18-8「上陸阻止作戦」
僕たちは王国の東海岸に襲来した敵機を迎撃するため、大急ぎで出撃した。
だが、その出撃は、空振りに終わってしまった。
僕たちが何とか王国の東海岸に到達した時には、すでに帝国軍機による攻撃は終了しており、その上、夕闇が迫りつつあって、接敵することすらできなかったからだ。
僕たちは燃料が少なくなるまで東海岸の上空に留まったが、結局、何もできずに帰還する他は無かった。
悔しかったが、王国は完全に奇襲を受けた形で、帝国の機動部隊の所在さえ明らかではなく、これ以上はどうすることもできない。
やりきれない思いを抱えたまま、僕は基地へと着陸した。
駐機場に戻って機体を整備班に託すと、アラン伍長が僕たちを呼びに来て、僕たちパイロットはブリーフィングルームへと集められた。
ブリーフィングルームにはハットン中佐と、僕たちに手渡す資料を持ったクラリス中尉が待っていて、そこで、僕たちは王立軍が把握している状況について、より詳しく説明を受けることができた。
帝国軍の機動部隊から発進したと思われる艦上機による攻撃は、王国の東側の沿岸部に対し、それぞれ200機程度の規模で、2波に渡って実施されたということだった。
この攻撃によって、王国の東海岸に点在していた王立軍の主要な基地はほとんどが破壊され、生き残った小さな監視哨や拠点なども、通信網が破壊されたことで音信不通となっている。
特に、飛行場として機能する基地は集中的に攻撃を受けたということだったが、幸か不幸か、東海岸側に王国の航空兵力はあまり配備されておらず、結果論だが被害は軽微で済んだ様だ。
帝国軍による攻撃の規模の大きさには改めて驚かされたが、状況はもっと、悪い。
王立軍の分析によると、今回の攻撃は本格的な攻撃の前の前準備でしかないと見られていた。
本格的な攻撃と言うのは、王国の東海岸に帝国軍が地上部隊を上陸させるということだ。
つまり、帝国軍は上陸作戦を実施して王国の東側から楔(くさび)を打ち込み、フィエリテ市を攻略後は北部の帝国軍も加えて、王国を2つの方面から攻撃しようとしているのだ。
そんなことをされてしまっては、王国は終わりだ。
帝国軍が東海岸に上陸し、橋頭保を築きあげ、そこからどんどん、大軍を送り込んで来るとなると、王国は北と東から挟み撃ちにされてしまう。
どちらか一方だけならまだしも、両方から同時に攻撃されて対応できるほどの戦力は、王国には無い。
そんな事態を回避するため、王立軍は、翌朝、上陸を開始して来るだろう帝国軍に対し、投入できる王立軍の総力を持って反撃を実施することとなった。
ハットン中佐から受けた説明のほとんどは、その、反撃作戦についての内容だった。
作戦には、翌朝の時点で投入可能となる、全ての王立軍機が参加することになっている。
作戦に参加する兵力は、王国が保有している3つの航空師団の内、僕たち第1航空師団の全てと、第3航空師団の一部だ。
第3航空師団は一部のみの参加というのは、第3航空師団は元々、王国の沿岸部の哨戒や防衛を担当する航空師団で、その兵力は王国の沿岸部に広く点在していて散らばっているために、1か所に全ての兵力を集中できないためだ。
王国には他に、第2航空師団も存在しているが、これはフォルス市の周辺に展開して、前線を守っている部隊だから、急に決まった今回の作戦には投入できない。
参加兵力は、戦闘機およそ100機、爆撃機およそ150機となる予定だ。
今日、王国の東海岸に襲来した敵機の総数の6割といったところだが、これが、今の王国が投入できる精一杯の戦力だ。
このなけなしの戦力を投入することで、王国の東海岸に上陸しようとする帝国軍の揚陸部隊を攻撃し、少しでも多くの損害を与える。
王国の東海岸の防衛には、フィエリテ市の奪還作戦の準備のために、タシチェルヌ市に集結していた地上部隊が向かうことになっている。
1個機甲師団、2個歩兵師団が東海岸に急行することになっていて、準備が整った部隊から順に、すでに進軍を開始しているとのことだった。
僕たち、王立空軍の攻撃によって帝国が作戦を断念してくれれば、それ以上の結果は無い。
そうすることができなかった場合は、王立陸軍の部隊が戦場に到着して、防衛態勢を整えるまでの時間だけでも、何とか稼がなければならない。
作戦の説明を終えると、ハットン中佐は僕らに解散を命じ、少しでも休息を取っておくようにと指示をした。
もちろん、僕たちは言われた通りにした。
夕食をとり、シャワーを浴びて、着替えて、そのままベッドに直行だ。
あまりに突然のことではあったが、もしかすると、明日の戦いの結果によっては、王国の命運が決まってしまうかもしれない。
そんな戦いに、体調不良のままのぞみたくは無かった。
だが、ベッドにもぐりこみ、毛布を被っても、僕は、すぐには眠ることができなかった。
以前、カミーユ少佐が、「嵐に気をつけろ」と言い残して去って行った時のことが思い出される。
カミーユ少佐が言っていた、「嵐」というのは、このことなのだろうか。
少佐は諜報部の出身だから、何か情報をつかんでいて、それを、僕たちに暗喩(あんゆ)していったのだろうか。
しかし、来るのが分かっていたとしたら、どうして、帝国軍の攻撃に対する備えができていなかったのだろう?
もしかすると、来ること自体は分かってはいたものの、いつ来るかまでは、予想できていなかったのかもしれない。
それか、予想していたよりもずっと早く、帝国軍がやって来てしまったのだろう。
僕たちはみんな、王国が帝国から攻撃を受けるかもしれないということは分かっていた。
だが、それは、誰もが、フィエリテ市に包囲されている連邦軍への対処が済んでからだと思っていた。
上陸作戦を実施して、僕ら、王国を挟み撃ちにすると言っても、その片方が、連邦軍との戦いを続けたままでは、実現できない話だからだ。
王国は帝国の動きを読み間違ってしまったが、帝国の側でも、何か、手違いの様なものがあったのかもしれない。
例えば、帝国としてはとっくに連邦軍を片づけて、上陸作戦の実施にタイミングを合わせ、北と東から同時に攻撃を開始する予定でいたのが、何かの事情で狂ってしまった、とか。
帝国の事情など、僕には考えも及ばないことだが、もし、帝国の側にも手違いがあったのだとしたら、そこに、王国が生きのびるチャンスがあるのかもしれない。
いずれにしろ、全ては、明日の反撃作戦がうまく行くかどうかで決まる。
そして、作戦の成功率を少しでも上げておくためには、僕は今夜、しっかり休んでおかなければならない。
明日は、朝が早いし、長い1日になるだろう。
帝国の上陸部隊が現れたら、上陸中を急襲するため、いつでも出撃できる様に準備を整えて、待機しておかなければならないからだ。
だが、明日で王国の未来が、僕たちの将来が決まってしまうかと思うと、とても眠ってなどいられなかった。
それでも、僕は少しでも身体を休めておかなければならなかった。
今日だって2回も飛んでいるし、疲れはある。この疲れを取ることができずに、明日の作戦に失敗してしまうのでは、後悔してもしきれない。
僕は瞼(まぶた)を固く閉じると、少しでも早く眠ろうと努力した。
やがて、起床の時間になった。
目覚ましの音で起きたから、少しは眠れた様だ。
少し身体が重い感じもしたが、ストレッチをすると軽くなった。
カミーユ少佐の助言通り、ここ最近はしっかりと休む様にしていたから、一晩よく眠れなかったくらいではあまり問題は無かったらしい。
僕は急いで準備を整えると、ブリーフィングルームへと向かった。
僕たちは今日1日ずっと、帝国軍の上陸部隊が現れたという知らせをここで待つことになる。
朝食もここでとることになっていて、メニューは戦闘配食として、クラッカーとチーズ、そしてお茶だけだ。
大きな作戦の前で緊張しているから、これだけでも十分過ぎる程だったのだが。
王国の南部では春が訪れつつあると言っても、朝晩はまだまだ冷え込む。
ブリーフィングルームでは備えつけの石炭ストーブがたかれ、僕たちはその周りに集まって椅子に腰かけ、出撃の号令がかかるのを待った。
だが、しばらくして出された命令は、「出撃延期」というものだった。
僕たちは肩透かしを食らった様になって、何が起こったのかとお互いの顔を見合わせたのだが、やがて、ブリーフィングルームに設置されていた固定電話が鳴り、司令部からその理由が伝えられた。
帝国が上陸作戦をしかけてくるという僕たちの予想が誤りで、昨日の攻撃で帝国が満足し、引き返してくれたという連絡であったのなら、どんなに良かっただろう。
電話を取ったハットン中佐から口頭で僕たちに伝えられた内容は、昨日、王国の東海岸が攻撃を受けたという連絡と同じくらい、衝撃的だった。
王国が、乾坤一擲(けんこんいってき)の戦いを延期した、その理由。
それは、帝国軍の地上部隊が、王国の東海岸にすでに上陸を果たしていたからだった。
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