80.玉子串 四 

 昼も過ぎ、フードエリアの人の流れは緩やかになっている。丼物や麺類のテントの前に人はいないが、代わりにベビーカステラなどの軽食を扱う店の前に人が集まっていた。


「電球ソーダ、タピオカ、チーズドッグ、七色綿菓子と……」


 今流行りというか、若者向けの店も多いな。電球ソーダや七色綿菓子は、前に仮決めの地図で見たなかにもなかった気がする。インスナ映えというのだろうか、見た目が派手で色とりどりなフード店がここにはいくつもあった。

 けれど田舎の夏祭りでは、毛色の違いから浮くような気がしてならない。そんな意味では玉子串は素朴な感じで新しくも受け入れやすいと思われる。今さらだが、その点でも玉子串に選択したのはベストチョイスだったように思える。


「あ、ありました!」


 千佳が指さした先、でかでかと玉子串と書かれた屋台があった。人の入りはぼちぼちといったところだろうか。店に近づくにつれ甘い匂いが鼻につき、やはりこの独特の匂いは人を集める。


「っしゃいませー! ご注文ありましたらいつでもどうぞー!」


 レジスタッフの横では、ハチマキをつけた男性が溶き卵を角型フライパンに落とし、ジュウジュウといい音を出しながら調理している。


「目の前で焼いてるの見ると、余計にうまそうに見えるな」


 ぷりぷりっとした巻き玉子が出来ていく様は見ているだけでも楽しい。今のうちに作り貯めしているようだ。店頭には、よくコンビニのレジ横で見かける肉まんやフランクフルトの保温機が置かれている。千佳は口元に手を当てながらそれを覗き込む。


「こちらではプレーン、出汁、おろし大根の三種類なんですね」


 ライトに照らされる玉子串は色ツヤもさらにプラスされ、それだけでもかなり目が惹かれる。


「せっかくだから注文するか。千佳はどれにする?」


 一応すべて揃っているが、昼にどれだけ出たのだろうか、積まれているというほどもなく、どれがよく出ているのか分からない。


「ではおろしで」


「わかった……。すみません、注文いいですか? おろしひとつと出汁一つ、お願いします」


「はいよ! おろしいち、出汁一になりまーす!」


 保温機から取り出された玉子串は一本ずつ舟皿に移された。さらにそこからおろしには、串が隠れるほどこれでもかとおろし大根が積まれ、つゆが一掬いかけられた。


「へい、こちらお待ちどうさまです! おろしはずっしりしてるのでお気をつけくださーい!」


「どうもです」


 うぉ、確かにこれは重いな。一度フードコートに戻り、実食に移る。


「では串を抜いて、っと」


 なにをするのかと思いきや、千佳は串を使って出汁とおろし、それぞれを二つに切り分けた。


「って結局そうするのかよ」


 スタッフに聞いた意味!


「いいじゃないですか。それよりおろし、さっぱりしてて食べやすいですよ?」


「舟皿なのも目立つし、紙コップはやめにした方がいいな」


 この舟皿でも食べ歩きはできるし、なにより見た目の存在感が段違いだ。


「メニューにおろしを加えてもいいかもしれません」


「出汁の方もかなり甘いぞ。けどちょっとあれだな、こっちは喉が渇くな」


 色々と考えることが出てきたか。今度また集まるときにそのことを相談する必要がある。

 食べ終えた後、もう一度クラフトエリアを歩いたが、結局手ぶらで家路についた。千佳のお眼鏡に叶うモノがなかったからだが、帰り道の満足げな表情から今日のエスコートは成功したと思える。そうやって、攻めに出た一日は終わりを迎え、また一日、夏祭りへと近づいた。

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