99.気遣い 一

「いや、それが……」


 俺もそれには気づいていた。しかし、それを言い出すことは俺には難しかった。


「なによ、どうかしたの?」


 どうもしていない。ただ感心しただけだ。一人残された俺と比べ、上手くハけたな、と。


「さっきまでそこにいたんだけど、何か用が出来たんじゃないか?」


「ふぅん、そうなんだ」


 そんなに心配することはないだろう。

 本当になにか起こったなら俺に一言あるはずだ。千佳のことだから、たんに戻るタイミングを計っているだけだろう。


「呼ばれました?」


 ほらきた。

 声に振り向くと、その手に大きな袋を提げた千佳がいた。


「あ、どこ行ってたの、相楽さん? それは……?」


「ちょっとゲンジさんから電話ありまして、当日の制服だそうです」


 千佳が袋を広げると、人数分だろう、黒いシャツとハチマキが入っているのが見えた。


「お~」


 そのなかのひとつを手に取り、目の前でぱっと広げてみる小湊さんはそれをめつすがめつ眺める。


「よし、それじゃ明日はこれ着て試し焼き、するからね! 今日はこれまで、明日も気合いれてこー!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る