17-13「エスコート」

 ここまで王国へ食糧を輸送する船団を護衛してくれていたケレース共和国の艦隊は、どんどん、遠ざかって行った。

 僕は王国のために危険を冒(おか)してくれた彼らに感謝をしながら、小さくなっていく船影と、そのマストに高らかに掲(かか)げられたケレース共和国の国旗を見送った。


 ここから先は、僕らだけで船団を守らなければならない。


 船団の上空へと到達し、ハットン中佐のプラティークと予定通りに分かれた僕らは、これから船団を護衛して王国へと向かう王立海軍の護衛部隊の旗艦、戦艦「サン・マリエール」の指揮下へと入った。


 サン・マリエールは、イリス=オリヴィエ連合王国が建国された際のオリヴィエ王国の女王から名前を取った艦で、別名を「グランメメール」という。

 グランメメールはおばあちゃんという意味の言葉で、その名の通り、サン・マリエールは艦歴の長い、古い艦だった。

 竣工は数十年も前、第3次大陸戦争の時代だ。


 永世中立国に所属する艦であるから、本格的な実戦は今回が初めてではあるものの、サン・マリエールは王国にとっては長く親しまれていた艦で、僕もその存在だけは以前から知っていた。

 竣工した時はまだ第3次大陸戦争が激しく戦われていた時代だったから、王国の防衛力を示し、備えがあることを主張するためにメディアに露出(ろしゅつ)する機会が多く、自然と、王国でもっとも知られた艦となったからだ。

 実物を目にしたのは今回が初めてのことだったが、ロイ・シャルルⅧの様な新鋭戦艦としての迫力は無いものの、バランスの取れた気品のある艦影をしていて、好感が持てる。


 サン・マリエールは古い艦ではあったが、その古さゆえに、王国が戦争に巻き込まれてしまった時にはちょうど大改装の工事を受けており、再就役した際には、その中身は王国で最新鋭と言って良いものになっていた。

 新型のレーダーを装備し、自艦や艦隊に属する他の艦からの情報を集約して効率的に指揮を行うことができる新しい指揮システムに対応した戦闘指揮所、CICと略称されるものを持っており、ロイ・シャルルⅧが再就役のための工事に入っている現在、王立海軍で最有力な戦闘能力と指揮能力を持った艦だと言える。


《護衛艦隊旗艦、サン・マリエール! こちら301A、貴艦隊の上空に到達した。これより貴艦の指揮下に入る。誘導を頼む! 》

《301A、こちら護衛艦隊旗艦サン・マリエール。了解した、これより貴隊を誘導する。高度6000メートルを維持し、本艦隊上空で警戒を続けてくれ。状況に変化があった場合は適時新しい指示を出す。……貴隊の噂は聞いている、守護天使たち。当てにさせてもらう》

《はっ、あたしらはそんなに大げさなもんじゃないさ。ま、護衛はきっちり、やらせてもらう! 391Aも精鋭だからな、期待してくれ! 》


 レイチェル中尉と、サン・マリエールの冷静そうな声を持つ男性の管制官との通信を聞いていた僕は、少しだけ驚いてしまった。

 初めて知ったのだが、僕らはどうやら、王立空軍だけではなく、王立海軍からも「守護天使」と呼ばれているらしい。


 王立空軍の中でそう呼ばれることがあるのにはもう慣れ始めていたが、それが、同じ王立軍とは言え、海と空で働く場所が異なるはずの王立海軍からもそう呼ばれているとなると、どうにも、話しがどんどん大げさに広まっている気がして、恥ずかしい。


 だが、王立海軍からも僕らが「守護天使」と呼ばれる様になった原因は、僕にあるらしい。

 どうやら、僕が以前、軍部からの要請で仕方なく出演したラジオ番組が、僕たちへの「守護天使」という呼び方を大きく広めてしまったらしい。


 あれは、連邦で英雄と見なされていたパイロットを、偶然とはいえ戦死させることになった僕を、連邦が「捕らえた」と偽ってプロパガンダに用いることを阻止するのと同時に、王国の人々の戦意を少しでも高めようという、あまり気持ちのいいものではない意図による放送で、僕としては、忘れたいものだった。

 しかし、王国中に向けて放送されたために、そのことを覚えている人々はたくさんいるらしい。


 どうやらあの放送は、王国の人々からは好意的に受け止められている様だった。

 僕は放送の中で、なるべく事実を話し、用意されていた原稿(げんこう)の大げさな部分や誇張(こちょう)された部分を修正して話したのだが、その姿勢が謙虚(けんきょ)さと受け取られ、肯定的な評価につながっている様だ。


 声だけの放送で、僕の容姿に関しては伏せられていたから、あの放送の声の主が僕だと気がつく人は少なく、せいぜい同じ部隊の仲間たちからからかわれることがあったくらいだったが、僕が所属する部隊については公表されていたために、「あの部隊は何だ」「守護天使と呼ばれているらしいぞ」と、人々の間で一気に噂が広まってしまった様だった。


 周囲から高く評価されているのだから、普通は胸を張るものだと思うのだが、僕がこのことを気恥ずかしく思うのは、「天使」というのが大げさな呼び方だからだ。


 僕たちは確かに真っ白な羽をエンブレムとして描いているが、それは天使の羽では無い。

 301Aのマスコットであり、現在は僕の妹の監督によってダイエット作戦を遂行中である、食いしん坊でお気楽なアヒルのブロンの羽だ。


 天使と言うと、神秘的な、神聖なイメージだが、僕らの機体に描かれた白い羽の正体は、その辺の草むらや水辺にいて、能天気にガーガー鳴いているアヒルの羽なのだ。

 それが、天使の羽だなどと呼ばれ、あちこちで尾ひれのついた噂話が広がっているのは、どうにも落ち着かない。


 僕らは、僕らのエンブレムが天使の羽ではなく、アヒルの羽だということを一度も隠したことは無かったのだが、僕らを守護天使と呼ぶ人たちは、その事実を知りながらも意図的に無視している様な気配さえあった。


 その気持ちは、分からないでもない。

 戦争という、明日どころか、数分先の未来も見通せない不安な時代の中にあれば、人々はどうしても、希望を求めてしまう。

 僕らを守護天使と呼ぶ人々の多くは、僕らのエンブレムがアヒルの羽だということを知っている。

 知っているが、それでも、僕らのことを、敵機の攻撃から人々を守り、訪れるかどうか定かではない明日を保証してくれる存在として、信じたいのだろう。


 そこまで考えて、僕は、ふと、気がつく。

 僕らのことを守護天使と呼ぶからには、サン・マリエールもまた、僕らに、彼らの明日の到来を保証してくれる「天からの使い」であって欲しいと願っているのだ。


 今回の作戦は、王国にとっては決して、失敗することが許されないものだ。

 輸送されている大量の食糧が届かなければ、王国に暮らす人々は生きていくことができなくなってしまう。

 作戦が失敗すれば、毎日、毎日、空腹をかかえ、食べ物のことばかりしか考えられない様になっていくだろう。

 もう1度、ケレース共和国の様に王国に手を差し伸べてくれる国が現れると期待することもできない。ケレース共和国が王国を助けてくれたこと自体が、十分な奇跡なのだ。


 この場にいる王立軍の将兵の中で、作戦を必ず成功させようと、そう思っていない者などいないはずだったが、その中で僕らは、重要な役割を果たす存在として、頼られている。

 僕らには、自分たちにできる以上のことはできないし、あまり過大な期待をされても困るのだが、それでも、僕はその期待に、できることなら応えたいと思う。


 サン・マリエールの指揮下に入った僕らは、義勇戦闘機連隊の391Aと共に、船団の上空、高度6000メートルに位置し、その上空を旋回しながら、周囲の空へと警戒の視線を向けている。

 近づく機は1機も見逃さないつもりではあったが、今回は頼もしい味方もいてくれるから、心強い。


 その、頼もしい味方と言うのは、サン・マリエールに装備されている、艦載型の防空レーダーだった。


 サン・マリエールに装備されたレーダーは、数十機以上の大規模な編隊であれば300キロメートル以上先でも探知することができ、小規模な編隊でも200キロメートル先、単機でも150キロメートル先で探知するだけの能力を持っている。

 レーダーがあるおかげで、僕らが目視で敵機を発見するよりもずっと早く、攻撃を察知することができるのだ。


 この性能はレーダーを使用する時の気象条件などによって影響を受けるものだったが、今日の空は良く晴れて雲の少ない快晴だった。

 レーダーはその最大の性能を発揮してくれるだろうし、敵機を迎撃する僕らとしても、最大限の力を発揮することができるだろう。


 これは、敵にしても同じことだ。

 船団は白日の下にさらされており、どこにも逃げ隠れすることができない。

 連邦の空母が攻撃部隊を発進させれば、彼らは間違いなく船団を捕捉して攻撃することができるだろうし、僕らは真正面からそれを迎え撃たなければならない。


 船団を守る手段としては対空火器もあったが、僕ら、戦闘機部隊の役割は最も大きい。

 対空砲火は、艦艇に装備された対空砲が最も射程が長く、敵機はまず、対空砲によって迎撃されることになる。そして、対空砲による射撃を突破して来た敵機は、何門も装備された機関砲で迎え撃つことになっている。

 だが、航空機は高速だから、艦艇の対空火器によって反撃を実施できる時間には大きな制限がある。

 その、短時間の間に敵機を撃破できなければ、艦艇は攻撃を受けることになってしまう。


 それに、王立海軍による厳重な護衛が行われているとはいえ、守られているものは非武装の船ばかりだ。

 敵機の矛先が、王立海軍の軍艦ではなく、商船へと向けられたら、その攻撃を阻止することは難しい。


 だから、僕ら戦闘機部隊が、1機でも多くの敵機を撃墜するか、少なくとも追い払うことが大切になってくる。


 レーダーがあるとはいえ、僕らは少しも油断することなく、周囲を警戒し続けた。

 王立海軍で使用しているレーダーは十分な信頼性のあるものだったが、それでも、何らかの不具合が生じて、敵機の接近を見落とすことがあるかもしれない。

 無意味なことかも知れなかったが、人間の目にも頼る必要があった。


 幸か不幸か、サン・マリエールに装備された防空レーダーは、正常に機能してくれた様だった。

 僕らが船団の上空に到達し、その護衛を開始してから、もうあと数分で1時間が経とうかとしていた時、サン・マリエールは船団へ向かって接近して来る機影を探知した。


 方位は西北西、290度、高度は約5000メートル。

 その機数は、60機から70機。


 飛んで来る方角から言っても、その規模から言っても、王立空軍機の部隊では無かった。

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