24.かなとなお 三

「なおくん、いない?」


 かなちゃんもこちらを認めて、僕たちのところになお君がいないことに気づいたのだろう、明るかった表情に影が落ちる。

 もしかすると千佳達も、なお君が見つからないことをかなちゃんに『別のコースにいるんだよ』、『お兄ちゃんたちが見つけてくれてるよ』と慰めていたのかもしれない。

 しかし、なお君は見つからず、上についてしまった。かなちゃんはうつむきがちに、ぎゅっと小湊さんの手を握っている。急に心細くなったのかもしれない。

 そんなかなちゃんに小湊さんは、手を繋いだまま、しゃがみこんで覗き込むように顔を合わせた。


「大丈夫! きっと、なお君もかなちゃんのこと探してるって!」


「ほんとう?」


 かなちゃんは小首をかしげ聞き返す。


「本当」


 小湊さんは微笑ほほえむとかなちゃんの頭を優しくでる。


「これだけかなちゃんが探してくれてるんだから、なお君だってかなちゃんのこと、頑張って探してくれてるよ」


「……うん!」


「いい子、いい子」


 小湊さんはさらにかなちゃんの頭を二、三度撫でる。かなちゃんの表情からはもう、暗い影は消えていた。

 ただひたすらに小湊さんが頼もしい。

 もしこの場にいたのが僕だけで、かなちゃんのような迷子がいたとして。僕だけだったらとてもじゃないが上手く出来るとは思えない。

 泣きそうな子供を前にして僕は、というか須藤もそうかもしれないけれど、どのように接すればいいのか全く想像がつかない。

 ふと須藤を見る。

 なにか誇らしげな表情で小湊さんを見て笑っている。


「祐司さん」


 千佳の声に、はっとして前を向く。するとかなちゃんと小湊さんもこちらのことを待っていた。


「あぁ、ごめん。えっと、三つのコースそれぞれに分かれたけれど、その全てのコースでなお君を見つけることは出来なかった。かといってコースから外れて山を降りていくとも考えづらい。だから」


「この先の頂上にいるってことね!」


 小湊さんの声に、かなちゃんの表情がぱっと輝く。


「そっか! おねえちゃんかしこい! はやくはやく!」


「待って待って、まだお話の途中だから」


 手を引っ張るかなちゃんを押しとどめ、小湊さんがこちらに続きをうながした。


「……、いいよ、行こうか」


 一瞬、もう少しだけ話そうかとも思ったけれど。

 喉の奥に飲み込んでかなちゃんに応えた。


「やったあ! はやくはやく!」


「うん、転ばないようにね?」


 小湊さんはジャンプして喜ぶかなちゃんをつれ、笑顔で坂を上りだす。

 五人揃って頂上への坂道を上っていく。

 本来なら、今は屋根だけが見えている茶店のことを小湊さんや千佳にも話し、そこで監督しているだろう先生に事情を説明しよう、と。

 そのように話そうと思ったけれど、先生うんぬんは僕たちの問題で、かなちゃんには直接関係のない話だ。

 今はかなちゃんの気持ちを優先するべきだろう。

 屋根だけが見えていた茶店も、坂を上るごとにその姿を表して、さらにその奥、展望台と、眼下に広がる街並みが見て取れた。


「っと、先生だ。今度は俺がハンコもらってくるわ。それからかなちゃんのことも俺から話してくるぜ」


 合流前に話していた、先生への事情説明も須藤がかって出てくれるらしい。


「それは助かるけど……。大丈夫か?」


 かなちゃんから聞き出せたことは少ない。


「ま、放送なり迷子センターなり、そっから先は先生がうまいこと段取りしてくれるんじゃね?」


「まぁ、そうか。それじゃそっちは任せた。こっちはこっちでなお君探しに戻るから」


「おう! っと、相楽さん。ハンコの紙もらえる?」


 千佳からチェックポイントの用紙を受け取った須藤は、グループから外れ先生のいる茶店の軒先へと向かう。


「あ! なおくんだっ!」


「え?」


 弾むような声に顔を向けると、かなちゃんは満面の笑みで展望台の一方向に指を差していた。


「え、どこどこ?」


「お、見つかったのか?」


 手を繋いでいる小湊さんが指の先を辿り、須藤がきびすを返す。


「ほら、あそこ!」


 精いっぱいに伸ばされた小さな指は、けれどしっかりと展望台の先を差しており。その先に目をやると、一人の男の子が歩いている姿が見えた。あれがなお君か。


「なおくーん! こっちこっち!」


 かなちゃんが大声で呼び手を振った。けれどなお君はずんずんと歩いていく。


「なおくーん! きこえないのー!?」


 なお君の確かな足取りは、展望台の突端へ向けられている。


「なおくーん!」


「ぁ、かなちゃんっ」


 かなちゃんが小湊さんの手を離し、なお君の下へ駆け出した。


「なおくんってばー!」


 視線の先、なお君は崖際がけぎわに近づいていく。なお君の向かう先に目を向けると、黄色い帽子が転落防止柵の柱に掛けられていた。


「おい、まさか」


 須藤の呟きが聞こえた。


「え」


 小湊さんの息がこぼれた。


「なぁおーくーん!」


 かなちゃんは、気づいていない。

 視線の先、なお君は柵に辿りつくと、その柱の上に掛けられた黄色の帽子をじっと見上げる。

 展望台の端と端、こことなお君のいる場所は三十メートルほどの距離。近くにいる観光客は大型のカメラでファインダー越しに景色を眺め。別のクラスだろうか、学生グループは景色を背に柵に寄りかかり、スマホで自撮り写真を撮るのに夢中のようだった。

 誰も、柵を掴み、足をかけるなお君に気づいていない。


「っ」


 息を呑む音がした。時間が延びているように感じる。走馬灯のようなスローモーションの光景に、なお君の一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくがくっきりと映り。


「――――!」

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