5-7「開戦」

 バンカーの中に、戦いを終えた2機のエメロードⅡが並んでいる。

 レイチェル中尉が乗っていた1機、機体番号283番はほぼ無傷で、整備員たちがすぐさま再飛行可能な状態にまで仕上げていた。

 だが、もう1機の生き残り、機体番号279番は、見た目以上の損傷を負っていた。エンジン部分に被弾をしていたらしく、修理には時間を要するらしい。着陸するまでよくもったものだと、整備員の1人が感心していた。


 この日の空戦で、空中に飛び上がることに成功した5人のパイロットの中で、唯一の生き残りとなったレイチェル中尉は、バンカーの脇で、不機嫌そうな表情で煙草を吸っている。


 279号機に乗っていたパイロットは、被弾した際の負傷が原因で、戦死した。

 着陸した後、彼は救助されたが、その時にはすでに、出血多量でこと切れていたのだ。

 今も、279号機の操縦席にはべっとりと彼の血糊ちのりがこびりつき、幾人かの整備員が悲しそうな表情で清掃を行っている。

 その他の撃墜された機のパイロットも、すぐさま救助が行われたが、その場で死亡が確認されている。


 えて肯定的な評価をすれば、僕らは、善戦したと言えるだろう。

 敵から奇襲攻撃を受け、その不利な状況の中で反撃し、3機の敵機を撃墜したのだから。


 だが、そんなものは欺瞞ぎまんでしかない。


 空戦で、こちら側は3機の敵機を落とし、その他にもいくらかの損傷を与えたが、その代償として、3機の戦闘機が空中で撃墜された。飛び立つことさえできなかった機体のことも考慮すれば、一方的な敗北だと断言できる。


 今も、基地には火の手が上がっている。


 空襲から数時間が経過し、多くの火災が消し止められはしたものの、航空燃料用のタンクの火災は未だに激しく燃え続けている。基地の消防設備だけではとても足りず、フィエリテ市内からも消防車が増援で駆けつけてきたが、あまりの火勢の強さに遠巻きに火を眺めることしかできずにいる。


 消火に成功した区画も、ほとんど元の機能を残していない。

 配備されていた航空機は全滅と言って良い状況だったし、航空機の稼働を維持するために必要な予備部品や補充品の多くも失われてしまっている。

 被害は基地の一般的な設備にまで及び、僕が寝起きしていた宿舎の部屋も、今は跡形もなく吹き飛ばされ、焼け跡からようやく写真を数枚、掘り出せただけだ。


 もっとも、それでも僕は幸運ラッキーだった。

 それも、とてつもない幸運ラッキーだ。


 何故なら、この爆撃で、宿舎にいた多くのパイロットと、パイロット候補生が死傷してしまったからだ。

 飛行禁止令が発令されていた僕らパイロットは、待機状態にあった。自主的な訓練を行う者もそれなりにいたが、多くは宿舎で待機していたのだ。

 そこを爆撃が襲った。


 その時僕は宿舎にいなかったおかげで、こうして無傷でいる。

 これは、とてつもない幸運ラッキーだ。


 僕は自分の無事を喜びながらも、目の前で起こったことを受け止めきれずにいる。

 機体の損失だけならまだしも、こんな形で、仲間を失うことになるなんて!


 僕は、やるせない気持ちでいっぱいだった。


 だが、僕らにはやるべきことが山積みだ。


 まず、負傷者を助け出さなければならなかったし、次いで、基地の機能を少しでも復旧させるべく、瓦礫がれきを撤去し、滑走路を埋め戻し、使える物をかき集めなければならなかった。


 あれから敵機は姿を見せてはいないが、再びやって来るだろうことは明白だ。

 その時に備えて、出来得る限りのことをしなければならないだろう。


 突然行われた攻撃に、誰もが半ば放心状態だった。

 多くの者が、王国は中立なのだから、このような攻撃は起こり得ないと考えていたのだ。


 僕自身は1週間前に実戦を経験したが、この様な本格的な攻撃が起こることまでは想像できていなかった。


 皆、程度の差はあるが、突然の事態にショックを受けていた。

 頭の中に、ぼんやりとかすみがかかっている様な感じだ。感性や思考が鈍くなっている。


 だから、仲間や住処すみかを失った悲しみもまだ、表面化してきてはいない。

 ただ、ただ、黙々と、目の前に山積みなったやるべきことをこなしている。


 それ以外には、まだ、何も考えられないのだ。


「おーいっ、みんな! ちょっと、集まれ! 」


 そんな呼び声を耳にしたのは、滑走路に開いた大穴を埋めるために、みんなでありの群れの様になって土を運んでいた時だった。


 声をあげたのは、すその焦げた軍服を身にまとった兵士で、瓦礫がれきの中から使える物を掘り出す作業に当たっていた1人だった。

 何事か、と手を止めて彼の方を見ると、彼の足元に1台のラジオがあるのが目に留まった。王国中でどこでも使われている大衆ラジオだった。


「これから、政府の公式放送がある! 重大な発表だってよ! 」


 兵士のその言葉に、最初、作業に当たっていた人員はぼんやりとした視線を向けていただけだった。だが、1人がラジオの方へ向かうと、次々とラジオの周りに集まり出し、人だかりができていく。


 こんな状況だから、みんな、少しでも情報が欲しいのだろう。

 僕も、少しでも何が起こっているのかを知りたい。

 僕は、一緒に土まみれになって作業をしていたジャック、アビゲイル、ライカと視線を交わすと、作業を中断して、大勢と一緒になってラジオの周りに集まった。


 ラジオは、その場にいる多くの人々と同じ様に、すすこけてみすぼらしかったが、生き残っていた電源に有り合わせの配線でつながれ、ちゃんと動いていた。多少、雑音は混じっているが、十分に聞き取ることができる。


 放送が始まると、兵士が集まった人々すべてに音声が届くようにボリュームを最大にまで上げた。


《親愛なる国民の皆さん。これは、連合王国政府の依頼による、公式放送です。これは、連合王国政府の依頼による、公式放送です。我が国にとって、重大な事態が発生いたしました。非常に重大な事態が、発生いたしました。……本日、正午、我が国は、連邦、および帝国から、宣戦布告を受けました。り返します。王国は、連邦と帝国の双方から、宣戦布告を受けました》


 アナウンサーの声は、緊張し、少し早口になっていたが、同じ内容を2回ずつり返してくれるので、誰の耳にもその内容ははっきりと伝わった。

 ざわ、ざわ、と、放送を聞いている者たちに、動揺が広がっていく。


「お、おい、今、冗談だよな? 帝国だけじゃなく、連邦からも宣戦されたって? 」


「いや、でも、はっきり聞こえたぞ!? 」


 僕らの動揺をよそに、放送は続く。


《現在、我が王立軍は、西部国境、東部国境で、侵入してきた連邦軍、および帝国軍と交戦中です。また、首都、フィエリテ市近郊の空軍基地、西部国境、東部国境付近の空軍基地も相次いで攻撃を受けました。これを受け、政府は、全軍に臨戦態勢を取る様に指示し、自衛のために必要なあらゆる手段を展開することを命令しました。また、国防計画に基づき、総動員令を布告することを決定いたしました》


 僕らの動揺は、いつの間にか、風が急に凪いだ様に静まっていた。


 僕らは、攻撃を受けた。

 それは、はっきりとしていることだ。

 だが、敵は、帝国だけではない。連邦からも攻撃されているというのだ。


 事態の深刻さに、誰も、言葉も無かった。


《全国民の皆さん。我が王国は、本日をもって、戦時へと突入しました。もう1度申し上げます。これは、戦争です! 我が王国の中立は、無残にも踏みにじられたのです! 》


 アナウンサーの、悲痛さの混じる放送。


 僕らは、誰もが受け入れざるを得なかった。


 王国の平和は、終わったのだ。

 僕らは攻撃を受け、そして、現在、連邦、帝国の双方から侵略を受けている。


 り返される大陸での動乱の中で、王国は数百年、平穏を保って来た。

 誰もが、王国とはそういう場所であり、これからもそれが続くのだと、信じて疑っていなかった。

 王国には、単なる概念としての中立ではなく、現実の中立国家として存立するための備えがあった。国民皆兵を基盤とした強固な軍事力と、その軍事力を国防以外には一切使用しないという、断固たる意志と行動だ。

 国民全員で作り上げたその備えは盤石で、その備えがあるが故に、王国の中立は永遠であると、誰もが錯覚さっかくしていたのだ。


 だが、実際には、いとも簡単に打ち崩された。


 それは、僕らの慢心まんしんまねいたものなのだろう。

 大陸に存在する大国の狭間はざまで、平和を保って来たという歴史に根差したおごりと、自分たちが作り上げた備えへの過信。

 そして、国際法を遵守じゅんしゅし、自己の持つ武力を自衛以外には用いないという断固たる意志を示せば、大国が相手であろうと王国の中立を尊重せざるを得ないだろう、無視することなんてできないだろうと、高をくくっていた。


 僕らは、誰も、彼も、僕自身も、何と、愚かだったのだろう!


 王国は、長い、長い安眠から、目覚める時が来たのだ。

 悠久ゆうきゅうの太平の夢から、切り裂かれる様な現実と、向き合わなければならない時が来たのだ。


 これは、戦争だ。


 王国の戦争だ。


 そして、僕自身の戦争だ!

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