第18話 瞬間芸術

 月宮たちは茜奈と別れたあと、まず如月に褐色肌の少女の居場所を調べてもらっていた。その少女の名前は不明で、組織ではウィンクと呼ばれていたと茜奈から聞いていた。《欠片持ち》であり、能力は「爆発」らしい。さらに長月の情報によれば、なにかに触れることが条件のようだ。


「倉庫街?」


 と、如月からの報告を聞いて、長月は訊き返した。月宮もそうしたい気持ちはあったが、長月の方が早かった。


「また倉庫街ですか」


 白枝畔の一件のことを言っているのだろう。茜奈との一戦があったのも倉庫街だった。たしかに比較的一目に付き辛いとはいえ、わかりやす過ぎる。行動を読みやすいのはありがたいが、ただ今回の場合は違和感が大きい。


 どこか誘導されているような、そんな違和感。


 疑いはしても、依頼を受けてしまった以上は行動しなければならない。シグナルとかいう人物の行方が判然としないのでは、ウィンクを追うしかないというのもある。茜奈の話では奇抜な髪色をしているようだが、監視カメラでその姿は確認できていない。かなり街の状態を把握しているらしい。


 月宮と長月は目配せをし、倉庫街へと向かった。今いる場所からはそう離れていない。とはいっても走って十五分以上はかかる。ウィンクの行動の速さが気がかりだった。


「シグナルって人はまだ見つけてないけど、ウィンクの方はばっちりだよ」


「誰かと一緒だったか?」と月宮。


「うんにゃ、一人だったよ。今にでもスキップし出しそうなほど陽気に歩いてた」


「ずいぶんと楽しんでいるな」


 しかしそれは先ほどの邂逅でわかっていたことだ。月宮たちが現れたときは多少の焦りで済んでいた。これは予想外だったからだろう。長月を相手にしたときもそうだ。時間稼ぎだからといって長月を攻撃しない理由はない。彼女にとって長月が必要な存在だったとも考えられるが、その可能性はごくわずかだ。


 それに月宮がウィンクのことで気がかりなのは、彼女の中に別の誰かが見えたことだ。これは感覚のことであり、月宮には心の中を見透かすことができないため、あくまでそう感じ取れただけだ。


 簡単に言葉にするのなら、オーラだろう。本来彼女が持つオーラとは別の色のものが見えたのだ。


 ほんの一瞬だったため、それが幻覚、錯覚と言われればそれまでに過ぎないことだが、月宮にはどうしてもそれが気になった。


「ウィンクって奴の素性はわかったか?」


「一個だけわかったよ」


「一個だけしかわからなかったのか」


「そうなんだよ」


 如月は落胆した声を出した。


「どんなに調べても彼女のことは一切出てこないんだよね。というか本名すらわからないし」


「たしか《欠片持ち》だって話だっただろ」


「うん。だからね、こっちがノーナンバー。茜奈ちゃんは《欠片持ち》の特徴がみられなかっただけだけど、ウィンクは初めから登録されてない」


「シグナルはどうだ」


「そっちは登録されてるね。本名はどうでもいいとして、能力は『減速』。対象の運動速度とかを落とせるみたい。動きがないものには当然効かない。速度がないんじゃ減速はできないからね」


「生物相手なら問答無用で効くってわけか」


 人間が完全に静止するには、その魂が器から抜け落ちなければならない。つまり死だ。生命としての活動を停止させて初めてシグナルの能力の対象から外れることができる。生きているかぎり、身体を巡る血流を止めることも、その原動力である心臓を止めることも、あるいは細胞の変化でさえも、意図して停止させることはできないのだから。


「どうなんだろうね。彼の場合、検査が途中で終わってるみたいだからなんとも言えないよ。できることもあるだろうし、できないこともある」


「わかってるのは能力だけか」


「対処のしようがないね。まあ無難だけど死角からの攻撃をするのがベストだと思う。対象になんらかの影響を及ぼす能力って、認識しないといけない傾向があるし」


「倉庫街には監視カメラはどれくらいあるんだ?」


「わりとある方だけど、その倉庫を所有している企業ごとが設置しているものが多いから、それらすべてに侵入――じゃなかった協力してもらわないと、全域を把握するのは無理だね」


「できないか?」


「スペックが足りない」


 そうか、と月宮は返したが、如月の言葉の意味はわからなかった。ニュアンスとして、監視カメラすべてから情報を得ることができないというのは理解できたため、深くは掘り下げない。


「でもまあ、都市警察が設置しているのがいくつかあるから、それで断片的に捜していくしかないね」


「街の方はどうだ」


「そっちは都市警察が頑張ってるね。上層部が殺害された一件との関連性には気付くと思うけど、そこまでだね。ノーナンバーは捜しようがないもん」


 都市警察としては身内の安全を強固にしたいところだろう。上層部と《欠片持ち》を同じ日に殺害され、自分たちが狙われていることは明明白白だ。それに今回は支部の付近での爆発事故だ。まだ誰かが狙われている可能性を当然考えるだろう。


 彼らに対する攻撃はこれまでも数えきれないほどあったが、死者が出たのは今回が初めてだ。それだけに緊張は高まっているはずだ。


 鳴り響くサイレンの中を走り、次第にその音を背後に感じる。祭りがあるわけでもないのに騒がしい夜だ。とはいえ、月宮としてはもう散々に慣れきってしまった騒がしさだが。


 九番街を示す標識を見つけ、そしてすぐにその傍にある血痕も発見した。量は多くないが、しかしただの切り傷などでできるような跡でもない。血の所有者は引き摺られて運ばれているようだ。


「誰の血でしょうか」


「さあな。ただウィンクのものじゃないのはたしかだろ」


 怪我をして陽気に歩くよりも、怪我をさせて陽気に歩くような人物だ。だが、彼女が誰かを運んでいたと如月は言っていない。他にも仲間がいるということだろうか。


「また爆発があったみたいですね」


 月宮は長月に視線を向け、それから彼女の視線の先を追った。黒みがかった煙が夜空に向かって立ち昇っていた。


「音は聞こえたか?」


「ええ。少しですが」


「俺は聞こえなかったけどなあ」


「あなたは少しでも集中すると、周りの音を拾わなくなりますからね」


 そんな不注意な奴がいるか、と月宮は思ったが、心当たりが多過ぎて否定できなかった。秋雨にもよく指摘されていることだ。


 秋雨美空。


 彼女もこの事態に気付いているだろう。外出していないとは思うが、少し気になった。秋雨は実家で暮らしているため、両親に気付かれれば止められるはずだ。さすがに危険な空気が漂う街に秋雨が“また”繰り出していかないように。


「先、行きましょうか」


「ああ」


 血痕を追って、月宮たちは倉庫街を進んだ。右手奥には白枝畔の作り出した樹が、月明かりに照らされ、妖艶にその存在を主張していた。意識しなければ、自然と身体がそちらへ向かってしまうほどで、まるで誘われているかのようでもある。


 夏にしては涼しい風が静かに流れた。その風に乗り、ある臭いも感じることができた。


「焦げ臭いですね」


 長月が言った。


 月宮はそれに答えることなく、周囲を意識しながら、しかし堂々と歩いていく。血痕をわざわざ残し、まるで追って来てくれと言わんばかりに堂々と監視カメラに映ったウィンクのことを考えれば、不意打ちはないと思えた。


 いや、仮にあったとしても、ここではない。


 血痕が途切れたとき。


 ウィンクが仕掛けてくるとしたらそのときだ。彼女は堂々と月宮たちの前に現れるだろう。茜奈を殺害しようとしたときもわざわざ声を出して、彼女に自分の存在を気付かせている。そんな必要はないというのに。


 だからこそ、月宮はウィンクの不意打ちの可能性は低いと考えている。裏組織に入っているはずの彼女からはどこか律儀さを感じさせられた。もしかしたらシチュエーションに拘るタイプなのかもしれない。


 倉庫街の中でも少し開けた場所で、血痕は途切れた。明らかに誘い出していることは明白であり、場所も視界が開けている。どういう魂胆なのかはまだわからないが、それでも月宮は立ち止まった。


「いやあ、本当に来るんだ」


 けたけたと笑う声が、頭上から響いた。それはまるで鈴がなっているかのようでもあり、場違いな声でもあった。


 倉庫の屋根の上にウィンクが立っていた。彼女が触れているため、それはもう倉庫の形をした爆弾に変容しているわけだが。


 変容。変異。変換。


 考えてみれば、白枝畔はウィンクと同様のことはできるのだ。「小石を爆弾に」のように物質を変換できた彼女とウィンクは似ている。ただ白枝畔は無機物であればなんにでも変換でき、ウィンクは爆発の大きさを自由に変えられる。それぞれの利点がはっきりしている。


「でもさあ、事務所が私になにか用があるの?」


 組織そのものではなく、自分自身が標的になっていることを訊ねているあたり、彼女もわかっているのだろう。


「トリックの大事にしているものを取り返しにきた」


「ま、そんなところだよね」


 目的の人物はどうやら本当にウィンクに捕らわれているようだ。身体に触れられているのは当然として、どうやってそれを解除できるのか知らなければならない。


 単純かつ明確なことを言えば、能力を使用される前にウィンクを狩り取ることが最善にして、最高の解決策だろう。ただしそれはできない。ウィンクと月宮たちの間には十メートルほどの距離がある上に、彼女は高さのある場所にいる。到達するまでには若干の時間を必要とした。


 こんなとき咎波(とがなみ)や琴音(ことね)がいてくれれば、最短、最高速の解決に辿り着けるのだろうが、それはないもの強請りというものだ。


 今回のことも、姫ノ宮学園のときと同様に月宮の独断での行動であり、彼らの手を借りられるほどの仕事ではない。そもそも咎波は別件で忙しいようだし、琴音にいたってはこれ以上借りを作ってしまうと、ほとんど養う状態になってしまう。いくら給金が多いとはいえ、彼女の食欲の前ではないも同然だった。


 食欲。


 三大欲求。


 ここにウィンクがいて、彼女のもとに目的の人物がいるというのなら、茜奈はどうしているのだろうか。シグナルと遭遇し、一戦交えているかもしれない。なんとかしてここにいる情報を伝えたいが、その方法はなかった。


「ということはさ、アクセルを返せば私とは戦わないってことだよね?」


「戦わずに済むならそれに越したことはない」


「だよねー」


 ウィンクは笑う。


「で、まあそのアクセルくんはそこにいるわけだけど」


 ウィンクが持っていた懐中電灯で地面を照らした。そこには倉庫の扉にもたれかかるように件の人物が倒れていた。顔を俯かせ、全身に点々と銃痕のようなものがあった。それなのに彼の周囲には大きな血溜まりができていない。ここに運ばれるまでに相当量を流出させているようだ。


 茜奈はそのアクセルと呼ばれた人物について多くは語らなかった。性別は男であり、大怪我を負っていて、目付きが悪ければ彼である、と告げたくらいだ。アクセルと呼称されていることでさえ話さなかった。どんな意図があったのかは判然としない。だがたしかに大怪我を負っているだけでも充分な説明だった。


「これでも生きてるんだから、しぶといよねえ」


「どうして殺さない」


「ん?」


「お前は裏切り者を始末するようなことを言っていた。聞いた話では、アクセルが事の発端らしいじゃないか。それなのに、どうして生かしている」


「そんなの簡単じゃん。利用価値がまだあるからだよ」


「どんな利用価値があるんだ」


「トリックが厄介だからねえ。その対策だよ」


「つまり、お前の目的は変わらずトリックを始末することか」


「そうだって言ってるじゃーん」


 月宮は長月に視線を送った。彼女は頷いた。


 駆け出したのは同時だったが、しかし進む方向は別々だった。月宮は正面、長月はやや左に逸れた。


 目的が茜奈であり、彼女を始末するためにアクセルが必要だというならば、ウィンクは彼を起爆させるような真似はしないだろう。なにより今の状況を作り出した彼女には少なからず段取りというものがあり、故にそれを外れることもしないだろう。


 しかしそれが正解とはかぎらない。


 だからこそ月宮が最短距離でアクセルに近づき、彼に“付着している能力”を破壊しなければならない。ウィンクの能力は、爆発までのタイムラグがあり、さらにその兆候として光を発する。その個所をナイフで触れさえすれば能力は解かれるはずであり、試したことはないが、「人間の身体」に触れたことにより一度でそのすべてを解除できる可能性もある。


 月宮の能力を知らないウィンクにとってはこの行動の意味はわからないだろう。ただそのために彼女は能力を使うはずだ。


「取り返そうたってそうはいかないよー」


 頭上から降り注ぐそんな声を無視して、月宮はアクセルに向かっていく。ウィンクの相手をするのは長月の役目だ。


 長月の身体能力は月宮よりも優れ、人並みを遥かに凌駕がしている。少しでも足場や手をかけられる場所があれば、二、三階程度の建物ならば簡単に上ることができた。


 ウィンクはやはりアクセルに接近する月宮に狙いを定めた。屋根に上った長月の存在にも気付いているようだが、ほとんど無視を決め込んでいる。好都合だった。

長月は魔術によって、両手に鉄槌を出現させ、握りこんだ瞬間に身体を捻ってからそれらをウィンクに向かって投擲した。月宮には無効化された攻撃だが、触れることでしか爆発を起こせない彼女には避ける以外に選択はない攻撃だ。


 当然、ウィンクはそうした。向かってくる鉄槌に気付いて、身体を硬直させずにそのまま回避行動に移っていた。危険察知も緊急行動も優れていた。


「危なっ!」


 次に降り注いだ声は悲鳴に似たそれと、破壊の音だった。見なくても想像はつく。長月の投げた鉄槌が倉庫の屋根を貫き、そのまま内部を蹂躙していったのだ。鉄槌が地面に着地すると軽い地響きが起こった。


 月宮は長月がウィンクの相手をしている間にアクセルのもとに辿り着き、「破壊」の力を付与したナイフでその身体に触れた。この力は人間そのものは破壊できないため、能力だけを取り除ける。


 ただ取り除けたのはアクセルのものだけであり、他の――それこそ倉庫に付着している彼女の能力が消えたわけじゃない。


 目の前の倉庫だけではなく、周囲のものすべてが一斉に光を放ち始めた。目の前の倉庫自体はすぐに「破壊」の力でどうにかなったが、それもあくまで倉庫だけであり、倉庫内にある備品には効果がない。


 長月が当然のように飛び降り、華麗に着地をした。


「逃げましょう」


 月宮は頷き、アクセルを長月に任せた。現状での月宮の仕事は彼を運び出すことではなく、少しでも爆発を抑えることだ。一つでも多く「破壊」をしなければならない。


 これは不可避の攻撃だ。


 どんなに抗っても、ウィンクがどれだけの「もの」に触れていたかわからない以上、どうすることもできない。そしてそれは彼女自身もそうだ。月宮が見誤っていたのは、彼女がこうも簡単に自分の命を犠牲にすることができるという一点につきる。


 衝撃と破壊音を伴って、爆煙の樹がそびえ立った。その少し先では鈍銀色の樹がその様子を微かだが映し出した。



     ※



 倉庫街に入ったと同時にそれは起きた。強い地響きに強風。空気そのものが震え、茜奈はそれ以上進むことができず立ち止まった。


 茜奈はその中で“樹”を見た。濃い灰色をしたそれは、不吉な知らせのようでもあった。そして白枝畔の作り出したものに似ているだけに、それが誰かの生きた証のようでさえもあったのだ。


「茜夏!」


 彼女はまた走り出した。

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