16-37「一瞬」
夜の闇の中に目を凝らし、必死になって、敵機の姿を探す。
202Bの機上レーダーが敵機の姿を捕捉してくれているとは言え、やはり、自分の目で確認できないのは少し不安だ。
ベイカー大尉からは、細かく敵機の位置が知らされ続けている。
敵機はどうやら、クレール市を真っ直ぐに目指している様だった。
グランドシタデルは高度6000メートルにまで降下している。速度はさすがに機上からでは計測できないため不明だったが、すでに600キロメートル以上を出して、彼らの攻撃目標へと向かっている最中だろう。
地上が見えないので僕らの現在位置は正確には分からないが、このまま行けば、海上で彼らと接敵するはずだった。
これは、僕らにとってはいいことだ。
撃墜した敵機の残骸が市街地に墜落することを心配せず、遠慮せずに攻撃を実施できるからだ。
やがて、敵機との距離は、昼間であれば目視できてもおかしくない距離にまで縮まった。
202Bは敵機の上空に位置し、敵編隊と同航するための最終アプローチに入っていく。
僕らもいつでも攻撃が可能な様に準備と心構えをして、ベイカー大尉が照明弾を投下するのを待った。
緊張しているためか、それとも、いつになく集中できているためか、時間を長く感じる。
腕時計の針の動きが、遅くなった様に感じられる。
まだか。
敵機はもう、目と鼻の先にいるはずなのに、夜の闇のせいでまだ見えてこない。
目標を正確に捉えられない状態で攻撃を実施しても、戦果は満足にあがらない。
この作戦は全て、ベイカー大尉率いる202Bが照明弾によって敵編隊を照らし出してこそ、成立するものなのだ。
段々と、不安がつのる。
202Bは、敵編隊の上空への突入に、失敗してしまったのではないか?
訓練では確かに成功していたが、それはあくまで訓練であって、実戦の条件とは違う。
グランドシタデルは訓練で目標として王立空軍の双発爆撃機、ウルスよりもずっと速度が速く、捕捉することは困難なはずだ。
僕は、作戦会議の時に目にした、ベイカー大尉の凛(りん)と張り詰めた表情を思い出す。
大丈夫。
大尉なら、必ず、やってくれるはずだ!
《301A、こちら202B! 敵編隊上空への突入に成功! 成功だ! これより照明弾を投下する! 》
夜空に眩(まばゆ)い閃光が生み出されたのは、ベイカー大尉からの無線が入った直後だった。
202Bのグランドシタデルの爆弾倉が開かれ、そこに搭載された照明弾が次々と投下されていく。
投下された直後にパラシュートが開かれ、ゆっくりと降下して行く照明弾は、時限式の信管が作動するのと同時に、周囲を照らし出す強い光を放つ。
小さな太陽の様な光球が、ゆらゆらと揺れながら落ちていく。
そして、その光によって、敵機の姿が照らし出された。
夜の暗がりの中に、無数の銀翼が、光を反射して輝く。
多い。
何て、多さだ!
連邦軍機の数は、予想通り、100機は軽く超えている様だ。
照明弾の閃光によって照らし出されている機体は、その総数のごく一部に過ぎない。
はっきりと視認できる機体だけでも、数十機。その外側に、闇にまぎれて飛び続ける数えきれないほどの機体の姿が、おぼろげに見え隠れしている。
そして、その全ての機体に、王国を灰燼(かいじん)に帰するための爆弾が満載されている。
《301A全機、攻撃開始! 各機散開、1人で1機、必ず落とせ! 》
《《《《了解!》》》》
僕らはレイチェル中尉からの指示に答え、一斉に編隊を解いて散開し、攻撃を開始した。
あまり、時間がない。
202Bが持って来ている照明弾の数に限りがあり、いつまでも敵機の姿を照らし続けることができないというのもあったが、僕らが照明弾を投下したことの意図に気がついた連邦軍機から、202Bに向かって射撃が浴びせられ始めたからだ。
202Bに対する射撃は、散発的なものではあった。
照明弾の光は202Bにも届き、その姿をおぼろげに浮かび上がらせていたが、はっきりと見えるわけでは無い。だから、射撃の精度は低くならざるを得ない。
だが、ベイカー大尉たちは照明弾を投下し続けるために敵編隊に対して位置を保たねばならず、回避運動ができない。
グランドシタデルは巨大な機体で、的が大きいということは、まぐれ当たりで被害が出る可能性も高かった。
僕は、攻撃目標を急いで探した。
出来れば、敵の編隊から少しでもはぐれていて、周囲の機体から援護を得にくいものがいい。
僕はその1機へ集中できるし、受ける反撃も少なくて済む。
だが、そんな機体は、どこにも見当たらなかった。
連邦軍機はがっちりと密集隊形を組んだまま、整然と飛行を続けている。
無数の銃口が、僕の方を向いている。
そんな錯覚を覚える。
僕は、あそこへ突入しなければならないのか?
僕がほんの一瞬、躊躇(ちゅうちょ)している間に、レイチェル中尉の機体が突撃を開始した。
照明弾によって連邦軍機の姿がはっきりと照らし出されているが、僕らから相手のことが見えているということは、相手の側からも僕らのことが見えているということだった。
レイチェル中尉に向かってグランドシタデルの銃座が火を噴き、無数の曳光弾がシャワーの様に中尉の機体を押し包む。
だが、照準が定まっていない。
中尉の機体が高速過ぎて偏差を上手く取れていないのだ。
敵機の攻撃をかいくぐったレイチェル中尉の機体から、5門の20ミリ機関砲が一斉に発射される。
砲弾はグランドシタデルの1機の右主翼に集中し、その破壊力によって翼の構造材を粉々に打ち砕(くだ)いた。
翼を折られたグランドシタデルはぐらりと揺れ、きりもみ回転に入り、照明弾の光の中から外れて、闇の中へと消えていった。
レイチェル中尉に続いて、カルロス軍曹、そしてナタリアが突撃を開始する。
その動きに触発されて、ジャック、アビゲイル、そしてライカも、突撃を開始した。
僕も、遅れていられない。
目についた1機に向かって、急降下を開始した。
射撃姿勢を取り、照準器の中に敵機の姿を捉える。
敵機の大きさで距離を推測し、自機の速度と敵機の速度から偏差をどれくらいとるかを決め、機体をわずかに操作しながら照準を修正していく。
降下中のベルランはかなりの速度がついているはずだったが、安定していて、細かい修正がきいた。
良い機体だ。
後は、敵機のどこを狙うかだ。
セオリーは、操縦席か、エンジンだ。このどちらかを失った飛行機は墜落するしかない。
あるいは、レイチェル中尉がやって見せた様に、翼の根元を狙ってもいい。
グランドシタデルはその巨体を空へと持ち上げるために、翼から大きな揚力を得ている。その翼の根元を攻撃して構造部材にダメージを与えることができれば、翼に生じている揚力の大きさによって、自然に翼を折ることができるだろう。
そこで、ふと、僕は以前の戦闘で目にした光景を思い出す。
あれは、王立空軍が昼間高高度爆撃を実施しようとしていたグランドシタデルに対して全力出撃を実施し、グランドシタデルを攻撃した時だ。
僕らよりも少し先に敵機へと攻撃を開始した飛行隊のベルランD型から放たれた20ミリ機関砲弾がグランドシタデルを貫き、その爆弾倉に搭載されていた爆弾を誘爆させた。
誘爆によって敵編隊は隊形を乱され、その後に突入した僕らは攻撃をし易くなったし、グランドシタデルは爆撃目標への到達前に再集合することができず、攻撃も散発的なものになった。
その結果として、王国が受けた被害も最小限のものになった。
それと、同じことができれば。
僕は、グランドシタデルの爆弾倉がどこにあるのかを知っている。
識別表というものがあり、敵機の大きさや推定される性能、どこに燃料タンクやエンジンなどの弱点があるかがイラストつきで示されている。
グランドシタデルの識別表もつい最近出来上がっていて、僕らは作戦に従事するのに当たり、その資料に何度も目を通している。
識別表は推測交じりで書かれるのが当たり前のものだから、不正確な部分があるのが常だったが、グランドシタデルについて王国はその実物を鹵獲(ろかく)し、修復して飛行させるところまで至っているのだから、記述は正確なはずだ。
僕は識別表にあったイラストと、目の前の実物とを重ね合わせ、その爆弾倉の位置へと照準を定め、トリガーを深く押し込んだ。
5門の20ミリ機関砲が一斉に発射され、その反動で機体が暴れようとするのを僕は必死に抑え込む。
僕の射撃は、正確にグランドシタデルの爆弾倉がある場所へと吸い込まれていく。
砲弾が消えたと思った瞬間、敵機がその胴体部で真っ二つに千切れ飛んだかと思うと、巨大な炎が生まれた。
広がった火球は、一瞬にして敵機の姿を飲み込む。
僕の狙いは、間違っていなかった。
僕の射撃は正確に敵機の爆弾倉を貫き、そこに搭載されていた大量の爆弾を誘爆させたのだ。
だが、僕はそのことを喜んでいられなかった。
広がった火球は、あっと思う間も無く、僕の機体をも飲み込んでしまったからだ。
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