第126話 王の間での戦闘
「……どうしても戦いを避けられないのなら……俺も覚悟を決めます」
レティルスは鞘から剣を抜き構える。
「それでいい、私も覚悟は決めています」
サークリーゼが先制攻撃を仕掛け、ファイアボルトを詠唱し牽制する。
レティルスは襲い掛かる炎の矢を剣を一振りして薙ぎ払う。
直後、一気に距離を詰めてきたサークリーゼの斬撃。
レティルスの鎧に命中すると、鎧は氷で包まれていく。
彼は一旦後方に下がりながら自身の左手を凍結されている個所へ当てる。
手から炎が発生し、氷がみるみる溶けていく。
「凍結を炎の魔法で阻止ですか」
「サークリーゼさんの剣、リバル・フィンにはエンチャントアイスの能力が付与されていますから警戒していました」
今度はレティルスが斬撃を加え、剣先がサークリーゼの鎧を掠った。
命中した個所から電撃が鎧全体にほとばしる。
「いつもの軽装なら危なかったですね」
サークリーゼは空中に浮かび上がりながら話す。
「やはり、エンチャントサンダーは効果なしですか」
レティルスの剣には雷属性の能力が付与されている。
サークリーゼは空中に浮遊しながらレティルスの頭上に斬撃を繰り出す。
死角からの攻撃だったが、彼はサイドステップで躱した。
そのままサークリーゼは空中で前転しながらレティルスの背後に着地する。
すかさず攻撃を仕掛けるが、レティルスは自身の身体を捻りながら回転斬りを繰り出す。
互いの剣がぶつかり、冷たくどこか悲しげな音が王の間に響く。
レティルスはサークリーゼから距離を取り、部屋内に複数存在する円石柱の中から、自身に最も近いところ目掛けて駆け出す。
彼は石柱の後ろに移動し、サークリーゼの死角になるよう間合いを取った。
サークリーゼは間合いを詰めていく。
(どちらから攻撃してくる?)
彼はレティルスが石柱の左右どちらから姿を現して攻撃してくるか警戒していた。
レティルスは攻撃を仕掛けてこない。
サークリーゼは空中へ浮かび上がって石柱の後ろ側へと回り込む。
後ろ側にレティルスはいない。
次の瞬間――サークリーゼは背後に気配を感じる。
空中に浮いているサークリーゼよりもさらに高い位置から、彼の頭上目掛けてレティルスの斬撃が振り下ろされた。
サークリーゼは斬撃に反応し、リバル・フィンで受け止め、そのまま両者は地上へと下降していく。
着地と同時にレティルスは再度石柱の後ろへと回り込もうとする。
サークリーゼは彼が回り込もうとする石柱を上段下段と二度切り裂く。
切り裂かれた石柱は徐々に滑り落ち、大きな音を立てて地面に転がる。
石柱の奥に隠れるレティルスを視界にとらえた直後、魔法詠唱のようなものが聞こえてきた。
「サンダーランス」
直後、雷の槍が石柱のあった空間を通過してサークリーゼを貫こうとする。
彼は咄嗟に剣身へ当てるように剣を前面に出して防御し、右手で柄を持ち、左手で剣身を支えた。
剣身に命中し四方に分散したサンダーランスの一部は鎧へと襲い掛かるが、剣で威力が抑えられていたため、損傷は発生していない。
攻撃を防いだサークリーゼは石柱の奥へ視線を向けるが、その先にレティルスはいなかった。
レティルスはサークリーゼの側面に素早く移動し、渾身の突きを繰り出す。
彼は回避しようとするが、間に合わず左肩に直撃を受けた。
レティルスの武器と技量が合わさり、サークリーゼの鎧を貫通する。
(この程度なら軽傷。さすが、騎士団長。腕を上げていますね)
サークリーゼは一旦間合いを取った。
戦闘前に覚悟したと言ったレティルスの表情には悲壮感が滲み出ている。
サークリーゼは後の戦闘も考慮してレティルスに対してまだ全力を出していなかった。
両者剣を構えたまま動から静に変わり、凍りついたような空気が立ち込める。
「――二人とも剣を収めよ」
突然、王の間に声が響き渡る。
サークリーゼとレティルスは動きを止め、声のする方へ視線を向けた。
二人の視線の先にはロムリア王が立っている。
レティルスが剣を収めると、サークリーゼも同じく収めた。
直後、王の背後にある扉が開く。
「王、お待ちくださ――」
新たに王の間に入ってきた人物はイラベスク商会オーナーのジグマイヤーであった。
彼は王と対峙する人物を見て唖然とする。
サークリーゼが現れることは予期していたが、ここで相対するのは全くの想定外だったからだ。
ジグマイヤーに続けて、セルバレトも彼の後ろから現れる。
「サークリーゼ……」
「お久しぶりですね、ジグマイヤー」
(あれが噂のサークリーゼか)
セルバレトは一瞬単なる賊の襲撃かと考えていた。
しかし、彼はジグマイヤーの今まで見たことのないような恐怖とも失望とも言えぬ表情を見て、尋常ではない緊張感が漂っている理由を把握する。
「サークリーゼよ、そなたの家族の件は誠に不幸であった。余に話があるのであれば聞こう」
「王、その必要はありません。奴は王国とイラベスク商会に濡れ衣を着せようとする賊です」
「なぜそう断言できる? ジグマイヤー説明せよ」
「それよりも帝国軍が目前まで迫っております。一刻も早く逃げることが先決かと」
「僭越ながら意見させて頂きます」
「レティルス、続けよ」
「この戦争、そしてサークリーゼさんの一件も全てイラベスク商会が仕組んだことです!」
「どういうことだ?」
「こんな戯言に耳を貸してはなりません」
「ジグマイヤー、余の問いに答えるのだ」
「……セルバレト、王をひとまず安全なところにお連れしろ!」
「は、はい!」
セルバレトが王を誘導しようとしたと同時にサークリーゼが彼に一気に間合いを詰めようと駆け出す。
「ひっ! ひぃ!」
接近してくるサークリーゼに対応するため、セルバレトは服のポケットに手を入れる。
中を探ると手に固いものが当たった。
それは護身用にジグマイヤーからもらった小瓶であり、取り出すと即座に床へ投げつけた。
小瓶が割れると同時にセルバレトの正面に障壁が構築される。
直後、サークリーゼのシュバリオーネによる斬撃が彼を襲う。
シュバリオーネが障壁に当たると、衝撃で剣身は遂に折れてしまった。
「サ、サークリーゼ! 相当の猛者と噂には聞いていたが、このイラベスク商会が蒐集した秘宝の数々の前では恐れるに足りん!」
サークリーゼは、すかさず背中に背負った別の剣を抜いて突きを繰り出す。
その剣は障壁を貫き、セルバレトの身体へと突き刺さった。
「……マキア・セレスが……なぜ…………そういうことか……」
サークリーゼは無言で足元に倒れているセルバレトを見下ろす。
「その輝き……見紛う事なき……我が商会……至宝の一つ……」
セルバレトは戦争の恐怖など忘れ、商会の秘宝を間近に見上げ、見惚れる。
「あぁ……美しい……」
その言葉を最後にセルバレトは息を引き取った。
「セルバレト、ここまで付き合わせてすまなかった。許せ……」
シグマイヤーは絶命したセルバレトに向けて小さく呟く。
「さて……ようやく対面できましたね」
サークリーゼはマキア・セレスを鞘に格納し、折れたシュバリオーネを床に置く。
それからジグマイヤーをじっくりと見据えた。
「王、今のうちにこちらへ。事情は後ほど、じっくり説明いたします」
レティルスが王の元へ駆け寄り話しかけると、二人は部屋から出ていく。
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