第105話 疑念

 ――翌日、早朝。


 昨晩のことが気になって眠れなかったカイルは考えを整理していた。


 (アリューム城に現れた漆黒の騎士が同一人物なら、レオニードさんを殺害したのは……弟のヒースラルドさんということになる……)


 そのことをヒースラルド本人に伝えるべきかどうか悩む。


 彼が眠れない原因は主にここであった。


 (覚えていないのなら、本人には伝えない方がいい真実もある)


 悩みぬいた結果、伝えないことに決める。


 ――昼。


 カイルとロミリオは昨日の一件について話している。


「以前、ヒースラルドさんに会っていたんですね。まさか、レオニードさんの弟だったなんて……」


「……レオニードさんの件、俺は本人に言わないでおこうと思う」


「僕も賛成です。ですが、漆黒の騎士の件が解決したことはメルフィスさんに報告しておきましょう」


「賛成だ。彼が一番気にしていることだろうしな」


「はい。ちなみに彼の商館はここからそう遠くない街にあるんですよ」


「そうなのか、なら俺も一緒に行く」


 アイリスはまだ疲労が回復していないので、レイジーンと共に商館で待機してもらうことにした。


 ――後日。


 カイルとロミリオはエルフの森を抜け、メルフィスのいる街へと来ていた。


「ここですね」


 二人は立派な造りの商館の前へ到着した。


 受付に用件を伝え中へ入ると、カイルたちをメルフィスが出迎える。


 互いに再会できた喜びを分かち合う。


 カイルとロミリオは並んで椅子に座り、テーブルを挟んで対面してメルフィスが座る。


「カイル、しばらく見ないうちに逞しくなったな」


「そうか? いつも通りだぞ」


「駆け出しの行商人だった頃が懐かしいな。……ところで二人揃って、急にどうしたんだ?」


「急に来てすまない。メルフィスに報告があって来たんだ」


「何だ? 報告って?」


「漆黒の騎士の正体が分かった」


「何! 本当か!?」


「あぁ」


「……それで誰だったんだ?」


 メルフィスはカイルの口が開くのを固唾を飲んで待った。


「…………レオニードさんの弟だった……」


「弟って……あのヒースラルドか!?」


 (やはりメルフィスはヒースラルドと面識があったのか)


「落ち着いて聞いてくれメルフィス。こうなったのは武具の呪いが原因だったんだ」


「そうなんです。メルフィスさんの気持ちも理解していますが……彼を責めないでやってください」


 ロミリオがカイルの発言の後、重ねて話す。


「呪い? 詳しく聞かせてくれ」


「あぁ。そう思って実は今日、武具を持ってきているんだ。すでに呪いは解けているから安心してくれ」


「何か分かるかもと思って二人で相談したんですよ」


 カイルとロミリオは部屋から出ると受付に向かい、一旦保管してもらっているヒースラルドの武具を取りに行った。


 運んできた武具をメルフィスに見せる。


「…………っ! これはレクタリウスとガンビオル一式じゃないか!」


「さすが貴族、武具にも詳しいんだな」


「詳しいも何も元々当家が所有していたものだ」


「……ん? つまり盗まれたってことか?」


「その通りだが、問題はそこじゃない!」


「どういうことだ?」


「……元々この武具に呪いなんて付与されていないんだ!」


「…………ということは……ヒースラルドさんは……」


「そう、呪いの効果じゃない。自らの意思で行動していたんだ!」


 カイルとロミリオは互いの顔を見合わせ同時に立ち上がった。


「商館へ戻るぞ!」


「はい! 急ぎましょう!」


 二人は部屋の扉へと駆け出す。


「おい、カイル! ロミリオ!」


「メルフィス、すまんが話は後だ」


 一旦部屋から外へ出たカイルが戻り、扉の枠から顔だけ出して伝えた。


 一人部屋に残されたメルフィスは、レクタリウスと破損したガンビオルをじっと見つめる。


 ――後日の夕方。


 カイルとロミリオはエルフの森の商館へと戻ってきた。


 アイリスとレイジーンが無事であることを確認する。


「どうしたのカイル? 戻ってくるなりそんな真剣な表情して」


「アイリスの体調が心配だったんだ」


「もう心配しすぎだよー。まだ本調子じゃないけど、だいぶ良くなったよ」


「そうか、良かった」


 カイルはアイリスに微笑みながら返事する。


「ところでヒースラルドさんはまだベッドで寝ているのか?」


「寝てるかは分からないけど、部屋にはいると思うよ」


「ありがとう」


 カイルはアイリスの部屋から出ていく。


 部屋の外で待機していたロミリオと合流し、ヒースラルドの部屋へと向かう。


「俺が一度、ヒースラルドさんと話してみる。ロミリオは部屋の外で待機していてくれ」


「分かりました。何か異変を感じればすぐ駆けつけます」


 カイルが扉をノックすると、部屋の奥から返事が聞こえた。


 扉を開け部屋に入ると、ヒースラルドがベッドに腰かけている。


「あっ! カイルさん。おかえりなさい」


「ヒースラルドさん、体の具合はどうですか?」


「おかげさまでだいぶ良くなったよ、ありがとう」


「それは良かったです。……まだ体調が万全ではないところ、申し訳ないのですが……大事な話があります」


「何でしょうか? そんな険しい表情をしてどうしたんですか、カイルさん?」


「落ち着いて聞いてください……」


 (真実を伝えなければ……)


 笑顔だったヒースラルドの表情が引き締まる。


「…………ヒースラルドさんの兄、レオニードさんを殺害した犯人のことなんですが……」


 (ヒースラルドさんが悲しめば呪いだったことが証明される……)


 カイルは覚悟を決め、次に続く言葉を紡ごうとする。


「……私なんでしょう?」


 カイルは自分が伝えなければならなかった言葉を相手から伝えられて驚き戸惑った。


 ヒースラルドは続けて話す。


「ベッドの上で色々考えてて、それで……なんとなくそんな気がしていたんです……」


「……」


 カイルは何も言葉を紡ぐことができなかった。


「やはり……そうでしたか……」


 ヒースラルドの目から涙が零れ落ちる。


 彼の表情を見て、カイルはほっと胸をなでおろす。


 それと同時に、直前まで彼を疑っていた自分に嫌悪感を抱き複雑な心情になった。


 両者の間に沈黙が流れる。


 カイルは彼にかける言葉が見つからず、立ち尽くしていた。

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