E-15「親睦を深める」
礼儀正しく挨拶をし、握手を求めた僕に対して、グスタフと名乗ったパイロットは、冷淡な反応を示した。
「俺は、正直に言って、がっかりしたよ」
彼は僕が差し出した手を見下し、鼻で笑ってそう言った。
「お前みたいな貧相な奴が、俺達と戦っていたなんてな」
僕にとって、グスタフの第一印象は最悪だった。
見かけた時からもう悪い印象だったが、少し話しただけで、もう、確定した。
僕は、コイツが気に入らない!
「ええ、そうかもしれませんね。僕は田舎の牧場の出身ですから」
それでも、僕はにこにことしながらそう言った。
もちろん作り笑いだったし、本心を言えば、今すぐにでも彼と空に飛びあがって、戦闘機同士の空中戦で決着をつけたい気分だった。
彼の機体がどれほどの性能なのかは知る術が無かったが、ベルランも改良されているし、僕だってこの1年間、訓練を怠っていない。
負ける気は少しもしなかった。
せっかく交戦状態から脱したことだし、僕が紳士的に、穏便に済ませようとしたのに、グスタフは挑発的だ。
「牧場だって? 羊や牛を飼っている? おいおい、ジョーダンだろ? 俺はこんなケモノ臭い奴と戦っていたっていうのか? 」
「牧場だって、立派な仕事ですよ」
僕はあくまでにこやかに言い返す。
「羊の毛はとても暖かいですし、牛はミルクも出すし、肉にだってなります。牧場が無かったら、いたいどうやって暮らすっていうんですか? 」
「だが、下賤(げせん)な仕事だ」
グスタフは、世間の仕事について差別的な見解を持っている様だ。
「農民風情が、どうして戦闘機なんかに乗っているんだ? 田舎者は田舎者らしく、貧乏人は貧乏人らしくした方が良いんじゃないか? 」
「しかし、王国には徴兵制がありますので」
僕は志願して軍隊に入ったが、わざわざそんなことを言う必要は無いだろう。
「帝国ではどうなのか知りませんが、王国では、18歳になった人間はみんな軍隊に入るんですよ。……あなたたちみたいな、侵略者と戦うためにね」
僕は必死に笑顔を取り繕(つくろ)ってはいたが、ここまで見下した態度を取られると、さすがに我慢しきることは難しい。
思わず、言葉がとげとげしくなっていく。
グスタフは、ふん、と鼻で僕のことを笑った。
「俺は王国に生まれなくてよかったぜ。お前みたいな貧相なのと一緒にされなくて済んだ。帝国貴族がお前みたいなのと一緒の部隊に配属されたとなっちゃ、他の家の奴らにバカにされる」
どうやら、彼と僕とは、決定的に相容れない様だった。
グスタフの口ぶりから、彼は帝国における貴族階級の出身であるらしい。
伯爵か、男爵か、そんなことはどうでもいいが、しかし、彼は僕がよく知っている貴族、ライカとはずいぶん、違う様だ。
ライカは立派だった。
彼女は出身のことなんて少しもはなにかけず、ただ、自分の行動を見て判断して欲しいと言って、僕たちからの信頼を得るためにいつも一生懸命だった。
そんな彼女だったからこそ、僕は僚機として、絶対に守りたいと思う様になったのだ。
グスタフは、全然、違う。
彼はどうやら自身の出身のことで自分を無条件に「偉い」と思っている様で、そんな態度が言葉の端から、その振る舞いから、滲(にじ)み出てきている。
はっきり言って、ムカつく奴だ。
「なるほど。ずいぶん、お偉いんですね、あなたは」
僕はにやりと笑う。
これまでは作り笑いだったが、今の笑みは、嘲笑(ちょうしょう)だ。
「でも、それだけ偉いはずなのに、雷帝のことは守れなかったんですよね? 」
「なんだと!? 」
グスタフの血相が変わった。
彼は僕の言葉に被せる様にそう言うと、僕を睨みつける。
「あれは、お前らが4機がかりで来たからだ! 1対1で戦っていれば、俺や、雷帝がお前らなんかに負けるはずが無い! 」
「それだって、作戦の内。そうでしょう? 」
僕は少しいい気分になって、ついつい、いらないことまで言ってしまう。
「僕たちはあなたたちにどうしても勝たなければいけなかった。だから、どんな手段でも取ったんです。それに、雷帝はあなたと違って、僕たちのことを卑怯だなんて言わないでしょう。彼は僕に撃墜されるまで、正々堂々と、最後まで戦っていましたよ」
「ウソを、吐くな! 」
その瞬間、グスタフは僕の胸倉をつかみ、僕を地面に押し倒した。
「貴様が雷帝を撃墜しただと!? あの、雷帝を!? そんなはずが無い! お前みたいな奴に!? 」
「ウソじゃない! 」
「ふざけるな! 」
僕が押し倒された衝撃で息につまりながら言い返すと、グスタフは激高して、僕に殴りかかって来る。
いきなり、顔だ。
ドスンと来る衝撃と、鈍く、熱い痛みが広がる。
当然、僕も黙ってはいない。
最初から気に入らない奴だったし、第一、先に殴りかかって来たのは向こうだ。
ぶっ飛ばしてやる!
僕たちは、取っ組み合いの大喧嘩をした。
僕は不利な態勢からのスタートだったが、こんな修羅場をくぐって来た経験はすでにある。すぐにグスタフの下側から抜け出して、お互いに立ち上がり、拳を作って殴り合いだ。
グスタフが繰り出す拳は軍隊格闘術らしく、鋭く、正確だったが、僕だって、田舎で体得した喧嘩のやり方で対抗する。
グスタフに腹部を殴られて反吐が出たが、僕だって、彼の顔面に2、3発はお見舞いしてやった。
だが、そこは、僕とグスタフの1対1のリングではなく、飛行場の駐機場だった。
周囲にはたくさんの人がいて、あっと言う間に、僕たちを取り囲む様に人だかりができる。
喧嘩をいい見世物だと思ったのだろう、僕たちをはやし立てる声や口笛が聞こえる。
殺し合いはもうこりごりだとしても、王国と帝国は敵同士で、決着をつけたいと思っている兵士は多い。
僕たちはそんな周囲の様子も目に入らず、殴り合いを続けたが、その内に、誰かが「どっちが勝つか」で賭けを始めた様だ。
ジャックやアビゲイルは、はやし立てる側に回った様だった。
今は事実上の戦闘休止状態ではあるものの、僕たちは仇敵同士だ。
それに、グスタフは、マードック曹長やカルロス曹長の仇でもある。
ライカは僕たちの喧嘩を止めたい様で、「やめなさい、やめなさいったら! 」と叫んでいる様だったが、僕は殴り合いを止めなかった。
ライカの言うことでも、これは聞けないことだった。
彼女の小柄な体格では無理に割って入っても力不足なので、ライカはハラハラとしながら、この喧嘩を見守るしかない。
結局、僕とグスタフの殴り合いを止めたのは、1発の銃声だった。
僕がぎょっとして振り上げていた拳を止めると、グスタフの方も驚いた様に振りかぶっていた拳を止めた。
僕たちがほとんど同時に銃声のした方へ視線を向けると、人だかりが左右に割れて、発砲した人物が進み出て来る。
まるで、神話に出てくる、海を左右に割って民を導いたという聖人の様だった。
まだ薄く硝煙の立ち上っている拳銃の銃口を頭上へと向け、その人はゆっくりとした足取りで僕たちの方へと向かってくる。
それは、レイチェル大尉だった。
「ミーレス軍曹、そこに直立しろ! 」
拳銃をくるくると回し、自身のホルスターにしまいながらレイチェル大尉にそう命じられて、僕は思わず、直立不動の姿勢を取っていた。
教官とパイロット候補生だったころからのクセの様なものだ。
「軍曹。貴様、何をやっていた? 説明しろ」
「ハッ! 彼と親睦を深めておりました! 」
「よぉし、分かった。……歯を食いしばれ! 」
僕は、レイチェル大尉がそう言う前に殴られる準備をしていた。
最初に声をかけられた時点で、大尉が僕に何をするかは見当がついていたからだ。
思った通り、僕の左の頬(ほお)に、レイチェル大尉の拳がストレートに炸裂した。
足の踏み込みといい、身体の捻(ひね)り具合といい、腕の伸びと、拳の硬さといいい、文句のつけようのない見事なパンチだった。
僕は殴られた衝撃で半回転し、地面に倒れこみながら、自分の意識が遠くなっていくのを自覚した。
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