15-2「再会」

 王立軍の報道官から半ば強制される形でラジオ放送に出演し、渡されていた原稿に概(おおむ)ね沿った受け答えをしながら、僕は、もしかすると連邦の英雄とされていたあのパイロットも、今の僕と同じ気持ちだったのだろうかと考えていた。


 僕はこの放送を境に、公式に「王国の英雄」となってしまったが、それは作られた虚像に過ぎないものだ。

 そして、「連邦の英雄」と呼ばれていたあのパイロットも、僕と同じ様に連邦によって作られた存在だった。


 彼の方が僕よりもよほど実態を持った存在だっただろうとは思うのだが、彼もまた、政治的に利用される自身について、複雑な思いでいたに違いなかった。


 僕にとってその放送への出演は嬉しくないものだったが、報道官たちは意外なことに融通がきく人たちだった。

 渡された原稿には撃墜の戦果を僕個人の功績とする様な内容があったが、僕の仲間たち全体での成果であるという、より事実に近いものに変えてもらうことができた。

 それに加えて、連邦軍の英雄に対する憎しみを煽(あお)る様な部分があったが、そこも削除してもらうことができた。


 どうやらその原稿は連邦側の演説だけを元にし、実態を知らないで書かれたものであったようで、報道官たちは僕の意見に思ったよりもずっと柔軟に対応してくれた。

 それで、僕自身や、戦場で散っていった命が政治的に利用され、より多くの命を損なうために活用されるという不快感が軽減されたわけでは無かったが、公の電波で実際に起きた出来事をより実態に近づけて明らかにすることができたのは、素直に良いことだと思えた。


 僕に着せられようとしていた虚像はあまりにも大きく、僕にとっては負担にしかならないからだ。


 放送が終わった後、報道官たちは僕をフォルス市内で一番高級なホテルへと案内してくれようとしたが、僕はそれを固く断り、フォルス第2飛行場の宿舎へと運んでくれる様にと依頼した。

 高級ホテルへの宿泊は、軍と王国のために協力してくれた僕に対する謝礼の様なものであったらしいが、正直に言って僕にはどうでもいいことだった。

 やれと言われたことは大人しく済ませたのだから、後は僕の好きにさせて欲しい。


 僕は、とにかく、僕の仲間たちと早く再会を果たしたかった。


 フォルス第2飛行場へと送り届けてもらった僕は、その足でまっすぐに、僕の所属する部隊にあてがわれているバンカーへと向かった。

 僕らにあてがわれている宿舎はバンカーよりもすっと近くにあったが、そこには誰もいないだろうと思ったからだ。


 飛行場に帰り着くまでに聞いた話によると、王立軍による反攻作戦は成功しつつあるらしかった。

 連邦軍の両翼を突破し、迂回しながら進撃を続けた王立軍の先鋒部隊は連邦軍の後方で合流を果たし、連邦軍の主力部隊は王立軍によって包囲されている。

 父さんやシャルロットが残った僕の故郷の街も、友軍部隊によって解放されたとのことだった。


 戦況は王国にとって有利なものだったが、それだけに、王立空軍は忙しかった。

 連邦軍は王立軍からの包囲を脱するため、しきりに王立軍へと攻撃を加えている。王立空軍はなおも予断を許さない戦況にある王立陸軍を支援するために出撃を繰り返していて、僕の仲間たちも忙しいはずだった。


 実際、フォルス第2飛行場では、王立空軍機が絶え間なく離発着を繰り返している。


 広い滑走路で隊列を組み、一斉に飛び立っていく友軍機や、着陸装置を展開し、フラップをいっぱいにして舞い降りてくる友軍機。

 風を切り裂くプロペラと、力強く回り続けるエンジンの音が、無性に懐かしく感じられた。


 その中に、真っ白なアヒルの翼を部隊章にした機の姿もあった。

 どうやら、ちょうど出撃を終え、帰還してきたところであるらしい。


 隊の誘導のために飛んでいるハットン中佐のプラティークが1機に、レイチェル中尉、カルロス軍曹、ジャック、アビゲイル、ライカの、5機のベルラン。

 僕の仲間たちは1機も欠けることなく空にあり、そして、僕らの家へと帰って来てくれた。


 僕はこらえきれなくなって、みんなが帰って来るはずのバンカーへ向かって駆け出していた。


 バンカーでは、整備班たちが帰還して来る機を収容するための準備をして待っていた。

 彼らは僕の姿に気づくと、最初は少し驚いて、それから、嬉しそうに僕を迎え入れてくれた。


 みんな、懐かしい顔だ。

 僕は彼らと抱き合い、握手をし、再会を喜び合った。


 ただ1人、カイザーこと、フリードリヒだけが、少し複雑な顔をしていた。

 もちろん、彼は僕の生還を喜んでくれている様だった。

 だが、その表情には影がある。


 どうやら彼は、僕の不時着について、自分の整備に行き届かない点があったせいではないかとずっと心配していたらしい。


 彼らしい、と思った。

 カイザーは職人気質が強く、自分の仕事に強い責任感を持っている。

 だからこそその腕前は確かなもので、実際のところ、僕の機体には少しも不調が無かった。


 カイザーはそういう性格だから、僕の不時着について責任を感じている様だったが、僕はむしろ、整備班にどんなに感謝しても足りないくらいだった。

 僕の機体は連邦の英雄との空中戦で数えきれないほど被弾をしたが、それでも、僕の機体は燃料切れを起こすまでは十分に飛行できる状態にあった。

 操縦桿(そうじゅうかん)は十分に効いていたし、エンジンも問題なく回っていた。


 被弾した個所が運よく機体の急所を外れていた、ラッキーだったという面もあるが、あれだけの損傷を受けたにもかかわらず十分に飛行できて、僕が安全に不時着することができたのは整備班のおかげだった。


 僕はカイザーと握手すると、正直な気持ちで彼に言った。


「カイザー、そんな顔をしちゃだめだ。僕の機体は、みんなのおかげで最後まで最高の状態だったんだから。こうやって、僕が生きていられるのがその証拠さ」

「……ありがとう、ミーレス」


 カイザーは、少し照れた様に笑ってくれた。


 だが、僕らはいつまでも喜び合っているばかりではいられなかった。

 出撃を終えた機が着陸を終え、誘導路に連なってバンカーへと向かって来ているからだ。


 僕の仲間たちの機体にはいくつか被弾痕こそあったが、パイロットたちはみんな無事な様子で、負傷している者は誰もいない様子だ。


 全部で6機の飛行機はバンカーの前の駐機場に並べられ、整備班たちの手によってエンジンの停止手順が開始される。

 僕は、仲間たちが機体から降りて来るのを、もどかしく思いながら待った。


 やがて、パイロットたちは風防を開き、機体から次々と降りて来る。

 僕は整備班たちと同じ様に歓迎してもらえると思っていたのだが、どうやら少し様子が違う様だった。

 みんな嬉しそうな顔をしてくれてはいるのだが、何か違うものを気にしている様で、ある方向をチラチラと見ている。


 その視線の先にいるのは、ライカだ。


 彼女は自身の機体から降りると、僕へと真っ直ぐに向かってきた。

 徐々に、速度が上がっていく。

 最初は普通に歩くくらいだったが、駆け足になり、最後の数メートルはほとんど全力でのダッシュだった。


 その勢いに驚いて僕が身構えるのとほとんど同時に、ライカは思い切り地面を蹴って、僕に向かって飛びかかった。


 ドスンとした強い衝撃で、一瞬だけ息がつまった。

 ライカは小柄な体格でとても軽かったが、それでも全速力で体当たりするように飛び込んで来られるとなかなかの威力がある。


 それでも、僕は彼女を受け止めた。

 避けるという選択肢などあるわけが無い。

 恐らく、仲間たちの中で僕のことを最も心配してくれいたのはライカのはずで、だからこそ仲間たちも、最初に僕の生存を確認する権利をライカに譲ったのに違いなかったからだ。


「ミーレス、心配した」


 彼女は僕の胸に顔をうずめながら、くぐもった声でそう言った。

 言葉が短いのは、ライカの心中にあるいろいろな感情を言語化することが難しく、一言にその思いを込めるしか無いからなのだろう。


 それから、勢いよく僕を見上げると、少し潤んだ青い瞳を僕へと向けてくる。

 相変わらず、綺麗な瞳だった。透き通った空の様だ。


 ライカは、泣いているのか、笑っているのか。それは少し怒っている様でもあり、うまく表現できない表情をしていた。

 だが、僕は、彼女の顔をもう1度見ることができて、嬉しかった。


 やがて、ライカの唇が動く。


「おかえり、ミーレス」


 その言葉に、僕は答えずにはいられない。


「ただいま、ライカ」


 僕はようやく、仲間たちのところへと帰って来ることができたのだ。

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