第10話 輝きの果て

 一面に広がっていく鈍銀色に思わず見とれてしまった。それは神話に登場する怪物のように世界を食い潰していき、それでいて限界を知らないでいる。


 放たれる火炎は銃弾。


 鋭利な牙は大鎌。


 重厚な爪は碇。


 それらは次の瞬間には、また別のなにかに変わっていた。銃弾は砲弾に、大鎌は大斧に、碇は鉄球に。


 常に変化を繰り返し、巨大になっていくその怪物を殺せる武器は持ち合わせていなかった。武器を持っていても、その変化による巨大化に対応できなかった。一から一ではなく二や三となり、一から一だとしても質量や密度が大きく変化する。


 無限に近いその目まぐるしい変化に、やはり目を奪われてしまう。


 これほどの脅威がまだこの世界に潜んでいた喜び。


 全力で向かい合える相手に出会えた奇跡。


 その鈍銀色の輝きは怪物を生み出す“彼女”の、重く、そして気高い命の存在を見事に表現していた。


 いつまでも見ていたかった。それが叶わないことを知っているからこそ、いつまでもこの神話の世界に身を置きたいと思ってしまう。


 この怪物の一撃は決して抵抗ではなく、まさに「攻撃」だ。自分の命を奪いに来た相手がどれだけの強者であったとしても、自分よりは格下であると告げている。決して臆せず、退くこともしない。


 逃げず、その力を誇示する。


 恐怖を眼前にしても、絶望に身を焼かれても、彼女は今持つ全力を出し切り、生を勝ち取るだろう。これほど強い心を持った人間がどれほどいるというのだろう。少なくとも少数であることは断言できる。


 人の心は思っているほど強くはない。


 だからこそ、この強い心を持った彼女を喰えることを思うと、全身を快楽が支配した。血液のようにそれが巡り、心が昂った。


 もっと。


 もっと彼女といたい。


 まだ。


 まだ終わらせたくない。


 しかし茜奈はその思いを裏切るように、欲望のまま彼女を喰い殺した。その瞬間でさえ、白枝畔という《欠片持ち》は瞼を閉じず、敵意を消さず、勝利を諦めていなかった。


 そんな彼女を喰う喜び。


 そんな彼女を喰うしかない悲しみ。


 最高で最悪な瞬間だった。


(私はいったい何者なんだろう)


 どこに属しているのかまるでわからない。白枝畔や茜夏のような《欠片持ち》でもなければ、ただの一般人でもない。


 こんな自分を誰が理解してくれるのだろう。


 そんな幾度ともなく考えたことも、いつの間にか抑えられない欲求に喰われ、そしてまた考えるときまで忘れているのだった。



     ※



 誘いこむのが簡単だからといって、まず白枝畔を狙ったのは間違いだったのかもしれない。前提として都市警察を侮っていた。彼らは常に戦いを想定して訓練していた。それもただの能力者相手ではない。自分たちの“理解できないもの”を相手に想定している。


 この世界が安定しているわけじゃない、と彼らは思っているようだ。


 そうだ。そもそも《欠片持ち》が現れ始めたのは、世界を喰った《終焉の厄災》が終わってからだ。いまだに解明されず、近寄りがたき存在であるそれを、もしかしたら相手取るつもりなのかもしれない。


 なんにせよ、都市警察の《欠片持ち》を叩くのは骨が折れそうだ。


 ただただ白枝畔が最高クラスの能力者であることを、茜夏は願うばかりだった。あれよりも上がいるとなれば、それを相手にすることは自殺行為に等しい。


「物質変換が強すぎた――有能だったな」


 ライターを取り出し、彼女の詳細が書かれた資料を燃やした。彼女はもうこの世界にはいないのだから、こんなものはゴミ以下でしかない。


 灰になって床に落ちたそれを踏みつぶした。


 幽霊を信じているわけでも、転生を信じているわけでもないが、再び彼女のような能力者が現れないことを祈っての行動だった。


 白枝畔と死闘を繰り広げた茜奈は眠っていた。彼女を始末した同時にその場に倒れ込んだのを運んできたのだ。今は床の上で微かな寝息を立てている。


 身体中に切り傷や掠れ傷はあるものの、致命傷になるようなものは一つもない。どれも二、三日で完治してしまいそうであった。あれだけの戦場でこの程度で済んだのは、茜奈だったからだろう。


 あるいは、茜奈の中にいる誰かのおかげか。


 器としての身体は彼女のものに違わないが、しかしその中身がはたして純粋に「茜奈」と言えるかは怪しい。その異質な能力で誰かを喰うたびに、少しずつだが茜奈という存在からずれている印象を受けていた。


 初めて出会ったときと比べれば、それはもう否定できないほどに乖離している。


 様々な経験の積み重ねの果てに今の彼女であるというのなら、これは「成長」と呼べるだろう。誰もがそうであるように、過去と現在で性格も容姿が変わるなんてことは一般的と言ってもいい。性格など真逆になることさえあるのだ。そう考えれば、彼女の変化も頷ける。


 だけど、それを「成長」と呼べない自分がいることを、茜夏は知っていた。


 倉庫の扉が開かれ、二つの影が現れた。逆光で見えないが、シルエット的にシグナルたちだろう。シグナルの方はともかく、ウィンクの方はいつもと変わりない。


 シグナルは扉に構わず進み、ウィンクが文句を言いながら閉めた。


「てめえら、派手にやったらしいじゃねえか」


「派手にやったのは向こうだ」


 茜夏は答えた。


「そうなんだ」


 ウィンクが甲高い声が響く。


「私たちは派手にやってきたけどね」


 そんな騒ぎがあっただろうか、と茜夏は考える。ほとんどが九番街に突如として現れた大樹のことで持ち切りだった。あれを白枝畔が作り出し、その彼女が行方不明になったことは伏せられていた。当然だろう。都市警察でも勝てない犯人となると、街はパニックになる。


 茜夏の疑問を晴らすように、ウィンクは続けた。


「人間って爆発すると面白いんだよ。ちょっとした花火みたいなんだけどね、それがもう綺麗なんだあ。先輩のゲスイ能力も使って、爆発するところをじっくり見たんだけどね、まあこれがまた笑えるんだ。少しずつ皮膚が盛り上がっていって、そこから芽でも出てくるんじゃないかって思えちゃうんだから」


 けたけたと笑いを交えながら、彼女は自分たちの犯行を説明した。本当に楽しかったらしく、上機嫌である。いつもよりほんの少しだけ声が高く感じられた。


 シグナルは右手で揉みながら左肩を回し、木箱の上に座った。今日の彼は作業着を着ている。ポケットから帽子がはみ出ていた。


 どうやらウィンクを止める気力はないらしい。


「そうだ、問題があるの。問題」


「問題?」


「先輩が仕事道具だってギターケースを持ってたんだけど、なにが入っていたと思う?」


 シグナルがそんなものを持っていたか確認したが、やはり見当たらない。


「ちなみにそのギターケースは私がふっ飛ばしました。いくら探しても見つからないよ」


「大きさは?」


「こんくらい」


 ウィンクは手の動きでギターケースを表現した。アコースティックギターくらいの大きさだった。


「機関銃とかか?」


 なんとなくそう答えたのは、白枝畔の姿が脳裏にちらついたからだった。茜奈は彼女の能力と真正面から戦える力があるが、茜夏にはそれがない。目まぐるしい変化の波に包まれ、攻撃と防御を同時に行われては、いくら加速しようともどうしようもない。


 答えを受けたウィンクはつまらなさそうに両手でバツを作った。


「はっずれ~。正解は、子供でした~」


「子供?」


「そう、子供。ターゲットの一人息子を気絶させて詰め込んでたの。笑えるでしょ」


 ギターケースに詰め込むとなれば五歳児くらいだろうか、と茜夏は想像した。そして本当に気絶させただけなのかも考えた。おそらく骨の二本くらい折っていることだろう。シグナルなら、そうするはずだと思えた。


「でね、その子どうしたと思う?」


「殺したんだろ」


「まあそうなんだけどね。殺し方――というか、使い方っていうのが正しいのかな。先輩、その子を起こして、親子の再会の場面を作ったんだよね……ってあれ? お父さんの方どうしたか言ったっけ?」


 茜夏は首を横に振った。


「そのギターケースで吹っ飛ばしたら気絶したもんだから、椅子に縛って、私が腕に触れて、先輩の力でじっくりその様子を確認したんだよ」


 どうやら人間が爆発するとどうとうか、という話はここに繋がるようだ。ウィンクは見たまま、表に出ているままが本性だが、シグナルはその本性を内に秘めている。ウィンクと根の部分では同類ではある。しかし平常心を振る舞えるだけ、そう装えるだけ、シグナルの方が厄介な部類だ。


 人を殺すことになにも思わないわけじゃない。ただ悲しむことも、後悔することもない。彼らにあるのは、歓喜や快楽といったものだ。


 それは、茜奈が心の強い者に出会ったときと同じ類のもの。


 中毒性があり、知らず知らずのうちに求めてしまうもの。


 この裏組織にいる人間の共通点の一つは、それを得られる日常を求めていることである。世間的には許されないことだが、仕事としてそれを得られる。大金も手に入り、よりよく殺すための道具も揃えられる。願ったり叶ったりの居場所なのだ。


 そんな異常者の巣窟。


 誰一人として信用はできない。誰が誰を狙っているのかもわからない。


 茜奈も、そして茜夏も、すでに道を踏み外しているのだから、明日を保障できるわけじゃなかった。


「それで、感動の再会をしたところで“着火”したの。そのときのターゲットの表情ときたら、もう凄かったんだから。目をくわって広げて、それまでやんややんや言ってたのに口を開けたまま黙っちゃったんだよね。おかしかった~」


 会話の節々からわかるように、ウィンクの《欠片の力》が「爆発」、シグナルが「減速」である。条件は不明。効果範囲も定かではない。そのあたりは彼らが意図して伏せているのだ。能力者が自ら語らなければ、その全容は誰にもわからない。

 初めてシグナルの能力を聞いたときは、こんな偶然があるのか、と驚いた。


「加速」と「減速」。


 正反対の性質。


 根源は同じ。


 似たものが集まるというのなら、もしやウィンクと茜奈もと思ったが、しかしそれはただの杞憂に過ぎなかった。


「自分の子供がじっくりと時間をかけて内側から壊れていく瞬間を見るのってどんな気分なんだろうね」


「さあな」


「お父さんの方にさ、そのことを訊こうと思ったんだけど、泣いてばかりなんだよねえ。まだ生きてるっつうの。死んでから泣けばいいのに」


 まあ死んだようなものだけど、とウィンクはあどけない笑顔を見せた。


「それで、そのあとどうしたんだ?」


「うん? あ、えっとねえ、まず子供を爆散してからあ、そんでもって特に面白い情報とか落さなかったターゲットもじっくり足から爆発させたよ。子供も奥さんも不運だったよね、都市警察の旦那、父親を持ったばかりに風船みたいに割れないといけなくなるなんて」


 そう言ってウィンクはその話題を区切ったことを示すかのように、首をきょろきょろと動かした。


「そういえば、トリックは?」


「眠ってる。白枝畔がかなりのやり手だったからな」


「ふうん。あんな力持ってんのに苦戦しちゃうんだ。二人とも暗殺向きなのにでしゃばるから、そうなるんだよねえ。まあわかるよ、その気持ち。私だって淡々と殺すよりも、悲鳴とかきちんと聞きたいもん」


 一緒にするな、と茜夏は心の中で呟いた。茜奈も聞いていれば同じ気持ちになるだろう。悲鳴が聞きたいから、ただ殺したいから――そんな理由でこんな場所にいるわけじゃない。


 この世界でしか生きられないからそうしているだけだ。


「でもいいなあ。私も都市警察の能力者をふっ飛ばしたいなあ」


 ウィンクはシグナルの方を向いた。


「ね、ね、次は私が能力者を相手にしてもいいよね?」


「好きにしろよ」


 シグナルは考えもせずに言った。相当疲れているらしい。


「やったねっ。さっすが先輩、話がわかるんだから」


 ウィンクはその場でくるっと一回転した。表現方法は子供のそれと変わらない。今までの会話を聞かず、この場面だけ見たのなら年相応の女の子として認識できた。


 それからは茜奈が目を覚ますのを待たずに、次の標的について話し合った。その結果、次回は茜夏がシグナルと、ウィンクは茜奈と組むことになった。


 珍しい組合わせになり、不安が蠢きだす。本当にこの二人が組んでいいものなのだろうか。どちらも計画どおりに動くとは思えない。心のままに行動する彼女たちが、制御役がいない中でどうするのか。


 その不安は当然、シグナルにもあるだろう。彼だって自分たちの正体を都市警察に明かすわけにはいかない。


 だが、この倉庫内には緊張感が漂っていない。シグナルは疲労困憊で眠たそうにしていて、ウィンクは能力者と戦えることをさながら遠足を待ち遠しく思う小学生のように喜び、茜奈はいまだに眠っている。


 次第に、この不安の正体が不明瞭なものであることに気付く。


 いったいなにが心をこんなにざわつかせるのか。


 しかしそれは、解散したあともわからなかった。

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