95.天狗の飛びそこない 二

「って言われてもな」


 二人の時ならいざ知らず、ここには須藤の目もある。コイツの前で小湊さんに、可愛いとか美人とか、そういう茶々を入れるのは余計なヘイトを集めるだけな気がしていた。


「もう、そんな変な気まわさなくていいんだからねっ!? ってか突っ込んでくれないとこっちが困っちゃうんだから! 分かった?!」


 ここまで取り乱すとは……。


「あ、あぁ、次からはそうする」


 あまりの剣幕に思わず後ずさりしていた。


「で?! アンタの方はどうだっていうの?!」


 照れ隠しの矛先が須藤に向かう。俺が時間稼ぎになり、その間に覚悟を決めたのだろう。猛獣のようにかかっていく小湊さんを、須藤はあえて一歩踏み込み真正面から受け止めた。


「だって可愛いから」


 そのまま須藤はゴールを決めた。


「なっ?!」


 その強気な姿勢に虚を突かれた小湊さんは、一瞬大きく目を見開いてたじろいだ。


「嘘じゃねぇ、俺、小湊さんのこと、好きだし……。いや、迷惑だってのは分かってんだけどさ!? それでも俺、やっぱ好きなんだわ……」


「……っ、……!」


 唇を戦慄わななかせる小湊さんは、まだ赤くなれたのかと驚くほどに、ぼっと羞恥に頬を染め。ぎゅっと服のすそを握って固まった。


「その、さ。俺、諦めねぇから!」


「~~っ! ~~~~!!」


 それがどの感情なのかは分からない。歓喜、困惑、羞恥、幸福。かわるがわる押し寄せてきているであろう感情の波に、小湊さんは体を震わせ耐えていた。

 お、おぉ……。

 あおったのは俺の方だが、見ているこっちまで恥ずかしくなってきた。ってかこれ見てていいヤツなのか? すげー邪魔じゃないか俺? でも今さら俺も動けねぇ!


「……」


「……っ」


 祭の設営準備が済んで、人もまばらになりだした夕暮れ時の境内に。緊迫した、けれど甘い空気が漂っていた。

 今この時、この場所は二人だけの空間だった。あの日……、小湊さんが俺を脅して共闘を迫ってきた日が懐かしい。

 黒歴史なんて弱みも握られたりしたが、あれから小湊さんには助けられてばかりだった。なのに俺はといえば自分のことばっかりで、なにも返せていなかった。

 まだ始まってもいない夏祭りを捨てさせるわけにはいかない。

 解散後、個別で須藤だけ呼び出して話をした。上手く誘導したつもりだが、上々の結果を得られたと思う。

 小湊さんが望んだ屋上階段のやり直し。

 それを今、最高の形で提供できたはずだ。ここで小湊さんが『諦めなくていいから』とでも言ってオーケーしたら文句なしのカップル成立になる。

 しかし、小湊さんは動かない。須藤もなんかぷるぷるしだしたし、いかんせん長すぎやしないか?


「あ……」


 お、ついにか。これで俺も、なんの憂いもなく祭りに臨むことができる。


「あ?」


 聞き返した須藤は当然心臓バクバクだろうが、俺もその決定的な一言を前にグッと力が入ってしまう。


「アンタなに見てんのよーっ?!」


「おぉう?!」


 次の瞬間には綺麗な右ストレートが俺の腹に打ち込まれていた。


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