19-4「勝報」
ウヴリエ ド フェールから降りた僕たちは、バスでタシチェルヌ市内にある王立空軍の駐屯地へと移動し、その中にある建物の一室へと案内されたが、そこでは温かい食事が待っていた。
救助されたパイロットたちを受け入れるために準備をしていた部隊が、僕たちが朝に到着することを知って用意していてくれたらしい。
僕たちにとっては丸一日ぶりの、陸の上で、しかもテーブルと椅子に落ち着いて座りながら食べる食事だった。
それだけでも嬉しかったのだが、メニューも、普段の食事よりも豪華で、種類も多く量も十分にあった。
王国の食糧不足はケレース共和国からの支援で解消のめどが立ったものの、元の様に戻ったわけでは無く、普段の食事は、量はともかく内容は質素なままだ。
テーブルに並んだ数々の料理は、どうやら、戦場で戦って戻って来た僕たちに、出迎えの部隊が配慮をしてくれたからであるらしい。
戦争の中で生活しているのは、王国民であれば誰でも同じなのに、僕たちだけ、と少し遠慮する気持ちもあったが、あまり気にし過ぎるのも野暮というものだろう。
僕はそう自分に言い聞かせて、出された料理を遠慮なく平らげさせてもらった。
食事が終わると、僕たちを受け入れてくれた部隊の将校がやって来て、僕たちに今後の予定を教えてくれた。
負傷者はすでに病院に運ばれて、そこで十分に回復するまで入院するという措置が取られているが、僕の様にほとんど無傷で、救助が早かったためにそれほど消耗(しょうもう)もしていないパイロットは、できるだけ早く部隊に復帰するということになっている。
将校は僕たちがいつ、どうやって元の部隊に復帰するのかを順番に伝え、道中に必要なチケットや現金を1人1人に手渡して行った。
同じ王立空軍のパイロット、あるいは搭乗員であっても、その所属する部隊は王国のあちこちに散らばっている。
ある者は列車で、別の者はバス、あるいは部隊の移動に使われる車両に便乗して、その他は船で、それぞれの部隊へと戻ることになる。
僕の場合だと、まず、タシチェルヌ市の港へと戻って、そこからあの酷く船酔いする連絡船に乗ってオリヴィエ海峡を渡り、クレール市についてからは路面電車とバスを乗り継いで基地へと向かうというルートだ。
軍の車両などに便乗して直接部隊に帰れる人と比べると僕は乗りかえが多く、しかも、酔うと分かっている船に乗らなければならないという点がとても嫌だったが、仲間たちと再会するためには避けて通れない道だった。
幸いなことに、世の中には便利な薬がある様だった。
これから乗ることになる連絡船のことを思い、僕がうつむいて悩んでいると、通りかかった兵士がそれを見つけてくれて、いろいろと手を貸してくれた。
初対面の相手だったし、船酔いが嫌だ、と言うのは何だか格好が悪い様な気がしたので僕は最初、本当のことを黙っていたのだが、結局、その兵士があまりに心配してくれるので全部話してしまった。
そうしたら、その青年は駐屯地に勤めていた軍医に話をしてくれ、軍医は僕に酔い止めの薬を処方してくれた。
これが、かなりよく効いた。
薬の副作用で少し頭がぼーっとするかもしれないと言われていて、実際に少し思考が鈍った感覚があったが、それでも、僕は連絡船で移動する間中、あの酷い船酔いを経験せずに済んだのだ。
こんなに素晴らしい薬があったなんて。
今まで僕はその存在を知らなかったが、人生を損していたと思うほどだった。
大げさな言い方かもしれないが、船酔いをせずに済んで、僕は真剣にそう思うくらいに嬉しかったのだ。
クレール市には、正午過ぎくらいに到着することができた。
そして、船から降り、路面電車に乗り換えるために港から出た僕は、そこで、街が異様な雰囲気に包まれていることに気がついた。
街中が、お祭り騒ぎになっている。
たくさんの人々が通りに出てきて、歓声をあげ、躍(おど)ったり、近くの人と抱き合ったり、手を叩き合ったりしながら、喜びを全身で表している。
仕事をしていた人も途中でそれを止め、道具も何もかも放り出し、車を運転していた人も中から出てきて、その騒ぎに加わってしまっている様だ。
僕はその光景に圧倒され、一体何が起こったのだろうと不思議に思いながら、人々の合間を縫(ぬ)って路面電車の停留所まで歩いて行った。
だが、路面電車の運転手や車掌もそのお祭り騒ぎに加わってしまっているらしく、電車は動いていなかった。
僕としては早く基地に帰って仲間たちと再会を果たしたかったから、近くで躍(おど)っていた車掌に声をかけたのだが、車掌は僕の話など全く聞かずに、僕の手を取って無理やり躍(おど)りの仲間に加えてしまう始末だった。
訳も分からず躍(おど)れるほど陽気な人間では無かったので、僕は慌てて逃げ出した。
それから、運転手も車掌も乗客も外に出てお祭り騒ぎをしているために、かえって静かになっている路面電車の中へと避難することにした。
とりあえず座席に座り、車内を見回すと、無人だと思っていた車内には1人だけ乗客が残っている様だった。
顔中しわくちゃで、髪の毛も真っ白な、かなり高齢のご婦人だ。
彼女は、よほどいいことがあったのだろう。とてもニコニコとしていた。
「あの……、表のお祭り騒ぎは、一体、何なんです? 」
他に事情を聞けそうな人もいなかったし、そのご婦人はなかなか親切そうだったので僕がたずねてみると、ご婦人は何度も頷(うなず)いてから言った。
「ええ、ええ、とてもいいことがあったからですよ。だから、みんな躍(おど)っているんです。私も、杖つきじゃ無かったら一緒になって躍(おど)りたいくらいです」
「とてもいいこと、ですか? どんな? 」
「ラジオをお聞きなさい。何度も放送していますから」
ご婦人はそう言うと、杖をついている手のしわしわの指を、路面電車に備えつけられているラジオへと向けた。
まさか、戦争が終わりでもしたのだろうか?
僕がそんな期待を抱きながら、騒ぎの中でも音が聞こえる様にラジオに近寄る。
残念なことに、戦争が終わったわけでは無い様だ。
だが、街中の人々が喜びに沸くのも理解できる内容だった。
ラジオからくり返し流れてきているのは、勝報だ。
それは、昨日の早朝から行われた王立空軍と王立海軍による攻撃により、帝国側に多大な損害を与え、王国東部の防衛戦において、王国が決定的な勝利を得たことを、王国中に知らせる放送だった。
興奮気味に話しているアナウンサーの言葉をまとめると、この戦いで、王立軍があげた戦果は次のようなものだった。
敵空母 撃沈3 大破炎上3 撃破5
敵戦艦 撃沈1 大破炎上2 撃破2
敵巡洋艦 撃沈1 大破炎上3 撃破4
その他、撃沈、撃破、多数。
僕は、喜ぶよりも前に、驚いた。
王立軍による帝国軍への反撃が成功すればいいとは思っていたが、こちらよりも戦力で勝る帝国軍に対して、これほどたくさんの戦果をあげられるとは思っていなかったからだ。
僕はもちろん、作戦に参加した王立軍の将兵は必死の思いで反撃を行ったが、だからと言って、これだけ「勝つ」のは意外でしかなかった。
数秒経った時、僕は、どうにも変だと思っていた。
実際にあの戦場にいた身としては、いくら王立軍が総力をあげて挑んだ戦いだとしても、これほどの戦果をあげるのは、不可能だとしか思えなかったからだ。
それに、数におかしいところがある。
確か、事前の情報では、帝国の艦隊の空母は、大型が6隻、小型が2隻ということになっていた。
それなのに、放送の中で王立軍の攻撃で損害を受けた敵の空母は、合計で11隻もいる計算になってしまうのだ。
事前の偵察情報が間違いで、実際には帝国にそれだけの空母がいた、ということもあり得るが、そうだとしても納得はできない。
帝国軍は艦隊を攻撃しようとする僕たちに対して、効果的な反撃を行って来た。
僕たち戦闘機部隊が力をつくして守ったが、敵艦隊へ到達する前に撃墜されてしまった友軍機も、かなりの数になるはずだ。
それに加えて、帝国軍の艦隊からの対空砲火も強力で、有効な攻撃を行えた王立軍機はそれほど多くないかもしれない。
帝国艦隊に殴り込みを行った王立海軍が奮戦したということも考えられるものの、何だか素直に信じられる数字ではない様に思える。
だが、僕はその考えを口にすることができなかった。
周囲では、その「戦果」を信じ、王国がまた滅亡の危機を乗り切ったということを喜んでいる人たちであふれかえっていたし、目の前には、「良かった、良かった」と、幸せそうな笑顔で、眦(まなじり)に嬉し涙を浮かべているご婦人がいるからだ。
僕は、ご婦人にお礼を言うと、路面電車から降りて、喜びに沸いている人々の間をぬって歩き始めた。
路面電車もバスもしばらく動きそうには無かったし、少しでも早く基地に帰りつくためには、こうやって歩いて行くしかない。
仲間の無事を確認したいという気持ちも強かったが、この王国の「勝利」が本当なのかどうか、少しでも早く確かめたかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます