13-10「出撃」
作戦会議の翌日。僕らは、夜が明ける前から出撃の準備を開始した。
昨晩、早めに就寝していた僕らはまだ深夜と言っていい様な時間に起きると、簡単な朝食をとって身だしなみを整え、僕らの機体へと向かった。
駐機場には、整備班が準備してくれた僕らの機体が、整然と一列に並んでいた。
すでに暖機運転が開始されており、エンジンとプロペラの回る小気味よい音が辺りに響いている。
エンジンはいつになく快調な様だ。
今回の作戦は、ベルランにとっての航続距離の限界で行われるものだった。だから、整備班がいつもよりも気をつけて整備してくれているのだろう。
ベルランの戦闘行動半径は最大で300キロ程度とされており、僕らが出撃するフォルス第2飛行場から、攻撃目標となるフィエリテ第1飛行場までちょうど300キロほどの距離がある。
実際には、航法のズレや風向きの影響などを受けるから、ベルランに搭載されている30分の予備燃料もすっかり使い果たすことになるだろう。
この、ベルランの航続距離限界ぎりぎりの長距離進出のために、今回、僕らの機体には特別に、オクタン価100の高品質燃料が供給されていた。
王立空軍では航空機用のガソリンに主に4つの規格を定めている。オクタン価87のG(グレード)1燃料、オクタン価92で普段僕らが使っているG2燃料、オクタン価95のG3燃料、そして、今回僕らの機体に使われている、オクタン価100のG4燃料。
王国の国内の石油精製設備では、G1燃料からG3燃料までを国産することができた。だが、G4燃料は技術的な問題で国産するまでには至っておらず、全て外国からの輸入品となっている。
当然、王国にとっては貴重な高品質燃料だった。戦争が始まってから貿易も滞っていたから、なおさら貴重品になっている。
その貴重なものが、今回の作戦では大量に用いられることになっていた。
僕らだけではなく、僕らに続いて連邦軍へと攻撃を加える他の部隊にも、G4燃料が供給されている。
今回の作戦で、王国がこれまでに備蓄してきたG4燃料のほとんど全てが使い果たされる予定となっていた。
それだけ、王国はこの反攻作戦を重視していた。
兵力面で決して連邦や帝国に絶対に優越することのできない王国が、この戦争で勝利を得るためのきっかけを作れるかもしれない、数少ないチャンスだからだ。
そして今回の作戦は、王国にとっての最後のチャンスになるかもしれない。
整備班の尽力(じんりょく)と、高品質のG4燃料のおかげで、僕らの機体はいつも以上の働きを見せてくれるだろう。
後は、僕らパイロットが、この最高の状態をどれだけ生かせるかだ。
出撃はまだ暗いうちに開始されるため、僕らは暖機運転が終わるまでの間、夜空を見上げて、暗闇に目を順応(じゅんのう)させていく。
ちょうど暖機が終わる30分程かけると、僕の目は暗闇に慣れ、薄らと夜の闇の中でも周囲の確認ができる様になっていた。
いよいよ、出撃の時間になった。
《時間だ。301A各機、準備はいいか!? 》
レイチェル中尉の鋭い声が無線越しに聞こえてくる。さすがの中尉も、今回の任務には緊張している様子だった。
《こちらカルロス軍曹。全て異状なし。発進準備良し》
《こちらジャック一等兵。問題ありません》
《アビゲイル一等兵、同じく問題無し》
《ライカ一等兵、準備出来ました! 》
《ミーレス一等兵、発進準備完了しました》
《よぉし、いいだろう! 管制塔から許可も下りた。これより出撃する! 全機、離陸を開始せよ。上空でベイカー大尉たちと合流後、フィエリテ第1飛行場を目指す。連邦の奴らに一発ガツンとお見舞いしてやるぞ! 》
《《《了解! 》》》
レイチェル中尉の言葉に答え、僕らは離陸を開始した。
身振りで合図して整備班に車止めを外してもらい、レイチェル中尉を先頭に、駐機場から誘導路へと進入して、滑走路へと向かっていく。
出撃を開始する僕らを、基地に残る301Aの部隊の人員が総出で見送ってくれた。彼らは僕らに向かって手や帽子を振り、頑張れよ、とか、帰って来いよ、とか、思い思いの声援を送ってくれる。
今回、ベイカー大尉の202Bが僕らの誘導もしてくれるので、飛行性能で劣るプラティークの出撃は無かった。今や敵地の奥深くとなってしまったフィエリテ市の周辺まで進出することは、プラティークにとってはあまりに危険なものとなっている。
だから、ハットン中佐やクラリス中尉、アラン伍長は今回、僕らを見送る側だった。
ハットン中佐は大きくゆっくりと右手を振ってくれている。クラリス中尉は心配そうに胸の前で両手を組みながら祈ってくれている。アラン伍長は勢いよく両手を振って、精一杯の応援をしてくれている。
自然と、僕の身体には気合が入った。
僕らのことを、これだけの人々が応援し、そして、その生還を願ってくれている。
これ以上、心強いものは無いだろう。
やがて僕らは誘導路の端にまでたどり着き、滑走路の手前で一度機体を停止させた。そこでもう一度管制塔からの指示を待ってから、順番に滑走路へと進入していく。
フォルス第2飛行場の滑走路は、十分な長さがあるだけでなく、その幅も広かった。僕らが乗っている様な戦闘機であれば、2機が並んで離陸できるほどの広さがある。
僕らは普段、飛び立ってから編隊を組むが、今回はこの滑走路の幅を利用して、2機一組の分隊を地上で組んでから離陸し、少しでも上空で編隊を組む時間を短縮することにしていた。
ベルランの航続距離ギリギリの作戦となるから、少しでも燃料に余裕を作ろうという精一杯の工夫だった。
全機が滑走路へと並び終わり、隊形を作り終わると、僕らは管制塔と最後のやり取りをして、滑走を開始した。
やはり、今日の機体はいつもよりもさらに調子がいい。僕らの機体はそう体感できるほどの加速を見せ、力強く大地を蹴(け)って、夜明け前の空へと飛び立った。
空はまだ暗く、星が見える程だったが、目を暗順応させたおかげと、灯火があるために僚機(りょうき)の位置は何とか分かった。
僕らは6機で編隊を組むと、灯火管制下にあり暗闇に包まれたフォルス市の上空で旋回(せんかい)し、ベイカー大尉率いる202Bが姿を現すのを待った。
202Bは、予定時間に正確にやって来た。僕らは202Bと無線でやり取りをし、地上の管制塔からの指示を受けながら無事に合流を果たす。
そして僕らは、進路を10、北北東に取り、高度4000で攻撃目標へと向かった。
敵から発見されることを少しでも遅らせるために灯火が消され、暗順応した目でかろうじて見える機影と計器を頼りにした飛行へと入る。
攻撃目標であるフィエリテ第1飛行場は、フィエリテ市の西側、僕らから見て北北西にある。それなのに真っ直ぐ向かわず、進路を北北東に取ったのは、連邦側が僕らの攻撃目標を簡単に判別できない様にするためだった。
それに加えて、攻撃目標になっているバンカーが、東向きに開口部を持っていることもあって、攻撃はフィエリテ第1飛行場の東側から実施されることになっていた。
僕らは途中で進路を西側へと切り替え、朝日を背にしながら、攻撃を加える腹積もりだ。
連邦軍は必ず、僕らの攻撃を阻止するために対応してくるだろうと、僕らは予想している。
王立軍が得ている情報によると、連邦軍はフィエリテ市周辺を防衛するため、フォルス市へ向かって早期警戒網を構築しているとのことだった。
その警戒網は、防空用のレーダーと、人間の耳目を利用した監視哨によって構成されている。仕組み自体は、王立軍が構築している警戒網と同じ一般的なものだ。
僕らの接近は、連邦軍によって探知されることになるだろう。
だが、僕らにとって幸いなことに、連邦軍がフォルス市へ向かって構築した警戒網は、未完成であるらしかった。
急速な進撃が実施されたために監視哨の前進と設置が十分なものではなく、連邦軍を攻撃しようと向かっていく僕らの進路を、連邦はまだ正確には把握(はあく)することができない。また、防空用のレーダーも、十分な数が設置されていないために、僕らを素早く、正確に迎撃することは困難なはずだった。
今はただ、そうであって欲しいと祈る他はない。
僕らは、王国にとって貴重で、唯一になるかもしれない機会をこの手につかむために、かつての僕らの首都であり、家であったフィエリテ市へと向かって飛んだ。
誰もが、無言だ。
事前の打ち合わせで僕らが何をやるべきか、全て頭に叩き込んでいたし、今更、何かを確認する様なことは無い。
僕らはただ、目の前の任務へと集中し、どうやってそれを成功させるかにだけ、注意していた。
連邦軍は、もう、僕らの出撃を察知しただろうか。
攻撃目標の上空に到着した時、連邦軍機は僕らの迎撃に飛び立っているのだろうか。
防空レーダーや監視哨から報告が上がり、最速で行けば僕らの接近を確認してから30分後には迎撃の連邦軍機が離陸を開始する。そして、迎撃の戦闘機が全て離陸して上空で編隊を組み、僕らを迎撃するために十分な高度を取るのに、さらに20分程度はかかるはずだ。
最短で行けば、僕らが攻撃目標に到達する前に、連邦の迎撃機が態勢を整えてしまう計算になる。
僕らが攻撃目標へ向かって飛び始めたのを連邦軍の警戒網が察知するのは、僕らが目標へ向かい始めてから少し遅れるはずだった。その遅れがどの程度になるかは分からなかったが、運が良ければ、タッチの差で連邦軍機による迎撃より先に攻撃を加えることもできるだろう。
きっと、僕らは敵機よりも先に目標の上空へと進入できる。
僕はそう自分に言い聞かせたが、自然と、僕の目は空を見回し、どこかに敵機の姿が無いかを探してしまう。
敵機が飛んで来るかもしれない時間は、どんなに敵の対応が速くても、まだまだ先のはずなのに。
作戦を成功させる。その自信はあった。
だが、どうしても、不安が僕の頭の中でつきまとう。
僕は、何としても、この任務を成功させたかった。
僕らを応援し、見送ってくれた人々や、故郷を失ったたくさんの人々のために。
その強い思いは、焦燥感となって、僕の心にくすぶっている。
僕は、自分を落ち着けるために、深呼吸をした。
そして、かけがえのない仲間たちを信じるのだと、強く念じ、自分に自分で言い聞かせた。
僕らなら、きっと、うまくやれる!
そうだろう? ミーレス!
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