19-22「航空撃滅戦」

 エンジンを全開にし、十分な速度を得て操縦桿を引くと、僕の機体は力強く空へと向かっていった。

 カイザーたちが丁寧に整備してくれたエンジンは快調そのもので、心なしか、機体の動きもいつもよりも軽くなった様な気がする。


 鷹の巣穴に作られた何本もの滑走路からは、たくさんの機体が一斉に飛び立っている。

 まだ夜は明けず、空には星が瞬いている様な状態だったが、航空識別灯のおかげで何機もの機体が空に舞い上がっていくのが見て取れる。


 王立空軍の戦闘機部隊は、この戦争の中で鍛えられ、かつてないほど精強な集団に育っていた。

 開戦当初から続いた激戦を生き残って来たパイロットたちだ。5機以上を撃墜したエースたちも多い。

 その上、連邦の戦略爆撃に対処するために、夜間飛行の技能と実戦経験を積んだ者もたくさんいる。


 僕たちは夜間でも整然と編隊を組むことができ、そして、予定に1分の狂いも無く飛行し、護衛するべき爆撃機部隊と合流して、それぞれの攻撃目標へと向かっていった。


 事前の偵察によって、帝国軍機は数か所の飛行場に分かれて展開しているということが分かっている。

 その総数は、どんなに少なく見積もっても、王立空軍の戦力を上回る。


 分かっているだけでも、戦前からある常設の飛行場としてよく設備の整っていた元王立空軍の航空基地数か所に大きな集団がおり、その他に、同じくかつて王立空軍が使用していた複数の小規模な飛行場に、小さな集団が分散して展開している。


 僕たちがまず叩くのは、大きな戦力が展開している、主要な航空基地だった。

 大きな航空基地はそれだけ守りが固い場所でもあったが、総兵力で劣勢に立たされている僕らは、何よりも先にこの大きな集団を叩き、少しでも戦力差を埋めなければならない。


 帝国軍の反応は、王国が期待していたものよりずっと、早かった。

 どうやら彼らは王国の動きから大規模な動きがあるものと予想し、警戒を強めていたらしい。

 僕たちが向かった攻撃目標の上空には、すでに迎撃の戦闘機部隊が展開していた。


 薄らと明るくなり始めた空に、編隊を組んだ帝国軍機の姿が見える。

 液冷エンジンを搭載し、鋭く大気を切り裂く機首に、無駄のない、戦うためだけにデザインされた精悍な機影。

 かつて僕らを苦しめた、帝国の主力戦闘機である「フェンリル」だ。


 戦争は日進月歩だった。

 勝利するためにありとあらゆる労力と資源が注ぎ込まれ、昨日新しかったものは今日には当たり前になり、明日には古くなっている。


 だから、そのフェンリルも、かつて僕たちが戦った機体とは違う。

 改良されたもので、その優れた戦闘力をさらに増している様だった。


 だが、僕たちだって、強くなった。

 僕たちには、「ベルラン」がある。


 最大1800馬力を発揮する液冷倒立V型12気筒のエンジン、グレナディエM31エンジンを装備し、高度7000メートルで最大水平速度692キロメートルを発揮できる、素晴らしい機体だ。

 そして、機首に20ミリモーターカノンを1門、主翼に計4門の20ミリ機関砲を装備するこの機体には、撃墜できない敵機など存在し無い。


 僕たちは連邦が世界に誇った巨人機であるグランドシタデルを屠(ほふ)り、精強なパイロットに操縦された帝国軍の艦上戦闘機とも戦った。


 僕らは、鋭利な剣(つるぎ)を手にしている。

 どんな敵機にも劣らない、ベルランという翼を持っている。


 そして、僕たちはもう、逃げ回るだけだった雛鳥(ひなどり)ではない。


 その日僕たちは、10機のフェンリルと交戦した。

 そして、その内の8機を撃墜し、戦場の上空から全ての敵機を追い払った。


 僕たちが守った爆撃機には1機の損失も出さず、もちろん、僕たち、301Aの7機からは、1機の損失も出さなかった。


 フェンリルは、やはり手ごわい敵機だった。

 彼らの機体は素早く、空を鋭く、俊敏(しゅんびん)に飛行し、そして、強力な機関砲で武装していた。


 だが、僕たちはそれに打ち勝った。

 それも、一方的に。

 それは、僕たちが手にした素晴らしい剣(つるぎ)、ベルランの高性能と、僕たち自身がこれまで積み重ねて来た訓練、そして経験が、形になって表れたものだった。


 爆撃機部隊は、僕たちが航空優勢を確保した空から、帝国軍の機体が並んだ飛行場へと無数の爆弾を投下した。


 帝国は僕たちと同じ様に航空機を保護するために掩体を作り、爆撃への備えを固めていたが、何も無い所に強固な掩体を作ることは帝国軍でも難しかったらしく、その機体の多くは無防備なままか、簡易的な掩体で守られているのに過ぎなかった。

 王立空軍機が投下した爆弾は、その無防備な敵機の頭上へと降り注ぎ、次々と炸裂して、彼らに空へと飛び立つことを許さなかった。


 僕たちは出撃した時と変わらない数の機体で編隊を組みなおし、基地へと帰還した。

 飛び立つときは不安も大きかったが、今は、誇らしい気持ちだった。


 僕たちは、帰って来たのだ。

 この空を、王国の、僕たちの手に取り戻すために。


 この日、王立空軍が実施した航空撃滅戦は、大きな成功を収めた。

 帝国軍が使用していた主要な飛行場への攻撃は全て成功し、そこで、多数の帝国軍機を撃破することに成功したのだ。


 王立空軍による攻撃が開始されたのと時を同じくして始まった王立陸軍による攻撃も、順調に進んでいる。

 航空撃滅戦が成功し、帝国軍機が王立陸軍の頭上にほとんど飛来し無かったおかげだ。


 防空旅団の爆装した戦闘機による航空支援が敵機からの妨害を受けずに、遅滞なく行われたということも大きかったが、偵察機や観測機を王立軍の側が一方的に利用できる状態が生まれたことで、王立陸軍の進撃を押しとどめる障害は容易に突破されていった。


 こちら側が偵察機や観測機を一方的に利用できるということは、敵の状態を手に取るように理解し、砲撃を空からの観測によって修正し、正確に、効果的に目標を痛打できるということだった。

 王立陸軍がかき集めたありったけの火力は友軍機の支援の下、最大限の破壊力を発揮し、正確に帝国軍の陣地を吹き飛ばし、前線へ増援に駆けつけようとする帝国軍を路上で粉砕した。


 その一方で、王立空軍による航空撃滅戦によって航空戦力を十分に展開することができず、王立軍機の活動を全く阻止することができなかった帝国軍の反撃は、精彩(せいさい)を欠いた。

 偵察機や観測機からの情報を得られない帝国軍は王立軍の状態を把握することができず、どこに、どれだけの兵力で反撃をすればいいのかも分からなかった。また、観測による修正もできないために、その砲撃は不正確で、十分な効果を発揮しなかった。


 一時的に、投入できる全ての火砲を動員して帝国軍が実施した猛砲撃によって王立陸軍の進撃が停止するという事態も起こった。

 これは目標を特に定めないものの、一定の地域に砲弾の雨を降らせ続けることで王立軍の進撃ルートを塞ぐための砲撃で、王立軍に大きなダメージは与えなかったが、時間という、僕らにとって何よりも貴重なものを浪費させることに成功した。


 だが、すぐさま防空旅団の戦闘機部隊が出撃し、王国に航空優勢がある空から、帝国軍機の妨害を受けることなく正確な爆撃を行って帝国側の放列を吹き飛ばしたことによって、王立陸軍の進撃は数時間後には再開されることになった。


 作戦初日の午前中は、王立軍の優勢のまま推移していった。


 だが、帝国軍だって、やられるままでいるわけが無い。

 敵の総兵力はこちらよりも上で、その豊富な兵力を用いて反撃に出て来ることは明らかだった。


 僕らは、その帝国の反撃を封じ込め、戦場上空の航空優勢を維持し続けなければならない。


 僕たち第1航空師団と第2航空師団はその日の内に再攻撃を実施し、僕たちは再び、敵地の上空へと飛んだ。

 今度も爆撃機の護衛が主任務だったが、僕たち戦闘機部隊の役割は強化され、敵地上空で可能な限り敵機と交戦し、1機でも多くの敵機を撃墜するという仕事が加わっていた。


 航空撃滅戦は敵の飛行場を叩くことがもっとも確実で成果のある方法だったが、僕たちが戦力を分散配置して隠蔽し敵の攻撃から守った様に、帝国軍だって備えを固めている。

 僕たちが把握できていない場所に配備され、見えないところから飛び立ってくる帝国軍機も、かなりの数になるはずだ。


 そういった敵機を、空中で発見し、可能な限り撃墜する。

 これも、航空撃滅戦の1つの形だった。


 僕たちは爆撃機の護衛を終えると、与えられた任務を果たすべく、戦場の上空に可能な限りとどまって、敵機を見つけ次第、次々と交戦していった。

 戦闘機だけではなく、爆撃機も、偵察機も、連絡機も、輸送機も、帝国の国籍章を持った機体は、その全てが攻撃目標だった。


 結局、僕らはこの日だけで、合計で20機以上の敵機を撃墜することとなった。

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