15-15「新しい仲間」
クレール第2飛行場のすぐ近くで行われた、僕らとナタリアとの模擬空戦があった日から、数日が経過していた。
僕らの訓練は何事も無かったかの様に続けられ、模擬空戦の敗北もあって自分の未熟さを思い知った僕は、以前よりも熱心に訓練に取り組んでいる。
ナタリアは、無許可飛行の一件以来、基地の牢に入れられている。
本来であれば懲罰房に入れられてもおかしくない罪状ではあったが、一躍して基地のヒロインとなった彼女の待遇は、かなり配慮されている様だ。
しかも、その人気は徐々に広がりを見せているらしい。
これまでは基地の問題児として避けられがちであったが、彼女の行動の原因が、パイロットとして優れた腕前を持っているのに、王国側の偏見から不当な立場に置かれてしまっていたからだと分かり、彼女に対するイメージは一新されていた。
それに、模擬空戦の後、機上から彼女が集まった人々に見せた笑顔。その笑顔が、基地の人々から人気を集めている。
基地の牢はそれほど厳密な場所ではなく、申請さえすれば容易にナタリアと面会することができ、場合によっては贈り物をすることさえ可能なのだそうだ。
そして、牢には今、ナタリアとの面会希望者が行列を作っているほどだった。模擬空戦を目撃したり、その噂を聞いたりした人々が、遠い大陸外からやって来た凄腕パイロットを一目見ようと押しかけているらしい。
贈り物を持ち込んで来る人も多く、牢の担当の憲兵はすっかり閉口しているらしい。
ナタリアにとっても迷惑な話に違いなかったが、彼女は人当たりが良く、面会にもできるかぎり応じている様だった。
どうやら、問題児と言われていたのは彼女に対する無理解と、自身の境遇に対する彼女の不満からの様で、人当たりが良くて人懐っこいというのが本来の性格の様だった。
大陸外からやって来たという物珍しさと、元々の整った容姿に素敵な笑顔、人から好かれやすい性格に加え、パイロットとして優れた腕前を持っているのだから、人気者になるのも当然のことだった。
こういう人のことを、何と呼ぶのだったか。
アイドル。そう、確かそんな呼び方だ。
この基地のアイドルとしての地位を確立しつつあるナタリアの置かれた立場は、しかし、苦しいものだった。
彼女は無断で王国の財産であり、軍事機密の塊である軍用機を盗み、無許可で飛行し、模擬空戦まで行ったのだ。
それらは犯罪であり、場合によってはより罪の重いスパイとしての嫌疑をかけられる恐れもある行為だった。
模擬空戦を目撃した一般将兵の間で高まる人気と、大陸外から王国のために志願してやって来た義勇兵という立場から多くの配慮をされている様だったが、罪状から言えば長期間の服役を言い渡されてもおかしくは無い。
そんな状況の中で、レイチェル中尉とカルロス軍曹が、何やら企んでいる様だった。
2人はこれまで通り僕らの教官役として意欲的に訓練を監督し、様々な助言や指示を与えてくれていたが、その一方で2人は密談を繰り返し、301Aの責任者であるハットン中佐をも巻き込んで、何かの計画を進めている様だった。
その計画が何なのかは、すぐに分かった。
模擬空戦から1週間と少しが経過したある日、ナタリアの無罪放免と、僕ら301Aへの編入が決定されたからだ。
もちろん、編入は戦闘機のパイロットとして、だ。
この様な判断が下されたことについて、軍の正式な見解が述べられている。
それによると、ナタリアが無罪放免となるのは、彼女が義勇兵として王国のためにはせ参じてくれたという点と、それに対して王国側の思慮不足で不当な待遇が行われており、彼女の行為に対して王国の側にも大きな責任があることが理由とされていた。
そして、僕ら301Aにパイロットとして配属されることが決まったのは、ナタリアが戦闘機パイロットとして十分な実力を持つと認められたことと、301Aではパイロットが不足しているため、という理由だった。
裏では、他にも事情があるだろう。
ナタリアに集まっている将兵からの人気について、当然、何らかの配慮が行われたはずだった。
問題児としての誤解が解け、ナタリアが置かれていた立場についての理解が進むにつれ、当然のことだが彼女をパイロットではなく整備兵としていた軍の判断について批判がされる様になっていた。
しかも、ナタリアは人当たりが良く、誤解が解けた後の反動もあってか一気に好印象を持たれる様になっていた。そんな状況で軍が彼女を重罪にしようものなら将兵の士気に大きく響く。
だから、無罪放免なのだろう。
そして、そんな彼女が僕ら301Aに配属されることになったのは、レイチェル中尉たちがいろいろと手を回した結果だった。
ナタリアが僕らの部隊に配属された理由は公にはパイロットの補充のためだったが、王立空軍ではどこの部隊でもパイロットが不足しているから、僕らの隊が選ばれる理由にはならない。
ナタリアが優れたパイロットであることを知った後、水面下では、クレール第2飛行場に駐留する各飛行隊の間で激しい争奪戦が起きていたらしい。
ナタリアの処遇を決める関係部署には、彼女の無罪放免と、自分たちの飛行隊に配属して欲しいという嘆願書、依頼書が多数よせられ、特にその配属を巡って各隊で鍔迫(つばぜ)り合いが繰り広げられたということだった。
レイチェル中尉はハットン中佐に協力を仰ぎ、ハットン中佐はその人脈を駆使し、どんな手を使ったのか詳細は分からなかったが、どうにかしてナタリアを巡って戦われた小さな戦争に勝利した様だった。
ナタリアが301Aに配属されることが正式に発表された夜、レイチェル中尉とカルロス軍曹、そしてハットン中佐は、中佐の執務室にこっそり集まり、中佐が秘蔵しているウイスキーで祝杯をあげたらしい。
その光景を目撃したアラン伍長によると、それはまるで「悪の秘密結社の集会」の様であったということで、3人は揺らめくランプの明かりを前に、とても悪そうな笑みを浮かべていたそうだ。
本当に、どんな手を使ってナタリアの配属を勝ち取ったのだろう?
僕には不思議だったが、世の中にはあまり詮索(せんさく)しない方がいいこともある。
とにかく、ナタリアは僕らの新しい仲間になった。
自己紹介の場が設けられた時、彼女はこれ以上ないほど幸せそうで、基地の将兵から人気になっているあの素敵な笑顔を浮かべていた。
それから彼女はこれから一緒に戦うことになる僕らに、いきなりハグをして回った。
王国にも親しい友人や家族の間でハグをする文化はあったが、直接話すのがほとんど初めてという様な状況でいきなりハグをするということは無い。
ナタリアの母国でもハグは初対面の人にいきなりする様なものでは無いそうだが、正式に戦闘機パイロットとして認められたことが嬉しくて、こらえきれなかったのだそうだ。
ナタリアは僕らよりも少し年上で、立派な女性だった。
その……、何と言うか、僕は彼女に抱き着かれた時、赤面せずにはいられなかった。
その後でライカに足を踏まれたのだが、どうして、彼女は怒っていたのだろう?
とにかく、僕らはナタリアという心強い仲間を新しく迎えることができた。
僕らの周りで起こった変化は、それだけでは無かった。
ナタリアがその実力を明確に示したために、それまで王立軍の中で、「大陸外からやって来た、本当に実力があるのかよく分からない人々」として扱われてきた義勇兵たちへの認識が、大きく変わったのだ。
連邦と帝国から侵略を受けている王国に対して、同情する国家はかなりの数があった。
連邦と帝国を相手取って戦争を戦えるような国家は少なく、国家レベルで明確に王国の支持を表明したり、支援をしたりしてくれるところは少なかったが、「民間人が自由意思でやることだから」と、王国に義勇兵として自国民が参戦することを止めようとする国家も少なかった。
こうした事情から、個人レベルで王国の立場に共感し義勇兵となってくれた大陸外の人々は多数存在した。
だが、彼らは王立軍に参加したものの、ナタリアの様に後方支援的な任務を任されるばかりで、実際に前線に出ることはこれまで無かった。
ナタリアの行動で、義勇兵たちの本当の価値について王国はようやく理解し、高度な技能を持つ義勇兵たちは、本人の意思さえあれば積極的に前線で戦闘に参加することが認められる様に変化していった。
王立軍の中には、これから、義勇兵による多数の部隊が設立されていくことになっている。
例えば、ナタリアの様にパイロットだった義勇兵を集めた「義勇戦闘機連隊」、戦車兵だった義勇兵を集めた「義勇戦車連隊」などが設立され、他にも歩兵部隊や、砲兵部隊など、いくつもの部隊が誕生することになった。
国民皆兵制を敷いていた王国では、その総人口の割には兵力を豊富に準備することができたが、それでも、連邦や帝国という大勢力を相手にするには人員が不足気味だった。
義勇兵たちの前線参加は、王立軍にとって大きな転機になるだろう。
僕らだけでなく、王国もまた、心強い、新しい仲間を得ることになったのだ。
この戦争はまだ、その終結への道筋を見いだせないままだったが、この出来事は必ず、王国にとっての力となってくれるはずだった。
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