第72話 傭兵契約

 カイルは断られることは承知の上で、言葉を続けた。


「金額面に関してはできる限り希望へ応じるようにします」


「いえ、金額の問題ではありません」


 シフが事情を説明しようとした時、部屋の外から賑やかな声が聞こえてくる。


 声はだんだん大きくなり、カイル達のいる広間へ近づいてくる。


 広間の扉が開くと、部屋の中へ声の正体である子供達が入ってきた。


「あー! お兄ちゃん起きたんだー! わーい!」


 子供達はカイルの姿を見つけると、彼の周りに集まり目覚めたことを喜んだ。


「今、大事なお話をしているからまた後でね」


「はーい」


 ユリーナは椅子から立ち上がって子供達を連れて部屋から出て行った。


「……理由は孤児院の経営をされているからでしょうか?」


「それもありますね」


 (そういう事情なら諦めるしかないかもな)


「こちらこそ無理言って申し訳ありませんでした」


 カイルが話を切り上げようとしたところ再び扉が開き、中へ少年と少女が入って来る。


 彼らはさっき入ってきた子供の集団にはいなかった。


「どうしたのかな?」


「飲み薬がもうすぐなくなるよ」


「そうか、後で持っていくから部屋に戻ってなさい」


「はーい」


 少年と少女は部屋から出ていく。


「話が途切れてしまってすまないね」


「いえいえ。……薬と言っていましたが、あの子達は何か病を患っているのですか?」


 カイルがシフへ素朴な疑問を尋ねた。


「……はい」


 シフは急に神妙な面持ちになり、院内に他にも感染者がいると説明する。


 さらに現在その薬が急に手に入りにくくなったと話す。


 再び部屋の扉が開くと先程、子供達を部屋の外へ連れて行ったユリーナが部屋に戻ってくる。


「手に入らないなら、アイリスの治癒魔法を使ってみるのはどうですか?」


 カイルの提案にシフは首を横に振ってから、隣に座っているユリーナの方を見る。


「実は彼女もヒーリアの魔法が使えるのですよ。それで子供達が寝静まった時に試してみたのですが……残念ながら効果はありませんでした」


 それを聞いたカイルはアイリスの方を見るが、彼女も方法がないと首を横に振る。


「……急に手に入りにくくなったのは何か理由があるんですか?」


「薬の原料にリオール草が必要なんですが……最近価格が高騰したと思ったら、入荷がぴたりと止まったのです」


 ユリーナがカイルの質問に答える。


 (誰かが買い占めているのか?)


「その草はどこで手に入るんですか?」


「ルマリア大陸原産と聞いています」


「それでしたら我々はルマリア大陸から買付しています。もしかしたら手に入るかもしれません」


 シフ達はカイルの言葉を聞くと詳しい話を聞かせてほしいと尋ねた。


 カイルは買付先があるので、そこへ行って手に入るか聞いてみると説明する。


「手に入るのなら助かります」


「分かりました、この後さっそくルマリア大陸へ向かってみます」


「ありがとうございます。それと護衛の件ですが……」


 シフはユリーナの顔を見て意見を聞く。


「もしリオール草の安定供給が叶えば、少しの間なら孤児院の運営は私に任せてくださっても大丈夫ですよ」


 ユリーナはシフの顔を見て返答する。


「すまないね」


 シフは彼女の返答に頷くと、カイル達の方を向く。


「あなたが新しい傭兵と契約できるまでの期間限定でなら引き受けます」


「わかりました、ありがとうございます!!」


「では、リオール草の入手よろしくお願いします。今日は一日ここで泊って、明日の朝出発しなさい」


「ありがとうございます、お言葉に甘えてそうさせて頂きます」


 その後、カイルは孤児院の子供達と一緒に遊び、アイリスは部屋で魔導書を読む。


 ――翌日早朝。


 シフとユリーナに礼を言って、子供達とも別れの挨拶をする。


 一旦王都メルリーネに向かい、それからロムリア王国に戻る。


 帰りの予定日が遅くなったが、早朝無事ロムトリアの店に帰ってくる。


 馬車を保管庫に置いて、二人は鍵を開けて店の中へと入った。


 クルムとエリスはさっき起きてきたようで、ちょうど朝食を食べている。


「カイルさん! 帰りが遅いんで心配しましたよ!」


 二人はカイルの元気な顔を見て、ほっと胸をなでおろす。


 カイル達は二人を必要以上に心配させないようユニークコボルトの件は話さなかった。


「クルム、エリス、すまん。もらったペン大事にしてたんだが、モンスターとの戦闘中に落としてしまった」


「カイルさんが無事ならそれでいいです。ペンはまた買ってきますね!」


「ありがとう。嬉しいけど……まず自分達のことを優先するんだぞ」


「はい!」


 クルムとエリスはニッコリ微笑んで返事した。


 それからカイルはクルム達から不在の間の店の状況を説明してもらった。


 トラブルもなく売上も僅かではあるが、日々増加してきているとクルム達は話す。


「あれからコーヒーも良い評判ですよ。私も作り方覚えました」


 エリスがカイルへ嬉しそうに話す。


「ありがとう。調理器具、早く手に入れたいな」


「コーヒーを淹れてお店で販売するのも良いかもしれません」


 今まではお試しで提供していたが、飲食店のようにテーブルと椅子を設置して正式に商品として販売できるかもしれないと考えていた。


「おー! それもいいかもしれないな!」


 (リオール草の一件が落ち着いたらエリスの案も検討してみるか)


 エリスはカイルに褒められると、嬉しそうに笑顔を返す。


「それと帰ってきて早々だが、ルマリア大陸へ行く用事ができた。準備ができたらすぐに出発する」


 カイルとアイリスは店で朝食を食べた後、準備を済ませ馬車に乗り込もうとする。


「店、頼んだぞ!」


「分かりました!」


 クルムはいつも通り元気よく返事する。


 二人に見送られながら、カイルとアイリスを乗せた馬車はポートリラを目指す。


 ポートリラから船に乗りルマリア大陸へ渡ると、翌日ロゼキットと合流してフロミアのところへ向かった。


「カイルさん、こんにちは。商売は順調のようですね」


「おかげさまで」


 カイルはフロミアに優しく微笑んだ。


「それはよかった」


 フロミアもカイルの表情をみて笑顔を返す。


 次の買付には早かったが、ルマリア大陸まで来たのでそのまま打ち合わせをした。


 話が纏まった頃、カイルはフロミアへ、リオール草を取り扱っているか聞いてみる。


「リオール草は以前取り扱っていましたが、今は入荷がなくなってしまいました」


「何か理由があるのですか?」


「噂によると原産地周辺でモンスターが出たとかで、採取が中断されているそうです」


 (誰かが買い占めているわけではないのか)


「その草はどこで採れるんですか?」


「リオール草はエンボリオ火山の周辺に群生しているようですね」


 (現地に行って確認してみるか)


 カイル達はフロミアに礼を言って一旦宿に戻ることにした。


 買付商品の積み込みはエンボリオ火山から帰ってきてから行う。


 宿に戻る途中、ロゼキットへリオール草を入手しなければならない事情を説明する。


 その後、彼に協力を依頼したところ、快く同行に応じてくれた。


 カイルはオンソローから火山までの行き方が記載されている地図を購入して出発の準備を整える。


「ここから目的地までは馬車でだいたい三日かかるな。それと道中は危険なモンスターも出ないようだ」


 その為、傭兵は雇わずに翌日早朝、エンボリオ火山には三人で向かう。


 必要であれば現地で傭兵を雇う算段であった。


 火山のふもとには町がなく、ふもとから馬車で二時間弱ほどかかる距離に町があった。


 ここが火山へ行くための拠点の町として最も近い。


 カイル達は、無事に拠点の町キャタへ到着すると宿を探す。


 しかし、宿はどこも満室で確保できず、しばらく探し回ってようやく三人が泊まれる宿を見つける。


「どの宿も宿泊客で満室だったのですが、この町で何か催し物が開催されるのですか?」


 カイルはロゼキットの通訳を挟みながら宿の主人に尋ねる。


「それはですね……あの火山が原因なんです」


「あの火山? エンボリオ火山のことですか?」


「そうです。町の宿に泊まっている人間のほとんどは、あの火山に向かうのが目的です」


「あの火山に何があるんですか?」


 カイルは疑問を単刀直入に聞いてみた。


「あの火山には固有の動植物が群生しています」


 (リオール草もその一つだな)


「元々この町が管理してたんですが、確か……約一年半ほど前にイラベスク商会が引き継いだんです」


 (イラベスク商会……ロムリア王国内を拠点とする商会だな。ルマリア大陸にまで進出していたのか)


「それが最近、なぜか急に手を引いてしまいました」


「急に……ということはモンスターに襲撃された……?」


「詳しいことはわかりません。モンスターに襲撃されただの、山賊に襲撃されただのとか噂されています」


 現在、イラベスク商会が手を引いてからはエンボリオ火山の管理者が不在となったと話す。


 (今は野放しになっているということか)


 そこへリザードマン達が縄張りを作っていると店主は説明する。


 この町の宿に宿泊しているのは、そのモンスター達を討伐しに行くのが目的の人間達だった。


 さらに町の有力者も協力して討伐隊が結成されると店主は話す。


「討伐隊に参加し無事にモンスター達を退けることに成功した暁には、町から動植物を優先買付する権利が与えられます」


 (買付する権利が得られる……)


「その中にはリオール草も入っていますか?」


「もちろん入っていますよ」


 カイルはアイリスとロゼキットの表情を窺うと、二人とも無言で頷く。


「色々教えて頂いてありがとうございます」


 カイル達は礼を言い、宿の主人から町の中にある討伐隊本部の場所を教えてもらう。


 それぞれ一旦宿の部屋で準備をした後、合流して討伐隊本部へと向かった。

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