18-9「緊急出撃」
帝国軍が、すでに王国の領土に上陸を果たしている。
それは、昨日の攻撃の混乱から立ち直り切れていない前線からあがって来た誤報や、誤認ではなく、事実だった。
上陸した帝国軍の部隊と、東海岸に残っていた王立軍の部隊は、すでに交戦状態にあるという。
というよりも、交戦状態に入ったことで、ようやく王国は帝国軍の上陸を知ったという方が、正しい経緯だ。
どうやら帝国軍は、僕たち王立空軍から反撃を受ける恐れの小さな、夜間の間に海岸へと接近し、上陸を行った様だった。
一般論で言えば、夜間は見通しが悪く、上陸作戦中に揚陸艇どうしが衝突したり、上陸目標の海岸へうまく接近できなかったりする危険が高く、大規模な上陸作戦は太陽の出ている時間で無いと難しくなる。
だが、帝国はどうやってか、それを実行した様だった。
帝国軍がすでに上陸していたという事実を耳にした時、僕は、自分の目の前が真っ暗になる様な、そんな感覚にとらわれた。
帝国軍によって、王国が挟撃される。
その脅威が、現実のものとなったと、そう思ったからだ。
しかし、その連絡が入ってから、さらに数分後に入って来た情報で、僕は希望を取り戻すことができた。
帝国軍は確かに上陸をしてはいるものの、その規模は、あまり大きくはなく、せいぜい1個旅団程度であろうということが分かったからだ。
昨日の攻撃の規模から言って、帝国が大規模な上陸作戦をしかけて来るだろうということは、ほとんど疑いの無いことだった。
それが、1個旅団だけというのは、どうにも、おかしい。
王立軍の司令部では、この1個旅団を、帝国軍の先遣隊であると判断した。
帝国軍の上陸部隊は、他にもっと規模の大きな主力が存在し、現在、王国の東海岸に存在する帝国軍は、その主力部隊を上陸させるために王国を奇襲し、橋頭保を築きあげようとしている、そういう任務を負った部隊に違いないと。
司令部がそう判断した根拠は、王国に上陸を果たした先遣隊の規模が小さいことだけではなく、その攻撃が、上陸地点近くの港町へと集中しているということだった。
王国の東側の海岸には、上陸作戦に適した広い砂浜というのがほとんど存在し無い。
その多くは、海の波の浸食作用によってできた、切り立った岩肌を持つ崖(がけ)で、揚陸作戦に使用できる船舶を豊富に持っていようと、一度にたくさんの兵力を上陸させることができない。
大軍の上陸には、港を占領することが不可欠だった。
帝国軍が夜間という、上陸には危険な時間にも関わらず先遣部隊を上陸させたのは、後続する帝国軍の主力部隊を上陸させる、その前提条件となる港を、素早く占領するためだと思われた。
そうすれば、後続する大軍は太陽のある明るい時間に上陸することができ、混乱も生じず、スムーズに王国の土を踏むことができるだろう。
帝国軍が占領しようとしている港というのは、「ソレイユ」、王国の言葉で「太陽」という意味の名前を持つ小さな港町で、戦前から、王国で最も早く新年が訪れる場所として有名な場所だった。
僕も、学校の地理の授業で、その名前を聞いたことがある。
港町ソレイユを描いた絵葉書も見たことがある。
自然の力で作られた虹の様な形の岩が特徴的な、とても美しい場所だった。
その街が、帝国軍による攻撃を受けている。
そして、ソレイユが早期に陥落してしまえば、そこから帝国の大軍が上陸を果たし、王国は窮地(きゅうち)に陥(おちい)ることとなる。
ここにきて、にわかに、帝国軍による攻撃を受けているこの小さな港町が、戦いの焦点となった様だった。
ソレイユに所在しているわずかな王立軍部隊と民兵部隊からは、悲鳴の様な救援要請が送られてきていた。
守備隊は旅団規模の帝国軍を相手にするにも不足するほど数が少なく、戦車や大砲などの重装備も持たない。
小銃と手榴弾が守備隊にとってもっとも強力な兵器であり、後はせいぜい、棍棒や槍があるだけに過ぎなかった。
そして、その守備隊の頭上には、昨日、王国の東海岸を襲った帝国軍機が十数機単位で断続的に襲来し、爆弾を投下し、機関銃を掃射しているという状況だ。
当然、街の中には帝国軍の将兵の突入が始まっており、建物などを臨時の陣地として立て籠もった王立軍の将兵との間に、激しい白兵戦が展開されているとのことだった。
王立軍は帝国軍が上陸していることを知り、1度は僕たち王立空軍による反撃作戦を中止したが、再度、即座に出撃する様にという命令が下された。
攻撃目標は、上陸をしかけて来る帝国軍の揚陸部隊ではなく、ソレイユを攻撃中の帝国軍部隊だ。
王立空軍は現在投入することができる全力を持って、帝国軍を攻撃する。
これは、ソレイユで戦っている友軍から、悲鳴の様な救援要請が届いているからというだけではなく、その、小さな港町が陥落するかしないかが、今後の戦況を決定するほどの重要性を持ってしまったからだ。
6時間。
王立軍の司令部は、今後、最低でも6時間以上、ソレイユを守備せよという命令を、現地の守備隊へと下した。
これは、非情な命令だった。
ソレイユの守備隊に対し、死守せよと命じたことに、他ならないからだ。
ソレイユの守備隊が必死になって戦っていたのは、街から逃げ遅れてしまった人々を、少しでも多く、遠くへと逃がすためだった。
守備隊が出していた救援要請も、街の人々を逃がすための時間を稼ぐためのもので、決して、ソレイユが陥落することを防ぐためでは無かった。
常識的に言って、ソレイユの守備隊が自力で防衛を達成することは不可能だと、そう断言できるほどの兵力差がある。
近隣に駐屯していた王立軍の部隊もいくつかあるのだが、ソレイユへ救援に駆けつけようとしても、帝国軍機による攻撃で身動きが取れないという様な状況だ。
王立軍の命令は、ソレイユの守備隊に対し、全滅せよと、そう命じていることに他ならなかった。
だが、6時間。
あと6時間耐え抜けば、その後にソレイユが陥落し、帝国軍の主力部隊が上陸を開始したとしても、タシチェルヌ市から急行中の王立軍部隊、3個師団というまとまった戦力が、王国の東海岸へと到達し、防衛態勢を取るのが間に合う。
王国は、望みをつなぐことができる。
王立軍による非情な命令は、王国が勝利できるかもしれない、そのわずかな可能性を得るためのものだった。
その命令を、冷酷だと思うのは、誰だって同じだろう。
僕だって、ソレイユの守備隊に対する命令は、厳しすぎるものだと思う。
だが、僕にできることは、戦闘機を飛ばすことだけだった。
そうだとすれば、やることは、1つだ。
この出撃で、できるだけ多くの戦果をあげ、ソレイユを攻撃している帝国軍部隊を少しでも多く撃破し、その攻撃の威力を小さくすることだ。
そうすれば、ソレイユを守っている守備隊も、6時間という時間を耐え抜くことができるだろう。
そして、その6時間さえ耐え抜くことができれば、ソレイユの守備隊には、退却も、降伏も、許されている。
僕たちがうまく攻撃を行うことができれば、1人でも多くの人を、救うことができるかもしれないのだ。
そうであるのなら、僕は、自分にできることを、全力でやる
301Aの人々は全員、僕と同じ気持ちだっただろう。
わざわざたずねなくても、表情を見れば分かる。
作戦には、とにかく、迅速さが求められていた。
計画とかそういったものは少なく、飛行予定経路とか、細かなところは、事前の攻撃計画を全部流用した。
僕たちはすぐさま出撃準備を開始し、準備が完了し次第、クレール第2飛行場を飛び立ち、王国の東海岸へと機首を向けた。
周囲の空を見ると、各地に点在した飛行場から、次々と王立空軍機が飛び立っていく姿を見ることができる。
壮観な光景であるのと同時に、悲壮な光景でもあった。
僕たちの翼に、王国の未来が、そして、ソレイユで絶望的な戦闘を続けている友軍の運命が、委(ゆだ)ねられているからだ。
※作者注
帝国軍の上陸作戦手順は、
1;王国から離れた海上から、艦上機による航空撃滅戦を実施(アウトレンジ戦法。王立軍の哨戒範囲外からの攻撃であったため、王立軍は帝国の接近を察知できず奇襲に)
2:少数の特殊部隊を先行させ、上陸予定の海岸を確保
3:特殊部隊からの誘導(電波、および光を利用)により、上陸部隊先鋒を揚陸
4:先鋒部隊により、橋頭保を形成。近くの港(ソレイユ)を奪取
5:橋頭保とした海岸、および確保した港から本隊上陸
6:さらに増援を送り込みつつ、内陸部へと侵攻。フィエリテ市の連邦軍を殲滅後は、北部の部隊と連携して王立軍を挟撃する
の様になっています。
現在は5のところで、王立空軍は帝国軍を攻撃し、作戦の進行を少しでも遅らせ、王立陸軍部隊が到着し防衛戦闘を開始するまでの時間稼ぎをやろうとしています。
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