18-24「雷撃」

 僕たちと207Aは、ほんのわずかな間しか、行動を共にしなかった。

 僕は彼らのことを誰1人として知らなかったし、彼らも、僕たちのことは少しも知らなかっただろう。

 だが、僕は確かにこの時、彼らと一緒に飛んだ。

 そのことを、僕は誇らしく思う。


 207Aが敵艦隊へと接近する間、敵機は襲って来なかった。

 帝国軍は迎撃機をうまく誘導し、接近を試みる王立空軍機に大きな打撃を与えたが、一度王立空軍機に懐(ふところ)に入り込まれてしまうと、艦の回避運動などもあって隊形が乱れ、攻撃に対応するために指揮系統は飽和(ほうわ)し、これまでの様な組織的な戦闘が難しくなっている様だった。

 それに、爆撃機11機と戦闘機2機という、小さな集団にまで細かく迎撃機を差し向けることは、指揮所の処理能力からしても難しいことだったのだろう。


《301A、護衛に感謝する! これ以上接近すると対空砲火が来る。君たちは退避してくれ! 》


 207Aは敵艦隊へと接近を果たすと、ヴィクトル大尉はそう言って、僕たちに退避する様に促した。

 確かに、僕たちの機体は戦闘機で、敵艦にぶつける爆弾や魚雷は持っていないから、危険を冒(おか)して敵艦隊の中に突っ込んでいく必要性は薄いかもしれない。


 だが、承服できない指示だった。

 魚雷による攻撃を加えるためとは言え、敵艦から対空砲火を受ける危険な空域に、207Aはこれから突っ込んでいく。

 彼らだけを突っ込ませて、僕たちだけが安全な場所にいるというのは、とてもできないことだ。


《ヴィクトル大尉! それはできません! このまま私たちもお供します! その方が敵の対空砲火も分散するはずです! こちらが前に出て、対空砲火を引きつけます! 》


 ライカは、今度は僕に何も聞かず、即答した。

 わざわざ確かめるまでも無いことだったからだろう。


《……そうか。感謝する! だが、君たちはどうやら若い。決して、無理はするな! 必ず生きのびて、我々の戦果を確認してくれ! 頼む! 》

《了解しました! 必ず確認します! 》


 ヴィクトル大尉にそうライカが答えた後、僕たちは機体を加速させ、207Aの前に出た。

 敵からの対空砲火を、少しでも僕たちに向けさせるためだ。


 つい数分前、僕たちは敵の対空砲火から何とか逃げようとしていたが、今度はできるだけ多くの敵弾を引き受けなければならない。

 今日は、本当に慌ただしく、目まぐるしい日だ。


 207Aは、大物を狙っていた。

 帝国の、大型の空母だ。

 大型であるだけに対空火力も強力で、撃沈も難しいはずだったが、あの1隻を撃沈するか撃破するかできれば、数十機もの帝国軍機を行動不能にすることができる。

 リスク以上に、攻撃する価値のある敵だ。


 当然、帝国も重要な存在である空母を厳重に守っている。

 207Aが狙っている空母の周りには何隻もの駆逐艦の姿があり、2重の防御スクリーンを構成している。しかも、空母の近くには直衛の護衛艦として大型の重巡洋艦の姿があり、僕たちへ向かって激しく対空砲火を放って来ていた。


 駆逐艦によって形成された1つ目の防御線を突破する際に、ウルスが2機、やられた。

 僕とライカが敵からの対空砲火を引きつけているが、小柄で運動性も良い戦闘機ならば回避運動で敵からの攻撃をかわせても、より大型で、しかも攻撃針路を維持するために針路を変えられないウルスは、敵からの対空砲火を受けるしかない。


 それでも、207Aは突撃をやめなかった。

 最後尾の1機も、右のエンジンから白煙を引いたままだったが、落後していない。


 驚くほど、勇敢なパイロットたちだった。

 避けることもできない状況で、彼らは激しい対空砲火を受けながらも前進を続けている。


 その操縦の腕前に、僕は感動を覚えていた。

 207Aの機体は、プロペラが海面をこすりそうなくらいの低空を、滑る様に飛んでいく。

 ほんの少し操縦をミスすれば海面に衝突する様な飛行で、見ているだけでもハラハラとさせられるほどだ。

 彼らの操縦の技量と、その度胸は、飛び抜けている。


 だが、それだけの技量を持った彼らも、敵の対空砲火を完全に避けることはできなかった。

 2つ目の防衛線を突破する際に、さらに2機のウルスが撃墜され、207Aは7機にまで撃ち減らされてしまった。


 僕の機体も、被弾した。

 駆逐艦から放たれた銃弾が、操縦席後方の胴体をブスブスと貫いて行く。

 機体にとって重要な装置にダメージは無かった様だが、命中していた個所が少しズレていれば、機体も、僕自身も危なかったかもしれない。

 背中に冷や汗が浮かび上がって来る。


 ライカは、この恐ろしい状況でも、周囲をよく見ている様だった。

 彼女は敵艦の針路や砲口の向きなどから対空砲火が飛んでくるタイミングを予測し、発砲の直前に《右! 》とか、《左! 》とか、僕に避ける方向を指示してくれている。

 被弾はしているが、その程度で済んでいるのはライカのおかげだった。


 僕たちは、4機の友軍機を失いながらも、帝国の防衛線の内側にまで飛び込んでいた。

 もう、空母は目の前だ!


《全機、よく狙え! 一発勝負だ、魚雷の投下はギリギリまで接近してから行う! 》


 ヴィクトル大尉の号令で、207Aの残機は爆弾倉を開いた。

 帝国の空母は、狙われていることが分かっているのだろう。備えつけられている全ての対空火器を全力で射撃し、攻撃を阻止しようと抵抗してきている。

 しかも、空母の護衛についている重巡洋艦が、僕たちの側面からも激しく砲火を浴びせてきていた。


 僕とライカが囮となっていたが、敵にはすでに僕たちが爆装をしていない戦闘機だとバレてしまっているらしい。

 僕たちは敵から脅威と見なされず、海面スレスレを飛ぶ207Aの方に対空砲火が集中した。


 207Aの進路上に、無数の弾着が生み出した水柱が、壁となってそそり立つ。

 大きな進路の変更ができない207Aはもろにその中へと突っ込み、そして、再び姿を現した時には、その数は6機に減っていた。

 どうやら帝国軍はわざと水柱を立てて、それに巻き込んで207Aを撃墜しようとしている様だった。


 僕は、悲鳴をあげたいような気持だった。

 ほんの少し前、僕とライカは、11機の友軍機を、77名もの搭乗員を救ったのだと、そう思っていた。


 だが、彼らは次々と倒れていく。

 もう、半分が残っているだけだ!


 さらにもう1機が水柱で海へと叩き落され、最終的に、魚雷を投下する位置にまで到達できた機体は5機に過ぎなかった。


《今だ! 全機、投下、投下! 》


 敵の重巡洋艦から放たれた20センチ砲弾が207Aの目の前で炸裂したのは、ヴィクトル大尉がそう号令した直後だった。

 連装砲3基から放たれた6発の砲弾は僕たちにとって最悪のタイミングで破裂し、その爆風と、無数の破片が207Aの編隊を包み込んだ。


 破片の直撃を受けたヴィクトル大尉の1番機が、炎に包まれた。

 続いていた2番機は翼を折られて海面へと突っ込んでバラバラになり、3番機はパイロットを失ったのか針路をズレて、同じ様に海面へと突っ込んだ。

 海面と激突した2番機と3番機はその衝撃で一度跳ね上がり、そして砕け散っていく。


 ヴィクトル大尉の機体は、炎に包まれながらも、しばらくの間は姿勢を保っていた。

 無線が破壊されたのかもうヴィクトル大尉の声は聞こえなかったし、大尉がまだ生きているのかも分からなかったが、それはきっと、大尉たちの執念だったのだろう。

 大尉の機体は、魚雷を投下したあとそのまま敵艦へと突進していき、敵艦へと体当たりをするかと思われた直前で対空砲火の集中射撃を浴び、爆散していった。

 飛び散った破片が空母の舷側にバラバラと当たって、海の中へと落ちていくのが見える。


 残った2機も、生きのびることはできなかった。

 1機は敵空母の上を飛び越える際に被弾して火災に包まれ、海面へと前のめりに突っ込んでいった。

 残った1機は、対空砲火による損傷は少なかった様だったが、以前からエンジンに被弾して白煙を上げていた機体で、離脱する途中でとうとうエンジンが停止し、推力を失って海面へと不時着していった。


 207Aには、11機の機体があった。

 だが、今はもう、1機も残ってはいない。

 彼らは、僕らの目の前で全滅していった。


 後には、投下された3本の魚雷だけが残っているだけだ。


 当たれ!

 僕は、そう祈らずにはいられなかった。


 その魚雷が向かっていく先には、帝国軍の空母がいる。

 そして、その空母には、何千人もの人間が乗っている。


 僕と何も変わらない、血の通った人間が乗っている。


 もし、魚雷が命中すれば、多くの犠牲者が出ることになるだろう。

 207Aの搭乗員たちの、何倍もの命が、失われることになるのかもしれない。


 それは、分かっている。

 僕も、頭では理解している。


 だが、僕はその時、207Aが全てと引き換えに放った3本の魚雷が敵艦へと命中し、その横腹を食い破る、そのことだけを願っていた。

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