンだ。これは経済に影響はないからな」
「……まだ続くのか」
「まー、聞けよ」
ヤファスは再び語り始める。
「――結局俺がいなきゃダメでしたよね! ざまぁみろ! ってパターンだ。これは超気持ちいいはずだ! まだあるぞ! 後はな――」
「よくそんなに気持ちよくなるための話が思い浮かぶな。あんた勇者より物書きの方が向いてるんじゃないのか?」
「お前もそのアーマーを使って俺と同じようなことができるぞ。お前も欲望に素直になれよ」
「これは託されたもので俺自身の力じゃない」
「そんなの黙ってればいいだろう。それに喋ったところで誰も信じやしない。逆に謙虚なところが素敵とすら言われるぞ」
「俺はあんたにマナの収集を止めてもらえればそれでいい」
「はぁー、やれやれ……俺が直々にこの場を平和に収める提案をしてやってるのによー。まぁいい……時は熟した! アルメリナにはこのための時間稼ぎをさせていたんだからな!」
(今度はなんだ?)
「これでどれだけの相手を絶望の淵へ叩き落としてきたか見せつけてやるぜ!」
ヤファスは自身の正面に手のひらをかざした。
「ステータス……オープン」
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