第75話 孤児院への訪問

 カイル達は予定通りに孤児院へ着く。


 孤児院の建物は大きいので、玄関をノックしてから声も出して呼びかけた。


 しばらく待つと、扉が開きユリーナが出迎えてくれる。


「あら、カイルさんお帰りなさい。話は中で聞きましょう」


 カイル達はユリーナに広間へと案内される。


 広間にはシフと見知らぬ男性が椅子に座っていた。


 カイル、アイリス、ユリーナもそれぞれ席に着く。


「こちらの方は?」


 カイルがシフへ尋ねた。


「あー、彼はね、アルバネリス王国騎士団の副団長ヒースラルドだよ」


「元……ですけどね」


 ヒースラルドと呼ばれた男性が返事する。


「あー、そうだったね」


「カイルと申します。ロムリア王国で商人をやっています。よろしくお願いします」


 カイルはヒースラルドへ軽く挨拶をして手を差し出す。


「よろしく、カイルさん」


 ヒースラルドも手を差し出してカイルと握手を交わし、互いに席へと戻る。


「それでカイルさん、リオール草の件ですが」


 シフがカイルへ話を切り出す。


「はい! 草の方は手に入りました! 馬車に積んでいます」


「おー! 本当かね!」


「はい! さらに安定的に供給もできるようになりました」


 シフとユリーナは互いの顔を見て安堵の表情を浮かべる。


 それから彼らはカイルとアイリスに礼を言う。


 ふと一瞬カイルとヒースラルドの目が合った。


 (先にヒースラルドさんとシフさんで何か話してたんだな。ちょっと俺達の戻ってきたタイミングが悪かったな……)


「申し訳ございません」


「ん?」


 ヒースラルドは突然カイルから謝られて咄嗟に聞き返した。


「あー、いえ。先に話をされていたところへ割り込むような形になってしまって――」


 急に賑やかな声が聞こえてくると広間の扉が開いた。


 孤児院の子供達が広間へと戻ってくる。


「あー、ヒースラルドさんだ!」


 子供達はヒースラルドの姿を見つけると、その周辺に集まり出す。


「ねぇ、今日はレオニードさんいないの?」


 (……ん? レオニード? ……いや……ただの同名だな)


 カイルは一瞬メルフィスの傭兵のことを思い出す。


「……お兄ちゃんはね。お仕事で戻らないんだよ」


「じゃー、次はいつ来るの?」


「ねー、いつ? いつ来るの? ねー?」


 ヒースラルドは子供達の質問責めに苦慮していた。


 その状況を見ていたカイルは助け船を出す。


「よーし! 俺と一緒に遊ぼう! 俺を捕まえたらお菓子お腹いっぱい食べられるぞ!」


「やったー! カイルお兄ちゃんを捕まえろー!」


 カイルはヒースラルドに軽く目配せをする。


 ヒースラルドは申し訳なさそうにカイルへ軽く頭を下げた。


「おれは、あるばねりすおうこく、きしだんちょう! らいこうのれおにーど! いくぞーカイルにいちゃん!」


 子供達のうちの一人がレオニードになりきって名乗り口上しながら、木の棒を剣に見立てて構える。


 (ん? 騎士団長レオニード? 彼も確か元騎士団長と言っていた気がするな)


 カイルは先程まで偶然名前が同じだけだと思っていたが、騎士団長の情報が加わり考えを改め始めた。


 (シフさんなら、何か知ってるかもしれないな。後で聞いてみよう)


 カイルは夕方になるまで子供達と遊んだ。


 広間へと戻り、夕食を済ませる。


 各々の部屋に戻った後、カイルはシフの部屋に訪問した。


 扉をノックすると、中からシフが出てくる。


「シフさん、少し時間いいですか? 話したいことがあります」


 カイルはシフに部屋の中へと招かれ、椅子に座る。


「話というのは何かな?」


 カイルはテーブルを挟んでシフと対面して話始める。


「子供達から聞いたんですけど、ヒースラルドさんのお兄さんってアルバネリス王国の騎士団長なんですね」


「元だがね」


「元?」


「今は騎士団長を辞めてる」


「そうなんですね、子供達がヒースラルドさんにお兄さんは次いつ来るんだと質問責めにされてて大人気でしたよ。それでどんな方なのかと気になって」


「彼は商人の傭兵になったのだよ……ヒースラルドもいつまで子供達に真実を伝えずにいるのやら」


「それはどういう意味ですか?」


「兄はね……不慮の事故で亡くなったのだよ」


 (俺の知っているレオニードさんの情報とほぼ一致する。本題を切り出すか)


「シフさんはその商人のことを知っているのですか?」


「知ってるね」


「あのー、シフさん」


「ん?」


「俺が今から言うことは勘違いかもしれないので、全て聞き流してもらって構わないです」


「何かな?」


「……もしかして、商人はメルフィスという名前ではないですか?」


 シフはカイルの口からメルフィスの名前が挙げられたことに驚きの表情を浮かべた。


「これは驚いた。まさかカイルさんがメルフィスと面識があったとは……でもなぜ?」


「以前仕事を一緒にしたことがあります。お兄さんはレオニードさんですね。子供達が話してました」


「そう、兄の名前はレオニードだけど……なぜその商人がメルフィスだと分かったのかね?」


「一緒に仕事した時に彼の傭兵としてレオニードさんがいて、自己紹介で元騎士団長と話されていました。子供達も騎士団長と話していたので、もしかしてと思いまして」


「なるほど! そういうことだったのだね」


 カイルはレオニードが討ち取られた現場にいたことは話さなかった。


「シフさんはメルフィスとレオニードさんのことはよくご存じなんですか?」


「よく知ってるよ。メルフィスにレオニードを紹介したのは私だから……私も少なからず責任を感じている……」


 シフは声の調子を落とす。


「そうとは知らず聞いてしまってすみません……ヒースラルドさん本人には聞きにくかったもので……」


「いえ、いいのだよ。彼も専用装備があればこんなことにはならなかっただろうに……」


「専用装備?」


 シフは騎士団の団長と副団長には専用の武器と防具を王国から与えられると説明する。


 騎士団を辞める際には、王国へ返還する取り決めになっていると付け加えた。


 (俺達よりもはるかに良い装備だと思ったが、専用装備じゃなかったんだな)


「メルフィスは元騎士団長を護衛に雇えるなんて、そうとう腕利きの商人なんですね」


「彼はアルバネリス王国の名門貴族出身だからね」


「えっ! そうなんですか! 本人は全くそんなこと言ってませんでした――」


 コンコンコン


 二人が会話している途中に部屋の扉をノックする音が聞こえた。


 シフは椅子から立ち上がり、扉へ歩き出す。


 扉を開けると少年が立っていた。


「眠れないよー……」


 少年はシフへ訴えかける。


「おー、そうか。会話の声で眠れなかったかな? すまなかったね」


「うん」


 少年は再び自分の部屋に戻っていった。


「気が回らずにすみません」


 カイルがシフへ謝罪する。


「いえ、いいのだよ」


「そろそろ自分の部屋に戻ります。話に付き合って頂いてありがとうございました」


 カイルはシフに礼を言って部屋を出ると、自身の部屋へと戻る。


 (おそらくメルフィスから情報は聞いているだろう。俺も当事者であるとヒースラルドさんに話すべきか、話さないべきか……)


 カイルは部屋のベッドで葛藤に悩まされ、しばらく寝付けなかった。


 ――翌日の昼頃。


 カイルは中庭のベンチに座っているヒースラルドを見つけた。


「ヒースラルドさん、隣いいですか?」


「どうぞ」


 カイルはヒースラルドの隣に腰かけた。


「昨日はすまないね」


「いえ、気にしないでください。ヒースラルドさんの兄、レオニードさん人気なんですね。昨日も子供達からたくさん話を聞きましたよ」


「そうみたいだね……兄は亡くなりましたが……」


「え!」


 カイルはレオニードが亡くなった事実は知っている。


 そのうえで驚いたのは演技ではなく、カイルが予想していたより早く兄の死についてヒースラルドが言及したからだった。


「子供達に話さないのは、そのうち忘れ去られていくと思ったからです」


「そうだったんですね……」


 (あれだけ子供達に聞かれたら逆に真実を話しづらいよな……)


 カイルはヒースラルドの心情を汲み取り、それ以上深入りするのを避けた。


「……危機は突然訪れるからね。カイルさんも重々気をつけて慎重に行動した方がいい……」


「そうですね……」


 幾多の戦場を渡り歩いたであろう元副騎士団長の言葉はカイルの心に重く響いた。


 カイルはアリューム城での出来事とユニークコボルトとの戦闘を思い出し、一瞬曇った表情を浮かべる。


「……ずっと考えていても仕方がない、気持ちを切り替えましょう。……そうだ! カイルさんはどの町で商売されてるのですか?」


「ロムリア王国内で主に活動しています。それで最近、ロムトリアに店を構えました」


「それはおめでとう。商売は順調のようだね」


「ありがとうございます」


「今後は規模を広げていくのかい?」


「はい、現在二号店の出店を計画していて、その次は王都に出店したいと考えています」


「がんばって!」


 ヒースラルドはカイルに手を差し出す。


 カイルはその手を取って握手をかわした。


「……俺はそろそろ出発しようかな」


 彼は椅子から立ち上がる。


「それじゃーカイルさん、またどこかで」


「はい」


 ヒースラルドはカイルに軽く手を振って去っていった。

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