14-20「賞金首」

 お嬢様2名と、田舎者1名のお茶会は、女性たちにとっては楽しく、僕にとってはいづらい雰囲気(ふんいき)で続いていた。

 僕らは目下、連邦軍による包囲下にある。こんな風におしゃべりをしているのはのんきすぎる気もしたが、実際のところ、僕らの方で何かやれることがあるかと言うと、特に無かった。


 街の防御を固めると言っても限度というものがあるし、僕らの方から連邦軍に対して積極的な行動に出ることなど、できはしない。

 僕らは武器弾薬が不足しがちであって、攻めてくる相手を待ち受けるならまだしも、僕らよりも兵力も武装も勝っている敵に攻撃をしかけるなど、自殺行為でしかない。


 結局、僕らは連邦軍の動きに合わせて動くしかなく、連邦軍がいない間は、けっこう、暇(ひま)を持て余すことになってしまっている。

 夜間になって、闇にまぎれて動けるようになるまでは、やれることが無いのだ。


「そうだ。音楽でも聞かないか? 」


 やがておしゃべりにも飽きたのか、シャルロットがそう提案をし、ゾフィも僕も賛同した。


 やっと、お嬢様方からの質問攻めから解放される。

 僕が内心でほっとしていると、シャルロットは部屋の棚の上に置いてあった、王国ではどこでも見かけることができる大衆ラジオを操作し、チャンネルを合わせた。

 すると、あまり聞き覚えの無い、だが、たくさんの楽器が集まったことで生まれる強い迫力を持った音楽が流れ出す。

 この音楽は何ですかとたずねると、ゾフィが少し呆れたように、オーケストラというものだと教えてくれた。


 それは、どうやら、連邦側から流れてきている放送らしかった。

 王国の民間のラジオ放送は、大きな放送局が置かれていたフィエリテ市が陥落してしまったことで途絶えがちになっていて、久しく聞いていない。

 こういう事情で、今、王国全土でいつでもどこでも聞こえる放送というのは、連邦と帝国が流しているプロパガンダ放送しかなく、そして、今流れてきている音楽は、帝国のものでは無さそうだった。

 何と言うか、帝国が流している音楽は、もっと勇ましいもので、兵士たちを鼓舞する軍歌の様なものばかりだからだ。


 オーケストラという音楽はとても迫力のあるものだったが、その旋律は軍歌とは違って美しさを重視したもので、聞く者の感情を揺さぶる様に作られている感じがする。


「その……、いいんですか? 敵国の放送ですよ、これ? 」

「構わんさ。連邦の主張などに耳を貸すわけではない。音楽を聞いているだけだ。戦争とは関係なしに、良いものは良い、そうだろう? 」


 確認をしてみると、シャルロットは澄ました顔でそう答えた。

 僕はそういうものかと思いながら、シャルロットやゾフィがしている様に、ただ、ラジオから流れてくる美しいメロディーに耳を澄ます。


 確かに、良い音楽だった。

 何と言うか、思考が刺激されて、いろいろな想像力をかき立てられるような感覚だ。


 だが、唐突に連邦の言葉のアナウンスが割って入り、音楽は止まってしまった。

 連邦のプロパガンダ放送は多言語に対応していて、いつもなら王国の言葉でも何があったのかを放送するのだが、今回はそれが無かった。


「急に音楽が止まって、何があったんでしょうか? 」

「よく分からんが、臨時の重大な放送があるらしい。連邦市民は静聴するようにと言っていたみたいだな。まぁ、待っていればその内、再開されるだろう」


 シャルロットは連邦の言語を全てではないが理解できるようで、突然音楽が止まってしまったことに不満そうに唇を尖らせながらそう教えてくれた。

 すね方がちょっと子供っぽくて、何だかかわいらしい。


 しかし、臨時の重大な放送というのは、いったい何なのだろうか?

 連邦軍が、どこかの戦線で決定的な勝利でも得たのだろうか?


 僕は、そこまで考えて、嫌な想像をしてしまった。

 数日前に開始された王立軍による反攻作戦が、連邦軍によって阻止されてしまったのかもしれないと思ったのだ。


 やがて、先ほどまでのオーケストラとは違った音楽が流れてくる。

 気持ちが沈んでしまう様な、暗く、重厚な音楽だ。


「これは、どんな音楽何ですか? 」

「鎮魂歌(レクイエム)だな。誰かが亡くなった時に、哀悼(あいとう)の意を示すために奏でられる音楽だ」


 僕の質問に、シャルロットは知っているのが当然の様に答えてくれた。

 何と言うか、彼女は何でも知っているのではないかとさえ僕には思えてしまう。

 もっともこれは、僕が教養の少ない田舎者だというだけの話なのだろうが。


 僕はシャルロットに感心し、彼女に尊敬の気持ちを持つのと同時に、ほっと安心していた。

 鎮魂歌(レクイエム)が、亡くなった誰かを追悼(ついとう)するための音楽であるのなら、少なくとも連邦軍がどこかで大勝利をおさめたということは無いだろう。

 他人の不幸を喜ぶのは良くないというのは知っているが、王国の命運をかけた反攻作戦が失敗したわけでは無さそうだと分かって、僕は嬉しかった。


 鎮魂歌(レクイエム)の演奏が終わると、今度は、連邦の要人によるらしい演説が始まる。

 やはり、連邦の言葉での演説で、僕には意味が分からない。

 外国向けのプロパガンダ放送の周波数ではあったが、どうやら、連邦国内へと向けた放送に今回は使われている様だった。

 おそらく、大陸全土に放送できるような放送設備が、プロパガンダ放送用のものしか無いのだろう。


「ほぅ。どうやら、連邦軍のエースパイロットが戦死したということらしいぞ」


 放送の内容の分からない僕に気を使ってくれたのか、シャルロットが簡単に演説の内容を教えてくれた。


「4日くらい前の戦いで、2機以上の王立軍機に攻撃され、部下を逃がすために自ら殿(しんがり)を務めて乗機を撃墜されたらしい。どうやら、連邦では高名なパイロットだったらしいな。「国民の英雄」とか、「民主主義の模範」などと言っているな」


 僕は、「部下を逃がすために自ら殿(しんがり)となって撃墜された」という部分に心当たりがあった。

 僕が不時着することになった日の空中戦で撃墜した敵機が、ちょうど、そんな状況だったからだ。


「しかし、その、連邦の英雄殿を撃墜した機の内の1機は、戦いの後に墜落したそうだ。天使の羽を部隊章(エンブレム)として描いているそうだぞ。ほほぅ、墜落したのはこの街の近くの様だな。連邦ではその墜落した機のパイロットを必ず探し出して、見せしめにしてやると言っているな。ということは、友軍機のパイロットはまだ連邦軍には捕まっていないということか。……どこかで、聞いた様な話だな? 」


 シャルロットとゾフィの視線が、ラジオから僕へと向けられる。

 僕は黙っていたが、彼女たちと全く同じ見解だった。


 演説は最初、戦死したパイロットへの哀悼(あいとう)の意を示すためか暗い口調だったが、今では連邦軍の将兵と、連邦の国民全てを鼓舞し、連邦にとっての英雄であったパイロットを戦死させ、現在でも逃走中の王立軍のパイロットに対する敵対心を煽(あお)り立てる様な、激しい口調のものとなっている。

 英雄の死を触媒(しょくばい)として、連邦中を再び戦争の遂行のために団結させ、戦いへと駆り立てようという政治的な意図が見える様だった。


「連邦では、逃走中の王立空軍のパイロットに賞金までかけるそうだぞ。おっと、ミーレス、これは、凄い大金だぞ。いっそのこと、我々でそのパイロット殿をひっ捕らえて、連邦に売り渡したくなるくらいだ」

「……。いくらですか? 」


 シャルロットが言っていることは冗談だとは分かってはいたが、僕は、連邦軍が逃亡中の王立空軍のパイロットにかけたという賞金の額をたずねていた。

 どれほどの賞金がついたのか興味があったからだ。


 連邦にとっての英雄であったパイロットを撃墜し、戦死させたのは、おそらく僕らで間違いない。

 僕は、あの日、確かにそのパイロットが戦死する瞬間を目撃している。


 連邦にとってそれほど貴重な人材だとは知らなかったが、確かに、尊敬に値するパイロットではあった。

 その技量は素晴らしく、もし叶うのなら、その教えを受けたいと思わされたほどだ。


 僕らがそのパイロットを倒すことができたのは、彼がたった1人だったのに対し、僕らが多数だったからだ。

 僕だってその撃墜に貢献したとは思うが、最終的に彼を討ち取ったのはライカだし、レイチェル中尉やカルロス軍曹の援護が無ければ不可能なことだった。

 連邦軍が僕に賞金をかけるというのも少し的外れなもので、もしどうしても賞金をかけるというのなら、僕ら、301Aのパイロット全員にであるべきだろう。


 だから、僕がシャルロットに賞金の額をたずねたのは、後で話のタネにでもなればという、そんな軽い気持ちからだった。


 シャルロットは親切なことに、連邦の通貨単位を、王国の通貨単位に換算(かんさん)して賞金額を教えてくれる様だった。

 だが、現在の為替(かわせ)がどんなものかが分からなかったらしく、ゾフィとあれやこれや話し合って確認をしている。

 戦争中で、連邦と王国の間の経済活動は一切停止しているから、為替(かわせ)も何も存在し無くなっているのだが、それをどんな風に扱うかを話し合っている様だ。


 僕は待っている間、自分が賞金首になったということで緊張してしまい、乾いた喉を潤(うるお)そうと残っていたお茶に口をつける。

 だが、それは、悪い選択だった。


 何故なら、シャルロットが計算を終えて僕に教えてくれた金額があまりにも高額で、僕は驚きのあまりお茶を飲みそこなって、激しく咳き込むことになってしまったからだ。


 驚いた。

 本当に、驚いた。


 連邦が僕にかけた賞金の額は、フィエリテ市の一等地に庭付きの豪邸を建て、使用人を何人も雇って一生遊んで暮らしても使いきれない様なものだったからだ。


※作者注

 連邦の演説は、「立てよ国民! 」的な内容です

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