第47話 囮と追跡

 カイルの手元には今、金貨が七百枚弱ある。


 自分の店を持つために必要な資金である目標の千枚まで大きく弾みがついた。


 (予定よりも早く目標資金まで到達できそうだな)


 しかし、まだ目標まで三百枚ほど足りない。


 残りの資金は王都と今いる町オンソローを数回往復すれば貯まる。


 王都周辺で活動しているだけでは、このような利益は出せず、フロミアとの商談はそれだけ魅力的であった。


 積荷の積み込み日は、本日から二週間後である。


 ルマリア大陸での目的を果たしたカイルは二週間後、積荷を馬車に載せて町を出港する予定で考えている。


 そしてポートリラへ入港し、そのまま王都に帰還する計画だ。


 出港までの間、アイリスは図書館で調べものをする予定である。


「ロゼキット、これは通訳報酬だ。他にも助けてもらった分を割増している」


 カイルは馬車の荷台の中で報酬が入った袋をロゼキットへ渡した。


「ありがたく受け取るよ。それでカイル、出港まで何して過ごすんだい?」


「依頼受付所の依頼をこなそうかと考えている。少しでも資金の足しになるからな。ロゼキットはどうするんだ?」


「次の仕事まだ決めてないからね。依頼だっけ? 手伝おうか?」


「助かる」


 ロゼキットを乗せた馬車は町の依頼受付所へと向かう。


 目的地に着いた二人は建物の中へと入る。


 ここはカイルとアイリスが、この町に来て通訳を探している際、最初に訪問した依頼受付所だった。


 (たしか俺は現在Eランクだったな)


 受付の係りからEランクで受けられる依頼リストをもらう。


 カイルとロゼキットは建物内に備えてあるテーブルへと向かい、その横にある椅子へ座る。


 椅子に座ると、カイルはリストをざっと眺める。


 (やはりEランクの依頼はどれも報酬が金貨数枚程度だな)


 ランクが上がれば、より報酬の高い依頼を受けられるが、その分難易度も上がる。


 だから、ただ依頼を闇雲にこなすだけではなく、自身の成長も考慮しなければならない。


 リストを眺めながら、今は下積みの時だと自身に言い聞かせた。


 確認もあと数ページで終わるかといったところで、一つの依頼内容にふと目が留まる。


「報酬……金貨百枚!?」


「どうしたんだいカイル?」


「ランクの割に高額な報酬が目に留まってな」


「どれどれ……」


 ロゼキットはカイルが手に持っているリストをのぞき込む。


「ほんとだねー」


 (なぜこんなに報酬が高額なんだ?)


「係りの人に聞いてみよう」


 カイル達は再び受付の係りのところへ行き、詳しい説明をしてもらう。


 依頼内容は町の治安がここ最近特に悪くなってきているので、原因を調査してほしいとのことだった。


 報酬の金貨百枚は、この町の周辺で活動しており治安悪化で困っている行商人達が、少しずつ出資して集めたと説明する。


 金貨百枚というのは最大でという意味で、入手した情報の有益度で実際の報酬額が変わるとのことだった。


「うまくいけば、高額報酬をもらえるかもしれない。受けてみる価値はありそうだな」


 カイルはこの依頼を正式に受注した。


 その後、追加情報として特に治安の悪い場所などを教えてもらう。


 明日アイリスも加わり三人で行動することにした。


 ――翌日の昼。


 情報によると相手は白昼堂々と行商人を襲うとのことだった。


 そこで、まずは昼間でも対象人物と接触できるのか試してみることにする。


 カイルが囮になり、アイリスとロゼキットは少し離れた建物の影に隠れてそっと彼の様子を伺う。


 カイルは初めてこの町に来た行商人かのように装う。


 (道に迷ったような感じを出してみるか)


 そう思いながら、道の真ん中で立ち止まり周辺を見渡し始める。


「ちょっとー、そこの行商人さん」


 (来たか?)


 外見は品の良さそうな青年がカイルへ近づいてくる。


「はい、なんでしょうか?」


 青年は道に迷っているのかと尋ね、カイルは曖昧に回答した。


 それなら青年は案内するとカイルに伝え、彼もそれに従った。


 アイリスとロゼキットも彼らを見失わないように後をつける。


 カイルは暗い路地へと連れて行かれ、そこで青年は本性を現す。


「さっ! 出してもらうか!」


「お、お金ですか?」


「なんだ、物分かりがいいじゃねーか」


「こ、これで見逃してください!」


 カイルはあらかじめ用意しておいた金貨の入った袋を取り出し青年に渡した。


 青年は袋を奪い取るような勢いで掴み取り、中身を確認する。


「なんだ結構持ってんじゃねーか。ここら辺は物騒だからよー。お前も気を付けて商売しろよな」


 そう言い残して青年はカイルから離れて行った。


 去っていくと、ほっと一安心したような演技をする。


 隠れていたアイリスとロゼキットは青年が完全に離れたのを確認すると、カイルの元へ駆け寄る。


「カイル、いい演技だったよ」


 アイリスがカイルに話しかける。


「王都に帰還したら、副業で演劇でも始めようか」


「毎回金貨むしり取られる役だけどね」


「劇の最後まで同じ役とは限らないだろ? 最後まで演劇観賞しろよ?」


「ふふ、そうだね」


 カイルとアイリスの目が合うと、互いに笑う。


「よし、後をつけるぞ」


 三人で固まって後をつけると目立つので、まずカイルが先行する。


 二人はカイルの後方から見失わない程度に距離を取って歩く。


 金貨を奪い取った青年は、徒歩で町の外へ出ていった。


 青年はカイル達の追跡に全く気付く様子がなく歩いていく。


 そのまま一時間ほど歩くと、青年はふと道から逸れて林の中へと入る。


 カイル達も後を追う。


 さらに林の中を歩いていくと、青年の正面を横切るように別の道が現れる。


 その道に出ると右手方向に進んでいき、道なりに進むと集落の入り口が見えてきた。


 青年はさらっと辺りに人がいないことを確認すると、集落の中へと入っていく。


 カイルも後を追って、集落の入り口まで到達する。


 集落の民家はどれも長い間使われていないようで朽ち果てていた。


 (人が住んでいる気配がないな。廃村なのか?)


 カイルはさらに廃村の中へと進む。


 しばらく歩くとカイル達が入ってきた廃村の出入口とは反対側の出入口付近に馬車が止まっていた。


 馬車の周りには商人風の人間と武装した人間二人が立っている。


 その馬車へ青年が近づいていくので、カイルは朽ち果てて廃屋と化している民家の影に隠れて様子を伺った。


 カイルからは後方にいるアイリスとロゼキットの姿はまだ見えない。


 青年は馬車の周りにいる人間と会話し、カイルから奪った金貨袋を手渡していた。


 袋を受け取る商人風の男の顔を見たカイルは、驚きを隠せなかった。


 (ガストルさん!)


 そこにはギルド マグロックで共に仕事をした男が立っていた。


 カイルは意を決して荷馬車の前で会話している男達の中へ割って入る。

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