47.新しい朝 三

 このままぼうっとしていたい気もしたが千佳が待っている。部屋を出て洗面台に向かう。居間は台所と繋がっており、そこにはエプロン姿の千佳がいた。トントントンときゅうりを切りきざんでいる。


「冷やし中華?」


 片手鍋が火にかけられており、ぐつぐつと沸騰していた。

 まな板の隣には、すでに千切りされたハム、玉子焼き、スライスされた大玉トマトが小皿に分けられている。


「えぇ、夏ですから」


 手は止めず、刻み終わったきゅうりをまな板から小皿に移す。すでに開けられていた麺を鍋に落とし、箸でほぐしながら皿を用意する。


「冷やし中華とか冷蔵庫になかっただろ」


 野菜はあったと思うけど……。そう思いながら冷蔵庫を開けた。見事なまでに何もない。あと入っているのはシーチキンの缶と、マヨネーズやカラシのチューブくらいだ。


「えぇ、でもそれだけあれば上手く作れそうでしたので。祐司さんは寝てられましたし、ちょっと帰って持ってきました」


 なんとも手際の良いことで。まぁ、田を挟むがお隣さんで、千佳の家までは徒歩三分もかからない。

 シーチキンの缶を取り出しわんにあけ、マヨネーズとえる。


「ご飯にしようかと思いましたが、こちらの方がいいかと」


「まぁな」


 ざるを取り出し水洗いしてシンクに置いた。

 箸で麺の具合を確かめていた千佳が、うんと頷き火を止める。俺の後ろをくるりと回り、片手鍋からシンクのざるへと麺を開け、ささっと流水にさらす。


「いいですか?」


「はいよ」


 場所を空けた。皿の前に千佳が立ち、麺を二つの皿に分け落とす。冷やし中華のタレをかけ、カットされた具材を二人並んで盛り付けていく。


「ふふ」


「ん、どうした? トマト多いほうがいいか?」


 二皿を見比べる。片方は麺が大盛で、もう片方はその分、小盛となっている。千佳の分が小盛なのはいつものことだ。具材の量は二皿とも同じ量で盛り付けてある。見た目には両方ともおいしそうに出来ているが、なにかあるのだろうか。


「いえ、どちらでも?」


「? そうか……」


 それぞれをトレーに載せ、座卓へと運ぶ。


「そんなに大したことじゃないですよ」


「じゃぁなんだ?」


 座卓につき、二人揃って割りばしを割る。手を合わせ、いただきますと口をつけた。


「慣れたものだな、と思いまして」


「?」


 味のことか? たしかに固すぎず柔らか過ぎず、タレの酸味も効いていて、美味しく仕上がっている。切って盛り付けるだけのお手軽料理なこともあり、食欲のない夏の朝にぴったりのチョイスだったと思う。


「そうではなく……、いえ、それより食べましょう? テレビつけますね」


「? お、海も人でいっぱいか」


 海水浴の中継だ。サーフィンをする人や、浜辺で砂遊びをする家族、えを狙ってきたという大学生グループがインタビューにこたえている。

 海か。ここは山側の土地、泳ぐとしたら学校のプールか沢だから、あんな海の家とか行ったことがない。


「ふふ」


 また千佳が笑った。


「ん?」


 なんだろう、千佳も海に行きたいのか?


「なんでもありませんよ、なんでも」


 それ以上続ける気もないとばかりに千佳はテレビに目を向けて。

 首を捻りつつ、俺も冷やし中華をすすりながら中継を眺めていた。

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