第76話 仕事と稽古

 一人ベンチに座っているカイルは、ふと空を見上げた。


 青空に雲が流れ、小鳥達が自由に飛び回っている。


 カイルは屋敷の建物に視線を移す。


 二階の窓奥に本を読んでいるアイリスの横顔を見つけた。


 暖かい日差しが心地よく、だんだん瞼が重たくなる。


 (ここに座っていると本当に寝てしまいそうだ)


 カイルはベンチから立ち上がり屋敷の中へと戻った。


 夕方、カイル、アイリス、シフ、ユリーナの四人が広間に集まる。


「ではカイルさん、約束していた護衛の件について正式に受けさせて頂きます」


「ありがとうございます!」


 カイルとシフは固く握手を交わした。


「出発は明後日でいいかな?」


「はい、大丈夫です!」


「シフさん、ありがとうございます!」


 アイリスもシフに礼を言うと、彼は彼女に微笑む。


 ――明後日の早朝。


「ではユリーナ、孤児院のことは任せたよ」


「はい。カイルさん、アイリスさん、元気でね」


 ユリーナは二人に笑顔で手を振ると、カイルとアイリスも彼女に世話になった礼を言う。


 それからカイル、アイリス、シフの三人は馬車に乗り込む。


 ユリーナが見送る姿を背にして、馬車はロムリア王国へと向かった。


 夕方予定通りにロムトリアの店へ到着すると、馬車を保管庫に止める。


 カイル達は店内に入ると、クルム達が気付く。


「カイルさん、お帰りなさい! ……そちらの方はお客さんですか?」


 クルムがカイルに尋ねる。


「紹介する。こちらが買付する際、クルムの護衛をしてくれるシフさんだ」


「シフだ。よろしく」


「よ、よろしくお願いします!」


 両者は握手をかわす。


「カイルさんと同年代かと思っていたけど、これはまた可愛いスタッフ達だね」


 シフはクルムとエリスをまるで自分の孫であるかのように見つめ、優しい表情で話す。


「彼らは見た目はまだ子供ですが、仕事はきっちりこなせますので安心してください」


 明日の朝出発することとなり、初回の買付はカイルも一緒についていく。


 互いに挨拶と自己紹介を済ませると準備に取り掛かった。


 クルムが抜けるとエリス一人で店を運営することになる。


 エリス一人では負担が大きいと思ったアイリスは、クルムの代わりにカイル達が戻ってくるまで残って店を手伝うと話す。


 カイルはアイリスの申し出に感謝した。


 翌日、カイル達は予定通りに出発し、ルマリア大陸に渡る。


 大陸に到着し、ロゼキットとフロミアへシフとクルムの紹介を済ませた。


「ここがルマリア大陸かー! 話してる言葉が全然わからないや」


 クルムにとって目に映るもの、町の風景から石ころ一つまで全てが新鮮だった。


 その一つ一つにまじまじと視線を向け、自身の目に焼き付けている。


「俺がしっかり通訳するから安心して」


 ロゼキットがクルムに話しかけた。


「ありがとうございます、これからよろしくお願いします!」


 カイル達はルマリア大陸での仕事を済ませるとロゼキット、フロミアと別れて船に乗る。


 船内で仕事の段取りの確認と整理に取り組んだ。


 クルムはカイルの話を真剣な面持ちで聞きながらメモを取る。


「――これで説明は全部だな。買付ルートと商品は決まってるからな。まずは仕組みを理解して徐々に慣れていこう」


「わかりました、説明ありがとうございます!」


 クルムの返事にカイルは微笑む。


 (この感じだと買付を覚えるのも早そうだな)


「それじゃー、今日の仕事の話はこれぐらいにして夕食にしようか」


 カイル、クルム、シフの三人は船内の食堂へと向かう。


「……たくさん料理名が書いてある」


 三人は食堂の席につき、クルムはメニューとにらめっこをしている。


「好きなもの注文していいぞ」


「カイルさん、ありがとうございます! 何にしようかなー」


 各々食べるものが決まり、注文を済ませる。


 三人は料理が運ばれてくるまで談笑を始めた。


「クルムとエリスは姉弟なんだね。家族もロムトリアに住んでいるのかい?」


 シフがクルムへ話しかける。


「……家族はいるのですが……」


 クルムはカイルとの出会いから話始めた。


「なるほど、それで今は行方がわからないと……」


 シフは孤児院の子供達を思い出し、切なさに満ちた表情を浮かべた。


「シフさんは孤児院を経営してるんだ」


 カイルが会話に参加し、クルムに話しかける。


「孤児院の方はいいんですか?」


「今は無理を言って来てもらってる。シフさんに護衛してもらうのは新しい護衛の人が決まるまでだな」


「そうなんですね、わかりました」


「店に戻ったら馬車は今俺達が乗っているのを使ってくれ」


 カイルは新しい馬車を調達しようと考えていた。


 台数が増えると維持費は増えるが、移動手段と新しい取引先の開拓に必要不可欠である。


 また効率と運搬量も増加するので長所は多い。


 しばらく談笑していると、完成した料理が運ばれてきた。


 料理の美味しさは三人の会話に花を咲かせる。


 ――翌日。


 午前中、カイルはクルムに仕事の説明を行う。


 シフは護衛の打ち合わせ以外、基本自由行動をしている。


 午後、カイルはデッキの上にシフの姿を見つけ、近づいて話しかけた。


「シフさん」


「カイルさん、こうして船に乗るのは久しぶりだよ。ここにいると風が心地よい」


「そうですね」


 カイルも彼の隣に並んで海風を肌に感じる。


「シフさん、また一つお願いがあるのですが……」


「何かな?」


「……俺に剣術の稽古をつけてもらえませんか?」


「剣術? 商人だったら自分で戦うより護衛を雇った方がいいのではないかね?」


「はい、それもありますが、今は少しでも自分の身を自分で守れるようにしたいんです」


 シフは若干思案した後に返事する。


「わかりました。船内の散歩以外にも楽しみが一つ増える」


 シフはカイルの申し出に快諾した。


「ありがとうございます!」


 さっそくカイルは馬車の荷台から練習用の木剣を二本持ち出す。


 今回は乗船客も少なかったので稽古に使えそうな空間はすぐに見つかる。


 念のため、船の責任者に稽古について確認したところ、あっさりと了承してもらえた。


「船がポートリラに到着するまでよろしくお願いします!」


「遠慮せずに全力で来なさい」


「わかりました、それでは行きます!」


 カイルは一気に駆け出し、シフに先制攻撃を仕掛ける。


 シフは斬撃を悠々と回避した。


 カイルは反撃してこないと判断すると、連続で斬撃を繰り出す。


 (全く攻撃が当たらない)


「思ったよりいい動きをしているよ」


 両者が一旦間合いを取ったところでシフがカイルへ話す。


「ありがとうございます」


「まだ、手加減しているんじゃないかね? 私に当てるつもりで全力を出しなさい」


 ――夕方。


 カイルは一度も攻撃を当てることができず、体力を消耗し息を切らしていた。


「続きはまた明日にしよう」


「夕方まで……稽古に付き合って……頂いて……ありがとうございます」


 言葉が途切れ途切れになりながら話す。


「今日はゆっくり休みなさい。翌日はもう少しペースを上げるよ」


「ありがとうございます、明日もお願いします」


 翌日以降も午前中はクルムへ仕事を教え、午後はシフと剣術の稽古に取り組む。


 ――十日後の昼頃。


 カイル達は食堂で昼食を食べていた。


「カイルさん。海の上でもモンスターって襲ってくるんですか?」


「そうだな。初めてこの船に乗った時、タコみたいなのと遭遇したな。その時はアイリスと協力して撃退した」


「おー! 倒したんですか! それにアイリスさんも戦えるんですね!」


 (クルムはアイリスが魔法を使えることを知らないんだったな。そのことを話すか……いや、まだだな)


「まぁな」


 カイルはアイリスについて直接言及せず返事を濁した。


 シフの身近にもユリーナという魔法の使える人間がいる。


 その秘匿性と重要性は理解しているのでクルムに対して安易に補足説明はしなかった。


 ――突如、船体が激しく揺れる。


 (なんだこのゆれは? またモンスターか?)


「シフさん」


「デッキに上がってみよう」


「クルムは俺達の後ろについて来てくれ」


「わ、わかりました!」


 カイルとシフは席からすっと立ち上がり部屋の出口へと向かう。


 その後をクルムが追う。


 デッキへ上がると既に揺れの正体が船内に乗り込んでいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る