第42話 新大陸
ルマリア大陸。
カイルとアイリスは王都から遠く離れた土地へ足を踏み入れてから数日が経過していた。
青空には白い雲がゆったりと泳ぎ、陽光が海面をキラキラと照らしている。
遠くからカモメの鳴き声が聞こえ、爽やかな海風が吹き抜けた。
港町ということもあり、船の出入りが頻繁で町は非常に活気づいている。
「建物の雰囲気は王都と違うけど、それ以外はぱっと見た感じではあんまり変わらないね」
「そうだな」
ただ、ひとつだけ決定的に異なることがある。
ルマリア大陸ではカイル達がいた大陸とは異なる言語でやり取りが交わされていることだ。
「アイリスはこの国の言葉はわかるのか?」
「図書館で本を読むから、文字は理解できるよ」
「通訳はできるか?」
「話したり聞いたりはほとんどできないから通訳は難しいかなー」
「そうなると通訳士を雇う必要があるな」
通訳を雇うため、カイル達は依頼受付所を訪れる。
「商談で通訳できる人材を探しています」
係りの人に説明したところ、言葉は普通に通じた。
「あー、ごめんなさい。今、商談レベルで通訳できる人が不足しているの」
「何か理由でもあるのですか?」
「理由はわかりません。ただのタイミングの問題かもしれません。日常会話レベルなら、いないこともないですけど……」
意味を取り違えたり、曖昧な通訳をされると今後の取引に影響する。
カイルはリスクが高いと判断した。
「わかりました、他を当たってみます。ありがとうございます」
カイル達は依頼受付所を去る。
「他を当たるって言ってたけど、ルマリア大陸来るの初めてなんでしょ? 当てはあるの?」
「……ない」
「えー!」
「大丈夫、何かきっと手はあるはず。こういう時はとにかく情報収集だ」
カイル達は行動を開始するが、さっそく壁にぶち当たる。
まず、言葉が通じないので自分もうまく伝えられないし、相手も何を言っているのかわからない。
このままでは埒が明かないので一度依頼受付所に戻った。
係りの人から言葉が理解できそうな人が集まる場所を教えてもらう。
(やはり酒場か)
ちょうど日も暮れてきたので、頃合いとしては良かった。
「私、お酒飲めないよー」
「飲まなくていい」
(酒場はこの路地を真っ直ぐ行った先か……!)
ふいにカイルは、背後から誰かに見られているような気配を感じる。
一瞬振り返ってみるが誰もいない。
(気のせいか)
「どうしたの?」
「いや、後に人がいるように思ってな。スリの類かと思ったが気のせいだった」
「私は前方に怪しげな人影がいないか見てるから、そこは任せて!」
そう言うとアイリスは急にキョロキョロして辺りを警戒し始めた。
「異常なしであります!」
「前は俺も見てるぞ」
しばらく道なりに歩くと探していた酒場が見えてきた。
「ここだな」
扉を開けて二人は店内に入る。
店内は満席とはいかないまでも多くの人で賑わっていた。
空いている席を探すため、店内の奥へと進む。
すると、カイル達は奥のテーブル席で知っている顔が独りで晩酌しているのを見つけた。
「おっ! また会ったねー!」
「あっ! ロゼキットさんだ!」
「おー、アイリスちゃん」
「また会うなんて奇遇だな」
「俺も今来たところだし、まー座って座って」
二人を自分の座っているテーブル席に案内する。
「何飲む?」
「ここの名物で頼む。それとアイリスには酒以外の飲み物を注文してやってくれ」
ロゼキットは店員を呼び注文する。
しばらくすると、頼んだ飲み物が全員の手元に運ばれてきた。
「どう? 仕事は順調?」
「順調……と言いたいところだが、壁にぶつかっている」
「壁ってどんな? もちろん話せる内容ならだけど」
「今、商談で通訳できる人を探してるんだ。人材がなかなか見つからなくてな……」
「それなら依頼受付所に行けば人材確保できるし、解決するんじゃないの?」
「そう考えて行ってみたけど偶然今の時期、不足しているようなんだ……」
「他に当てはあるのかい?」
「今のところ手詰まりだ」
「そいつは難儀だねー」
「誰か通訳できる人材知らないか?」
「うーん、いるっちゃいるかなー」
「ぜひ紹介してほしい!」
「船でオクトドンに襲われた時、助けてもらった恩もあるからね」
ロゼキットはカイルに手を差し出して握手を求める。
「よろしく頼む!」
数日後、商談相手がいる建物の前で合流する約束をした。
「それじゃー、話もまとまったことだし飲もう飲もう!」
「ここのお店って食べ物もあるの?」
「あるよー。何が食べたい?」
ロゼキットが食べ物のメニューをアイリスに渡す。
アイリスはメニューを隅から隅までまじまじと見て、注文するものを思案している。
(よし、これで本格的な商談に向けて一歩前進だな)
「カイルも何か注文するかい?」
ロゼキットがカイルへ話しかける。
「じゃー、俺は干し肉で」
「今日は昼から何も食べてないのになんで干し肉なの?」
「俺はこれを当てに酒を飲むのが好きなんだよ」
「通訳士の当てはなかったけどねー」
「ははは! カイル、こりゃアイリスちゃんに一本取られたなー」
三人の談笑は続いた。
「それじゃー、数日後に」
「あー、よろしく頼む!」
店から出た三人は数日後の再会を約束すると、ロゼキットは二人から離れて行った。
「だいぶ遅くなったが、俺達も宿に戻るぞ」
「うん」
ここから宿までは十五分ほど歩いた場所にある。
辺りはすっかり暗くなってはいたが、帰り道は把握しているので迷うことはない。
帰り道を半分ほど進んだ頃、カイルはまた先程の感覚にとらわれる。
(まただ。背後に気配を感じる。どうもさっきから誰かにつけられているような気がする)
「アイリス少し走れるか?」
「どうしたの急に?」
「事情は後で話す。宿まで走るぞ」
「わかった」
カイルが合図すると同時に二人は走り出し、大通りに出ると一気に駆け抜ける。
後から追跡の足音は聞こえず、追ってくる様子はなかった。
無事に宿まで到着し、二人は逃走で乱れた呼吸を整えると建物の中に入り部屋に向かう。
「誰かにつけられているような気がした。この辺りは治安があまり良くないようだな。商談が終わったら活動場所を変えよう」
「私は何も感じなかったけど」
「アイリスは前方警戒担当だからだろ」
「えへへ。そうかも」
「商談の日まではできるだけ外を出歩かないようにしよう。部屋の中にいれば安全だろう。それじゃ、また明日な」
「うん、おやすみ」
部屋は別々に取っているので、カイルは自分の部屋に戻った。
――商談当日の朝。
「そろそろ出発だな」
商談相手は事前に調査済みである。
その相手と、この国にしかない特産品を取引できるようにすることが目的だ。
その特産品を王都やその周辺で販売することができれば、大きな利益を上げられる。
ここで海路での輸送に自前の商船が用意できれば効率と利益率もさらに上がる。
だが、自分の店さえ持てていない現在のカイルにとって、商船の所有は夢のまた夢であった。
カイルとアイリスは支度を整え、馬車に乗り込むとロゼキットとの合流場所へ向かう。
合流場所に到着すると、彼がすでに待っていた。
馬車から降りて係留し、彼に近づいていく。
「やぁ、おはよう」
互いに挨拶を交わす。
「あれ? 通訳の人は?」
「いるよー」
「え? どこに?」
「ここに」
「えー! ロゼキットの仕事って通訳士だったのか!」
「まぁねー。じゃー行こうか」
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