第67話 邂逅

 ――ロムリア王国領内某所。


 サークリーゼとレイジーンは、途中カミールと合流してロムリア王国領内に戻ってきていた。


 戻ってきたのは、イラベスク商会幹部の会合が開催されるという情報を入手したからである。


 開催場所は湖の中ほどに浮かぶ小島に建てられたイラベスク商会会長の別荘だ。


 イラベスク商会の中枢である幹部達を襲撃し、商会を混乱させる。


 それにより、弱体化ないし倒産に追い込むのが彼らの目的だ。


 レイジーンとカミールは開催前日、闇夜に紛れて小舟で島へ近づく。


「仕事とはいえ、全く俺とは無関係な人間を手にかけるのは気が重いぜ」


「そうか? 俺は特に何も思わんな。金さえもらえれば何でもいい」


 カミールは翌日の仕事をまるでモンスター討伐のような感覚で話し、持論を展開する。


「そうか……」


 その後、会話もなく二人は島へ上陸した。


 サークリーゼは別経路から侵入し、屋敷内で合流する予定である。


 レイジーンとカミールは朝日が昇る前に屋敷内に侵入し、小部屋に隠れて待機した。


「そろそろ頃合いだな」


 レイジーンがカミールに小声で合図すると二人は小部屋から出る。


 屋敷の内部は事前に把握しており、慎重に警戒しながら移動して途中見つかることなく会議室の扉の前まで到着した。


「3……2……1……0」


 レイジーンが0を口に出した瞬間、彼は扉を開けて一気に侵入し、カミールも後ろに続く。


 会議室は椅子とテーブルを並べても、ゆうに百人程度は入れるほど広い。


 その部屋の奥に設置されている円卓の椅子へ、十数人の幹部が座っていた。


 二人が立っている位置から円卓までは全力で走っても数秒かかるほどの距離がある。


 幹部達は侵入者に気付くと、皆即座に椅子から立ち上がった。


 そして、二人から見て一番手前に座っていた男が、玉のようなものに火をつけて二人の立っている方向へ投げつける。


 地面を転がる玉からは煙がもくもく立ち上がって部屋に充満していくと、二人の視界が奪われた。


 (またこういうのかよ!)


 レイジーンは以前カイル達を追跡するときに発生した霧のことを思い出す。


 二人が入ってきた扉とは反対側に扉が三つあり、幹部達は左右の扉へ分かれて避難する。


 エンボリオ火山の施設襲撃事件で、この事態を想定しており行動が迅速であった。


 二人は幹部達が驚き立ち止まることを想定していたので、予想外の迅速さに次の行動が出遅れる。


 その間にも次々と幹部達は扉の方へ向かっていった。


 二人は方向感覚を見失う。


「カミール、窓だ! 窓を探せ!」


 部屋に侵入した時、左右の壁に窓があるのを確認していた。


 二人は手探りで壁の窓を探し、見つけるとすぐさま窓ガラスを叩き割っていく。


 煙が部屋の外へと逃げていき、徐々に二人は視界を確保できるようになる。


 それと共にレイジーンとカミールは幹部達が逃げて行った方向を確認したが、すでに幹部達は逃走済みで誰一人としていない。


 ――直後、二人は誰一人いないことを即座に心の中で訂正した。


 奥の中央扉付近に人影のようなものが浮かび上がり、二人の視界に入る。


 煙で朧気だったそれは鮮明になっていく。


 人影の正体は漆黒の鎧に身を包んだ騎士だった。


 静かに佇む騎士は剣を抜き一振りすると、自身の周囲を包む煙が風圧でかき消される。


 レイジーンとカミールは幹部達の追跡を一時中断して、正面に突如立ちはだかる漆黒の騎士と対峙せざるを得なかった。


「護衛か? なんだお前は?」


「……」


 漆黒の騎士はレイジーンの問いかけに反応せず、剣を構え応戦の意思表示をする。


 そのままゆっくりと二人に向かって歩き始めた。


「無視かよ……カミール、同時に仕掛けるぞ」


 レイジーンとカミールは鞘から剣を抜くと漆黒の騎士へ駆け出す。


 二人は左右からほぼ同時に斬りかかるが、漆黒の騎士は剣で斬撃を同時に受け止めた。


 (同時に斬りかかったのに、なんだこの反応は? ……!?)


「なっ! 武器が壊れただと!」


 レイジーンのショートソードの剣身がぼろぼろと砂のように崩れ落ちる。


 カミールの武器も同様であり、レイジーンと同じ表情をしていた。


 漆黒の騎士は二人へ反撃しようと間合いを詰める。


 まずはレイジーンに狙いを定めた。


 歩を進める度に漆黒の鎧は硬く重厚な音を部屋に響かせる。


 レイジーンは喪失した武器の代わりに、腰に備え付けたもう一つの予備武器で応戦しようとした。


 その装飾が施されたダガーを抜こうとした瞬間――漆黒の騎士の背後に位置する扉が開き、新たな人影が現れる。


 サークリーゼだ。


 彼は一直線に走り出し、漆黒の騎士へ背後から突きを繰り出す。


 漆黒の騎士は背後に気配を感じると体をひねってサークリーゼと対峙し、突きをすんでのところでかわす。


 さらにそこへサークリーゼは自身の体ごと回転させて横斬撃を繰り出すが、これもバックステップで回避される。


 サークリーゼは漆黒の騎士と一旦間合いを取り、レイジーンとカミールを背にして漆黒の騎士と対峙した。


「二人は下がってください」


「サークリーゼ様、気をつけてください。奴の剣には相手の武器を破壊する能力がエンチャントされているようです」


 そう伝えるとレイジーンとカミールは後ろへ下がる。


 突然、漆黒の騎士は手のひらをサークリーゼの正面に掲げた。


 すると、手の平に光が収束していく。


 (何をする気だ?)


 レイジーンは漆黒の騎士が何をしようとするのか見当もつかなかった。


 (ストライクレイですか。シュバリオーネを持ってきて正解でしたね)


 サークリーゼは微かに表情筋を動かす。


 彼にはロムリア王国騎士団所属時代に専用装備があったが、今は所有していない。


 その為、今までは有り合わせの武具を装備して対応していた。


 ルマリア大陸で入手したシュバリオーネは、故サティロ作の名剣とされる一振りだ。


 サティロはすでにこの世を去ったが、彼の作品は絶対数が少なく芸術的価値も高いので蒐集家の間で大変人気がある。


 実戦に難なく使用でき、実用性が極めて高いのは言わずもがなだ。


 この世界では一般的に年代の古い武具の方が希少価値が高いだけでなく、エンチャント能力を含めて高性能を誇る。


 サークリーゼはシュバリオーネを構えた。


 光の収束が完了し、ストライクレイが放たれる。


 一筋の閃光がサークリーゼを貫――かず剣身に命中した。


 すると、今度はストライクレイの閃光が漆黒の騎士に牙をむく。


 シュバリオーネには剣身に触れたアロー系魔法の弾道を変える能力がエンチャントされていたのだ。


 漆黒の騎士は自身にストライクレイが放たれるとは予想していなかったが、回避行動はとらなかった。


 騎士の鎧へ命中すると光はまるで開花したように分散し、かき消える。


 命中した箇所に傷はついていない。


「……」


 漆黒の騎士は再び剣を構える。


 サークリーゼは矢のような速さで漆黒の騎士に接近し、軽い身のこなしで斬撃の応酬を繰り広げた。


 互いの剣がぶつかると冷たい音色が響き、レイジーンとカミールはその様子を固唾をのんで見守っている。


 (やはり破壊能力はシュバリオーネには効果が無いようですね)


「……」


 一進一退の攻防が繰り広げられる中、サークリーゼは後ろに下がり剣を鞘に納めると、全速力で漆黒の騎士へ駆け出す。


 騎士は攻撃に備えて剣を構える。


 サークリーゼは自身の剣の間合いに入ると斬撃を繰り――出さず、突然真上に飛び上がった。


 漆黒の騎士の頭上よりも高く舞い上がり、空中で前転しながら抜剣する。


 そして、騎士の頭上を飛び越えた位置で斬撃を繰り出し、騎士の鎧の肩辺りに命中させた。


 ストライクレイでは無傷だった鎧に初めて傷がつく。


 サークリーゼは漆黒の騎士の背後へ自身の背を向けて着地すると、すかさず左に体一つ分ほど移動してバックステップする。


 バックステップしながら騎士の横腹の鎧をシュバリオーネで斬り払い騎士の右正面に姿を現す。


 漆黒の騎士の鎧に新しい傷がつく。


 サークリーゼを捉えた漆黒の騎士は即座に反撃するが、彼はさらにバックステップで回避して間合いを取る。


 再びレイジーンとカミールを背にして漆黒の騎士を正面にして対峙した。


 (何だ今の動きは? 人間の動きじゃない)


 レイジーンは驚愕するとともに、二人の間で繰り広げられる戦いに目が離せなかった。


 漆黒の騎士も後ろに下がって間合いを取ると攻撃の手を止める。


 剣を鞘に戻すと踵を返し、サークリーゼ達に背を向けて扉へ向かう。


 そのまま奥へと消えて行ったが、彼らも追跡はしなかった。


「申し訳ございませんでした。サークリーゼ様……」


 レイジーンがイラベスク商会の幹部達を取り逃がしてしまったことを謝罪した。


 剣を鞘に納めたサークリーゼは壊れた窓へと歩き出し、外の景色を眺める。


 戦闘による会議室内の荒れ具合とは対照的に湖には波一つ立っておらず、水面は水鏡となり屋敷を映していた。


「……戻りましょう」


 サークリーゼ達は屋敷から出るとレイジーン達が乗りつけてきた船に乗り込み小島から脱出した。

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