第9話 鈍銀の大樹

 黄昏時の倉庫街は、なんともいえない寂しさが漂う。人気の少なさ、それゆえの物音の少なさが原因だろう。自分たちの足音以外にも、遠くの方からなにやら作業音が響いてくるが、それがまた寂しさを助長した。


 どこか六番街に似ている。


 月宮湊はそんなことを考えながら、目的の場所を目指した。


 彼がこの九番街に訪れたのは、アリスのいう“街を気にする”を実行しているからだ。彼女の話では今この街では人体だけが消失する事件が発生しているらしい。街中で衣服一式だけが発見され、どうやらそれらの持ち主全員が行方不明になっているために、「人体だけが消失した」と言われているようだ。


 そしてそれがこの九番街で起きた。


 その現場は探すまでもなく、決定的に明らかだった。


 倉庫街に突如として現れたそれは高さが二十メートルほどあり、さながら大樹のようで、はたまた噴水のようでもあった。ただそのどちらでもないと言い切れるのはその異様な物体が光沢を放っているからだ。ただでさえ目立つ存在なのに、さらに存在を主張していた。


 そして近づくにつれてわかったことだが、その大樹は様々なパーツを組み合わせてできていた。まるでパズルのように小さなパーツの集合で一つの作品になっている。


 その中でも月宮の目を惹いたのは、碇の形をした“なにか”だ。大樹の枝にぶらさがるそれを見て、まるでギロチンのようだと思ったのだ。地面に向いた個所が砥がれた刃のように輝いていたためである。


 あの下にいれば、下手をすれば碇の餌食になってしまうだろう。まさか風が吹いた程度では落下しないだろうが、その危険は充分に予測できる。


 月宮の左後ろで射干玉が同行していた。コートのフードを目深く被り、この場での怪しさでいえば彼女が群を抜いているに違いない。


 ここまで会話というものはなかった。月宮がたまに話しかけても彼女は決して声を出さない。頷くか首を横に振るかのどちらかである。肯定も否定もできない問いを投げかけられたときは、とことん無視を決め込む。


 月宮としてはなぜ声を出さないのかが気になるだけで、特に不快に思うことはなかった。声を出さない理由としては、単純に月宮のことを信用していないから、などが考えられた。


 そんな射干玉が同行しているのは、アリスに命令されたからであり、けして彼女の意思ではない。


「面白くないですね」


 そう言ったのは、月宮の右横を歩く長月だった。事務所から出るときに鉢合わせ、この街で起きている事件について聞くと、彼女はついていくと志願したのだ。月宮も断る理由がなかったためそれを了承した。


「なにが」


「この場所です」


「あれがあるだろ」


 月宮は大樹を指さした。


「あんなものを見て喜ぶのはトモくらいですよ。だいたいなんですか、あれは。どうしてあんなに高くしなければいけないんですか」


「さあな」


 誰がなんのために、と考えたところで、その答は見つからない。憶測でしか語ることができない。この場所で起きた“人体消失”の被害者がこの大樹を作り上げたからだ。


 被害者の名前は白枝畔。都市警察に属していた《欠片持ち》の一人だ。


 その性格から独断で行動してしまうことがあり、今回も街の秩序を守るために犯人を追跡したのだろう。この機を逃すまいと踏み込み、そしてそれが裏目に出た。


 返り討ちにあった――とも考えられるが、おそらく誘いこまれたのだと月宮は推察している。この九番街で白枝がその犯人に出くわしたのではなく、別の場所からここに誘導され、そして敗北した。


 相手の描いた理想どおりだったのかもしれない。


 誘いこまれたとなれば、犯人は白枝をよく知る人物か、白枝をよく調べた人物かのどちらかだ。


 今までは不特定多数から一人を無作為に選んでいたが、今回は白枝畔を狙った犯行と考えてもいい。彼女の性格を利用し、一対一、あるいは一対多数での場を設けた。


 組織的であるが、しかしだとするとなぜ衣服等を残すのかが理解できなかった。

仮に人体しか消失できない力があったとしても、人の手で衣服を意図的に隠滅することだってできる。燃やすことも、埋めることだってできるのにそうしない。


 そこがどうにも腑に落ちない。


 月宮は九番街を歩きながら、ずっとその理由を考えていた。


「案外、宇宙にでも行こうとしてたんじゃないか?」


「次に適当なことを言ったら叩き潰します」


「…………」


 長月ならやりかねない、と月宮は寝首を掻かれないように気をつけることにした。


 だんだんと辺りの建物の様子が変わってきていた。建築様式が違う、という意味ではない。被害の度合いが変わってきたという意味だ。白枝の能力によって生み出されたもの、その変化の末端の影響が出ているのだ。


 刀剣になりかけた壁や、落とされた碇が痛々しく残っている。いかに彼女が本気だったのか、どれだけの死闘が行われたのかが、ありありと見て取れた。


「白枝畔の《欠片の力》は物質変化ですよね?」


「ああ。非生物を別の形に変えられるらしい。小石から大型船みたいに非生物であればなんでもありだ――あ、いや、あと目に見えないものもダメらしい。酸素とかのことだと思うが、まあそれは本人に聞かないとわからないな」


 当然、そんなことはできない。


「あなたの《創造の力》のように、無から有はできないわけですか」


「物質変換だからな。なにか一つでも材料がないと発動できない。まあ、非生物かつ目に見えるものなんて周囲に五万とあるわけだけど。それがどうかしたか?」


「いえ、《欠片の力》というものをあまり理解していないので訊いてみただけです。なんでもありかと思えば、意外と条件があるんですね」


「それは人によりけりだけどな」


 白枝畔のように条件がある者もいれば、射干玉いのりのように制限がある者もいる。魔法のようだと言われているらしいが、しかし魔法にかぎってそんな制限や条件はあるはずがなかった。


 神が制限や条件のもとでその力を行使しているわけがない。


 魔法を神の力とするならば、《欠片の力》を魔法とするのは早計が過ぎるというものだ。


 ただ彼らの主張もあながち間違っていない。あくまで“条件や制限がある”《欠片持ち》がいるだけで、その逆である“条件や制限を持たない”《欠片持ち》も当然存在する。


 その存在こそが、今の月宮湊という少年を作った、と言っても過言ではない。


 その出会いが、すべてを動かした。


 長月は肩を竦めて、短い溜息を吐いた。


「《欠片持ち》というのは曖昧すぎますね。そもそもどこまで解明されているのかも定かではないじゃないですか」


「魔力反応みたいなものは一応あるらしい」


「本当に解明する気があるんでしょうか」


「解明できてないから、下手に触れることができないんだろ。不用意なことをして不祥事を起こしたら大問題だ。それにこの街で見ればそれなりに《欠片持ち》はいるが、世界的に見たら希少だからな。人体実験なんかして個体数を減らすわけにもいかないだろ」


「人体実験ではないにしても、実際にこうして減らされているわけですが」


「世間体の違いだな――まあ今回の犯人が研究所関連の人間じゃなければの話だけど」


 そうは言ってみるものの、やはりその可能性は薄いとわかってしまう。今回の一件の真相に辿り着くためには「残された衣服」の意味を知る必要がある。


 ふと、月宮は射干玉の様子を確認するために振り向いた。彼女の足音はなく、布が擦れる音も皆無のため、こうして視認しなければ不在かどうかが判然としないのだ。まるで幽霊のようだが、視認できる点ではありがたかった。


 射干玉はきちんとついてきていた。月宮は声をかけることなくまた正面に向き直った。


 九番街特有の、油やなにかが焼け焦げた臭いが強まっていく。九番街は倉庫街だけではなく、工場もまた密集して存在している。工場地帯まではまだ距離があるのだが、風に乗ってその臭いが漂ってきていた。


 光沢を放つ樹木の傘の下は、さらに異様な光景だった。地面からは逆立つ刀剣が伸び、倉庫の壁には爆発跡が焼きついている個所がいくつもあった。その他にも鎖鎌や落下した碇、無数の銃痕などが残っていた。


 この惨状の中で生き残れる自信は月宮にはなかった。あらゆる方向からの攻撃手段をとり、徹底的に相手を排除しようとする意志が伝わってきていた。


 白枝畔は犯人を捕まえようとしていない。


 本気で殺害するつもりだったのだ。


 そうしなければ勝てない相手だったのだろう。彼女の人生においての最悪の脅威だった言っても間違いではないはずだ。生きるか死ぬかの分水嶺だったのだから。


 しかしここまでしても勝てない相手だった。


 これだけの惨状の中で生き残れる相手だった。


 まだここは白枝畔が残した樹木の末端だというのに、すべてを物語っていた。ここだけで充分に白枝の死闘を感じ取れた。この先に進み、樹木の根元まで行けばさらに感じ取ることができるだろう。


 しかしその必要はなかった。


 ここだけで充分。


 充分に相手の姿を想像できた。


 油や硝煙の臭いが混在した空気の中に、たしかに“それ”はあった。微かであったし、似ているようでどこか違っているが、月宮は感じ取っていた。白枝畔の死闘の陰にあり、彼女に最期を迎えさせたその脅威を。


「条件付きといっても、これですか……」


 長月がぽつりと呟いたのが聞こえたが、月宮はそれを拾わなかった。


 樹木の根元まではまだ距離があるが、これ以上進むのを断念した。第一に様子を見に来るという目的を果たしたからであり、第二に都市警察に出くわしたくなかったからだ。


 それらしき影が見えたため、月宮は引き返すことを二人に伝えた。射干玉はこくりと頷き、踵を返した。


「もういいのですか?」


 来た道を戻りながら、長月が訊いてきた。


「充分だろ。見たいものは見られたし、見たくないものは見なくて済んだ」


「なんのことですか?」


「都市警察だ。白枝の服が発見された場所には、当然いるはずだ。そもそもこの異変を知られたのは如月が都市警察から情報を盗み取ったからだし」


 転がるように犯罪に手を染めていく如月だが、それを止めようとは思わない。彼女が楽しそうにしている顔を見れば、誰だってそうは言えないだろう。


 子供からおもちゃを、読書家から本を、喫煙者から煙草を取り上げるようなものだ。


 もしそうしたのなら如月のテンションは見る影もなくなる。その想像は容易だった。使いものにならなければ切り捨てられる事務所において、それは致命的だ。回避できるのなら回避しておいた方がいい。


 こうして月宮たちがフィールドワークをしている間にも、今も如月はせっせとどこかから情報を奪い取っていることだろう。


「魔力の感知はできたか?」


「いえ、魔術が使われた形跡はありませんでした。そちらは?」


「魔力のことでいえば、お前の方が優れているからお前がそう言うなら正しいと思う。俺も魔力は感じられなかった」


「《欠片持ち》でもない――となると」


 月宮は開かれた右手を見やり、そしてなにかを掴むように閉じた。少しだけ汗をかいているようで、湿った感触があった。


 掴んだのは、犯人の正体。


 おそらく間違いはないだろう。


 あそこで偶然に出会ったのが、ここに繋がってくるらしい。


「俺と同種の奴かもしれない」

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