14-25「突撃」

 街中が、防衛と、僕を脱出させるための準備で慌ただしくなり、多くの人々が動き回っている。

 街の各所に設けられた防衛陣地に武器や弾薬が配られ、炊事班はフル稼働して、戦闘中でも片手間に食べられる固焼きパンなどの戦闘配食を作っている。兵士たちは自身の身を守る盾となる陣地の出来栄(できば)えを熱心に確認し、それぞれの装備品の点検と整備に余念がない。


 早ければ、僕をこの街から脱出させる作戦の開始は翌朝だ。時間はあまりない。

 僕も、自分に出来得る限りの準備をした。


 僕が持っているものと言えば、不時着した時から持っているナップザックとその中身だけだ。武装は、シャルロットたちの敵情偵察に同行した時に渡された小銃が1丁に、自動式の拳銃が1丁ある。

 最低限必要なものはすべてそろってはいるが、数は少ない。それらをまとめるのに苦労はしなかった。


 連邦軍の包囲網を突破するのに当たって、弾薬も必要量渡してくれるということだったが、僕はそれを丁重に辞退した。

 大分マシになってきたが僕の片手の怪我は治りきっておらず、弾薬が十分にあっても僕ではうまく使えない。宝の持ち腐れになってしまう。

 それに、この街に残る人々には、少しでも多くの弾薬が必要だった。僕にはどうせ使いこなせないのだから、僕よりもそれを役立てることができる人々に渡してもらった方がずっといい。


 僕は自分自身の準備を終えると、後は、ゲイルの世話をして過ごした。

 作戦が開始され、一度走り出せば、一番頼りになるのは彼だ。

 少しでも力を発揮してもらえるよう、僕は丁寧にゲイルの身体をブラシで撫でてやった。


 今回の作戦は連邦軍の行動を牽制(けんせい)することも目的として含まれており、近衛騎兵連隊の約200名の騎兵が敵陣に向かって突撃することになっている。

 このため、軍馬たちには普段よりも栄養価の高いエサが十分に与えられ、近衛騎兵たちは僕と同じ様に自身の馬を丹念(たんねん)に世話していた。


 馬たちも、戦いの時が近いのが分かるのか、少し興奮している様子だ。


 僕らは夜通し準備を進め、そして、作戦開始の時刻を迎えた。


 霧は、地元出身の人々が予想した通り、日が昇る前から辺りを覆(おお)い始めた。

 濃い霧では無く、20メートルほど先までなら見通しがきいた。だが、敵陣に肉薄する分には十分に使えるはずだ。


 霧が予定通りに発生してくれたおかげで、僕の脱出作戦もそのまま決行されることになった。

 街の守備隊は夜明け前までに戦闘配置を終え、近衛騎兵連隊も街の東側の陣地の内側に集合し、作戦開始の合図を待っている。


 僕は、シャルロットと一緒に隊列の先頭にいた。

 シャルロットは陣頭に立って適切なタイミングで突撃を命令するために部隊の先頭にいる必要があり、僕はその突撃の開始と同時に敵陣を突破して駆け抜けていく必要があるから、ここにいる。

 近くには、敵情偵察で一緒だった年配の近衛騎兵と、若い近衛騎兵の姿もあった。どうやら2人はシャルロットが最も信頼している部下であるらしく、年配の近衛騎兵は霧の中で部隊を進退させるのに最も重要な号令を伝えるラッパ手であり、若手の士官は近衛騎兵連隊の連隊旗を預かっている。


 全ての準備が整い、予定の時間になった。

 シャルロットは奇襲を成功させるために手ぶりだけで行動開始の合図を出し、近衛騎兵連隊は前進を開始した。


 最初は、後続が追いついて来るのを待つためと、馬の体力を消耗させないためにゆっくりと常足(なみあし)で進む。

 街の中では広い場所が無く、200騎もの騎兵が戦闘隊形をとるスペースが無いため、前進しながら隊列を整えるためだ。


 音をなるべく消すために馬に口枷(くちかせ)をし、足に藁(わら)の靴を履(は)かせた近衛騎兵たちは前進しながら徐々に隊列を整えていき、縦5列の横隊を作った。

 隊は40騎ずつの小隊によって構成されており、突撃発起点に達したらシャルロットの合図でそれぞれの攻撃目標へ向かって突撃し、シャルロットが僕の脱出の完了を待って出す予定となっている退却の合図で一斉に街へと引き上げることになっている。


 霧のせいで隊の全体を見渡すことはできなかったが、近衛騎兵連隊は整然と隊列を組み、粛々(しゅくしゅく)と前進を続けている様だった。


「そうだ。キミ、これを持って行ってくれ」


 ゆったりとした速度で敵陣へと向かって前進を続ける間、シャルロットは唐突にそう言って、僕に、鞘(さや)に納まったサーベルを1本、手渡してくれた。


「これは? 」

「護身用だ。キミ、銃はまだうまく使えないだろう? それなら、片手でも使える」

「でも、シャルロットさん。僕は、剣の使い方は知らないんです」

「別に心配しなくてもいい。手に持って、適当に振り回せばいいだけだ。そうすれば威嚇(いかく)にはなるだろう? それに、それは我が家に伝わる伝来のサーベルだからな。持っているだけでもお守りになるだろうさ。キミにはいろいろ意地悪をしたからな。そのわびと、餞別(せんべつ)だ。私はもう1本持っているから、遠慮せず受け取ってくれ」

「かっ、家宝ってことですか!? いただけません、そんな大切なもの! 」

「キミ、静かにしたまへ。今は敵に向かって前進中なのだぞ」


 急に価値のありそうなものを渡されて僕は慌てさせられたが、シャルロットは澄ましたような顔をしている。


 受け取ったサーベルに視線を落とすと、それは、確かにいいものである様だった。

 僕に刀剣の真贋(しんがん)を見極める能力などなかったが、黒い革の鞘(さや)から突き出たサーベルの柄(つか)には、実用性を阻害しない範囲で銀の装飾がなされており、恐らくはシャルロットの家の家紋らしい紋章が刻み込まれている。


 こんなに貴重なものを、受け取るわけにはいかない。

 だが、シャルロットは何でも無い様な顔で馬を進めている。

 僕がどんな手を使っても、彼女はこのサーベルを受け取ってはくれないらしい。


 僕は、一度深呼吸をして気持ちを落ち着けると、ありがたくそのサーベルを使わせてもらうことにした。

 馬上でいつでも抜ける様に、腰のベルトにサーベルを差し込み、柄(つか)を握ってみて、ちゃんと取り出せるということを確認する。


 剣の扱い方など分からなかったが、シャルロットの言う通り、お守り代わりに持って行くことにしよう。


「さて。そろそろ速めるぞ」


 やがて予定の地点に到達したことを確認し、シャルロットはそう言うと、馬を速歩(はやあし)にした。

 彼女は地元民では無かったが、何度も敵情偵察をしている内にすっかりこの辺りの地形を覚えているらしく、霧の中でも正確に自分たちのいる場所が分かる様だった。


 他の騎兵たちもシャルロットに合わせて馬を速歩(はやあし)にし、僕もそれに続き、シャルロットの隣を駆け続けた。


 やがて、僕らは連邦軍の作った塹壕までたどり着くことができた。

 それは、貧弱な造りの塹壕で、主な陣地の前方に、敵の襲撃の察知や、味方陣地を隠蔽する目的で作られている前哨線だった。


 連邦軍が即席で作ったために細く雑なその塹壕線を、騎兵たちが次々と飛び越えて行く。

 僕はその時、一晩中寝ないで見張りをしていて、眠そうにぼんやりとしていた連邦軍の兵士の1人とたまたま目が合った。

 その兵士は、霧の中を騎兵たちが駆け抜けていくのを夢か何かだと思ったらしく、不思議そうな顔をしていた。


 僕らはもう、連邦軍の懐にまで飛び込んでいた。


 今さら、後戻りはできない。

 全てうまく行くと信じて、駆け抜けるだけだ。


 もうすぐそこに連邦軍の陣地があるはずだったが、霧があるためにその姿を見通すことはできない。

 だがそれは、敵も同じことだ。


 連邦軍の陣地には何丁もの機関銃が配置されており、大砲だってあるはずだったし、たくさんの将兵の銃口が待ち受けているに違いなかった。

 だが、僕らはまだ1発も射撃を受けていない。

 連邦軍は街に籠城している王立軍が少数であると知っており、こんな風に反撃に出てくることなど、少しも想像していなかった様だ。


 作戦の内で、難しい場面の1つを、僕らは無事に切り抜けることができた様だった。


「突撃(チャージ)! 」


 シャルロットが叫ぶのと同時に、勇ましくけたたましい突撃ラッパが鳴り響いた。

 これまで沈黙を保ってきた近衛騎兵たちは一斉に喚声(かんせい)をあげ、馬を襲歩(しゅうほ)にして突撃を開始する

 近衛騎兵連隊の隊旗である、王国の盾に王家の紋章が刻み込まれた連隊旗が、霧の中で翻(ひるがえ)った。


 僕は、その迫力に圧倒されながら、先頭をきって駆け出して行くシャルロットの姿を追い、必死にゲイルを走らせる。


 僕は、必ず敵陣を突破しなければならなかった。

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