第2章
第6話 街に潜む魔手
月宮が事務所を訪れると、自身の背丈ほどある書類の山を軽々と持った長月イチジクがいた。身体の線は細いのに、相変わらずの怪力を発揮している。
長月は月宮に気付くと、そのまま距離を詰めてきた。重い荷物を持っているときは、なるべく早くどこかに置いてしまいたいと思うのが当然だが、しかし彼女にはその当然が通用しないようだ。
「おはようございます」
「……おはよう」
正面を向いて立たれても、彼女の顔は見えない。いつもどおりの無表情なのだろうが、それでも書類の山に挨拶されるよりはマシだ。自分が今なにと話しているのか、疑問に思えてきてしまう。
「なにやってんだ?」
「見てわからないとは、月宮湊の目も腐り落ちたようですね」
「落ちてはねえよ」
「腐ってはいると」
「腐ってもない」
なんの素振りもなく、長月は振り向いて歩き出した。移動をするのならなにか一言あってもいいのではないか、と月宮は思ったが、しかしそれが彼女らしい行動だったため、別段気にすることでもないと結論付けた。長月だからこそ許せる。
月宮は彼女のあとを歩いていった。いつも事務作業している部屋に向かっているようではないらしい。
「どこ行くんだ?」
「トモのところです」
「ふうん。で、どこにいるんだ」
「私の後を歩いているんですから、そのうちわかります」
たしかにそのとおりだ。月宮は黙って彼女のうしろを歩いていくことにした。
長い黒髪が揺れているのに対して、資料の山はバランスを崩すことなく積み上がっている。天井にも届きそうなくらいだが、それも計算して歩いていた。特に剥き出しの蛍光灯に注意しているようだ。
いくら事務所に使っている建物だからといって、頑丈かと問われれば安易に頷くことはできない。鉄骨は剥き出しになっているし、壁がないところだってある。窓ガラスは割れていないものを探した方が早い。上の階層に行けば、天井もない。欠陥だらけであり、ここに居を構えようとなど誰も思わないだろう。
三階に到着して、少し歩いたところで長月は右に曲がった。長月が通り過ぎたあとに扉が見えたため、そこが部屋であることがわかった。
月宮もそれに続き、部屋に入る。
電気が点けられ、中の様子は一目瞭然だった。まず視界に入るのは大量の資料である。この間月宮たちが整理したものから、それ以前にやったものまで――彼女たちが触れたものがここにはあった。
さらに言えば、彼女たちが触れることを許された資料がここにあるのだ。
そして月宮が一番気になっているのは、部屋の中央奥にあるデスクに置かれた大きなディスプレイだ。その両サイドにもそれより一回り小さなディスプレイが並び、それらの画面は発光している。
それらに向かっているのはもちろん、如月トモだ。彼女は画面から目を離さずにひたすらキーボードを打鍵している。部屋の中はその音と、機械が動いている低い音がしていた。
「それで最後?」
如月が振り向かずに言った。
「ええ。どうです、進行具合は」
「良好良好。これで良好じゃなかったら私に本当の良好を見せて欲しいくらいだよ」
月宮は荷物を下ろし終えた長月にそっと近づき、この部屋について訊いた。
「見てもらえばわかりますけど、トモ、ついに決心してパソコンを購入したんです。まあ今あるお金ではこれくらいしか買えませんでしたけれど」
機械に疎い月宮からすれば、パソコンが一台あるだけで充分過ぎるのだが、どうやら彼女たちは満足していないようだ。いったいどこに不満があるのかは気にならない。触れない方がいい領域というものは心得ているつもりだった。
「とは言っても、私もそこまで機械に強いわけではありません。トモが言うにはこれが最低限ギリギリの許容範囲らしいのですが、なにがどうギリギリで、許容しているのはなんなのかなんてわかっていません」
「こういうのって工事がいるんじゃないのか?」
「私の知識ではそのはずですが、トモは気にしていないようです。『平気平気。みんなからちょちょいと分けてもらえばなんとでもなるんだよ』って言ってました」
「大丈夫なのかそれは」
「まあ、トモですからなんとかするでしょう」
それまで打鍵の音が鳴り響いていたが、突然止まった。
月宮たちが如月に視線を向けると、ちょうど次の資料に手を伸ばしているところだった。椅子から下りずに、身体を震わせている。絶対に下りたくない、という意志を感じられる光景だった。
その途中で、如月が月宮の存在に気付いた。月宮が軽くて手を挙げると、瞬く間に椅子から下りて近づいてきた。
「つっきーじゃん! いるならいるって言ってよ!」
「いや、気付けよ。今し方、長月と喋ってただろ」
「聞こえなかった」
「その前に長月と会話してたのにか」
「いっちゃんとは心が通じ合ってるからねっ」
そうだよね、と如月は確認のアイコンタクトを長月に向ける。
そんなことはないです、と長月は一蹴した。
「トモと心が通じ合ってるなんて、酔いそうです」
「酔う!?」
「ああ、わかるかも」
月宮は賛同した。
「わかっちゃうの!?」
そんなやりとりを一頻りしてから、月宮は彼女たちに訊こうと思っていたことを切り出した。彼女たちは月宮よりもそれに詳しく、それをその眼で見てきた。もしかしたらなにか知っているかもしれない、と思ったからだ。
「手に関する魔術?」
「どうしてですか?」
「いや、ちょっと気になって」
茜奈のことを話すにしても、まだ彼女がこの街でなにかをするわけでもない。魔術師と確定したわけでもない。彼女の名前を出せば、如月は買ったばかりのパソコンを駆使して、情報を集め始めるだろう。ただ気になったからといって、根掘り葉掘り調べ上げることには抵抗があった。
「手だけじゃあなんとも言えないよ。検索ヒット数が多過ぎて、特定ができない」
「じゃあ、手首くらいまでの体温が下がるようなやつ」
「やけに具体的にきたねー。やっぱりなにかあったでしょ」
「なにもない」
月宮は悟られないように平然と言った。
この場合、返答が早過ぎても怪しまれ、遅過ぎてもダメだ。あくまで自然体でいなければならない。ただしそれはとても難しい。特に相手が怪しんでいるときは、ほんの少し変な仕草を見せただけで見抜かれてしまう。
如月は「まあ、そういうことにしておいてあげる」と腕を組んだ。そうしないと話が進まないからだろう。
「手ねえ……。なにかあったかなあ」
「『偽神(ぎしん)の魔手』あたりはどうでしょうか」
長月が答えた。
「手が冷たくなるかどうかはわかりませんが」
「意味ないじゃん」
如月がすかさず突っ込みを入れた。
「とりあえず教えてくれ」
「簡単に言えば、右手をかざした相手を操れる魔術です」
「かざすってどのくらいの近さだ?」
もし茜奈が『偽神の魔手』を使っているとしたら月宮もそうだが、秋雨も効果対象になってしまっている。月宮は彼女を背負ったとき、秋雨は手を伸ばされたときだ。
「対象に近ければ近いほど、効果の強さ――つまり持続性、操作性が上がったはずです。偽物ですが、神の言葉で命令を下されるわけですから、それは天命といってもいいでしょう。人間であるのなら従うしかありません」
聞いたとおりであるのならば、その魔術は月宮の知る中でも相当な驚異を持ったものという位置づけになる。もっとも驚異的だったのは言うまでもなく、星咲が使用した『疑似・終焉の厄災』である。
「使用者にリスクはないのか? あるいは準備が必要とか」
「そんなの憶えていません」
長月はきっぱりと言い切った。
「私は専門ではないので」
「……そうか。うん、ありがとう」
とりあえず名前を知ることができたのだから、あとは琴音あたりに訊けば正確な情報を得られるだろう。いや、彼女だったら、もっと違う答を示してくれるかもしれない。長月の答はあくまで“手に関する魔術”というだけだ。体温の著しい低下などは含まれていない。
月宮は琴音に話を訊いてもらうことにした。彼女が事務所にいてくれればいいが。
そんな月宮の心境を読んでか、
「ちょっと待った!」
と、如月が言った。
「もしかしてなにか知ってるのか?」
「まあね」
如月は得意げになった。
「『偽神の魔手』の発動に必要なのは位置だね」
「位置?」
「うん。右手をかざした相手っていっちゃんは言ったけど、それは間違ってないんだけど、正確に言うのなら、右手の下にいる人間が対象範囲なんだよ」
たとえば、と如月は椅子の上で立った。キャスターを固定していないのか、ときどき身体が揺れた。
「こんなふうに私が高い位置にいたとするよね?」
「ああ」
「そしたら、今、私の右手より下にいる人全員が効果を受ける。ここは平地にあるビルの三階だから、同じ条件のビルの四階以上にいる人には効かないってわけ。あ、右手よりも頭部が下ってことだからね」
「それって範囲広くないか? もしその魔術を使っている奴が山に登ったりしたら、ほとんどの人間を操れるってことになるだろ」
「山に登ったら、効果は弱まっちゃうんだけどね」
「ああ――そうか」
対象に近ければ近いほど効果は強まる。逆に言えば、対象から遠いほどその効果は弱まり、薄まってしまう。月宮の言っていたように、山に登ったところで、あらゆる人間を遥か高くから見下ろせるからといって、全人類を掌握できるわけじゃない。
人間の住む場所から離れるほど範囲は広まるが、そうするほど効果が弱まる。
なかなかに使い辛そうな魔術だ。
「でも、街中のビルなんかどうだ? そこで使われたら一大事だ」
「ところが、そうでもないんだよ」
如月は椅子から飛び降りた。スカートを履いていることもおかまいなしだ。
「どういうことだ?」
「相手に近いほど効果が強まる――そう言ったけど、実はこれには大きな落とし穴がある。“近い”とか“遠い”とか漠然な距離感が誤認識させるんだけど、実際は二メートルほどしか効果範囲はないんだ」
「狭いな」
「ただその二メートルに入って、命令を下されたのならその効果は絶大だよ。命令を受けた対象が力尽きたり、あるいは術者の右手よりも高度な位置に行かないかぎり、その効果は一生続くからね」
仮に茜奈が「偽神の魔手」の術者だとしても、月宮たちはその効果から外れていることになる。彼女の右手は、それこそ月宮がしゃがんだときや、秋雨の頭に触れようとしたとき以外は常に低位置にあった。
そのことについては安心していいだろう。
問題は茜奈が違う魔術を使っている場合だ。
不安を一つ拭いとることができたからといって、まだまだ不安は月宮の心で蠢いている。時間が経つにつれてそれは増殖し、一気に拭い去るには、やはり茜奈について知る必要があるようだ。
「他にもなにか思い出したら教えてくれ」
「あいさ、了解」
如月は敬礼をした。
「どこか行くのですか?」
「アリスに会ってくるだけ」
心配はいらない、と月宮はその部屋を立ち去った。部屋から出たあとも、背後から視線を感じたが振り向かなかった。
階段を下り、事務所の扉を開いた。
「あら、湊じゃない」
アリスがいつもの上座に座っていた。相変わらず忙しいのか、そうでないのかわからない感じだ。
その正面にはフードを目深く被りこんだコートを着た人物がいた。その背丈の低さから、以前に月宮の外傷をすべて治療した人物と同じだろう。名前は知らない。月宮もまだ事務所員の全員に会ったわけではない。
後ろ手に扉を閉めて、黒コートの横に立った。
「今日は大変素晴らしいことに、なにもすることがないわ。書類整理も片付いているようだし、かといって世界のバランスが崩れかけているわけでもない。なんていい日なのかしら」
「琴音はいるか?」
「いないわよ。彼女、便利だからつい使いたくなっちゃうのよね」
「そうか……」
たしかに従えている側とすれば、あれほど有能な人材はいないだろう。戦闘経験は豊富、魔術の知識もあり、実力も化物染みている。ただの化物ならば意思疎通が難しいため、やはりすべての点において琴音は有能だった。
彼女が駆り出されているということは、《裏の世界》に足を踏み入れているのだろうか。魔術絡みであるのなら、もしかしたら茜奈がそこに関わっている可能性もある。下手をすれば、目標対象かもしれない。
月宮はちらりと横目で、黒コートを見やった。特に動くこともなく、棒立ちのままだ。本当に生きているのかと疑問に思ってしまう。
それに気付いたのか、アリスは「気になる?」と訊いてきた。
「そりゃあ気にならないわけじゃない」
「湊に話してもいい?」
アリスが訊ねると、黒コートはこくりと頷いた。
「名前は射干玉(ぬばたま)いのり。その身で体感してもらったけど、《治癒》の能力者で、これがまた使い勝手がいいの。生かさず殺さずができるって素晴らしいわ」
治癒という響きから感じる温かさを、アリスは簡単に冷却した。怪我や病を治癒するその能力を、拷問に使っているのだろう。いくら切り刻まれても治癒されてしまえば、それは完治する。
継続的に、衝撃的な痛みを与えることができ、たしかに有効な手段ではある。普通の拷問ではやりすぎれば相手は死亡してしまう。そのやりすぎを可能にしているのが、射干玉の治癒の能力ということだ。
「病院いらずだな」
「ものによるけどね。魂やら心のダメージは治癒できないわ。だから湊が思っているほど万能ではないの」
「黒コートの意味は? 魔術師なのか?」
「別に魔術師だからといって黒コートを着るわけじゃないわよ。闇に紛れるって意味合いはあるらしい。魔術師です、って正体を明かしているようなものだけど、魔術師であることを誇りに思っているから当然のように着ているわけ」
まあ黒いコートを着ている一般人もいるから絶対そうであるとは言い切れないけれど、とアリスは付け加えた。
月宮は改めて射干玉の姿を見たが、一般人だとしても怪しい風貌だ。目深に被ったフードもそうだけれど、やはりそのコートのサイズが二回り以上大きいことも怪しさを増長させている。本来なら地面に触れることのない裾、異様に余った袖――見るからに一般人ではなかった。
「俺の先輩?」
「湊の後輩は二人しかいないでしょう」
「念のための確認だ。最近よく見るけど、偶然が重なっているだけか?」
「よく見るってまだ二回目じゃない――まあ、そうね、偶然が重なっているといえばそうかもしれない。普段は姿を見せないようにしてもらってるのよ。《治癒》――またはそれに近い能力は稀有だし、いのりほど強い力となると、二人もいなかったはず。だからあまり口外もしてないの」
「今まさに、口外しただろ」
「当然よ。私の自慢の子なんだから」
聞き間違えたのかと月宮は思った。
自慢の子ではなく、本当は自慢の駒と言ったのではないかと。
彼女は基本的に所員を駒のようにしか見ていない。所長代理とはいえ、それを務められるのはただ彼女が所長の妹だからではなく、徹底的に非情かつ冷徹に駒を動かせるからだ。私情を挿むことなどまずない。
そんな彼女が「自慢の子」と言ったのだ。聞き間違えたと感じてもなんら不思議ではなかった。
月宮が疑惑の目を向けていると、
「なによ、私にだって人の心はあるのよ」
と、アリスは当然のことを言った。いくら冷徹だからといって人の心を持っていないわけはない。むしろ人の心を持っているからこそ冷徹でいられる。案外、誰よりも傷ついているのは彼女自身なのかもしれなかった。
月宮もアリスも日常的に誰かを傷つけ、ときに命が潰える瞬間を見ることがある世界にいるために――慣れ過ぎたために、適応してしまったために、そういった感情が欠落しているように見えてしまうのだろう。
月宮と、アリスだけじゃない。
如月や長月。
充垣もそうかもしれない。
咎波や琴音も、ずっと今のままだったわけじゃない。
そうしなければ、そうならなければならない場所に、環境に、世界にいたからこそ、そうであるだけで、一般人から見れば非情だけれど、それでも人間に変わりない。表に出にくいだけで傷ついている。
そういった解釈もできないではない。
「そうだったな」
「そうだった、って酷いわね。人じゃないと思ってたの?」
そう言ったアリスの表情は柔らかい。怒っているわけじゃないのだ。
「ちょっとな」
「まったく、信じられない」
アリスは腕を組んで、背もたれに身体を預けた。
「ところでなにしに来たのよ。本当は別件があったんじゃないの?」
月宮は茜奈のことについて話した。ありのままのすべてを打ち明けた。
彼女の手が冷たく、おぞましい気配がしたこと。
如月たちから「偽神の魔手」について訊いたこと。
アリスは瞼を閉じながらそれを聞き、射干玉は変わらず微動だにしなかった。
「なるほどねえ」と聞き終えたあとにアリスは言った。
「たしかに気になるわね。秋雨とデートしたわけ」
「デートって……」
「違うの?」
「ただ商店街を回っただけだろ」
「それを世間一般ではデートっていうんじゃないの?」
ねえ、とアリスは射干玉に同意を求めた。しかし彼女は首を横に振った。違う、という意思表示なのか、知らない、ということなのかは、月宮には判断できなかった。
「まあ、いのりは知らなくて当然だけど。憶えておいた方がいいわ。そして経験しておいた方がいいと思うわよ」
「お前はしたことがあるのかよ」
「ないわね。あくまで、いのりが経験した方がいいっていう話よ」
「あそう……」
「なによ、文句あるの?」
「いや、ないけど」
「ならいいの。とにかく、魔術師が動いたのなら姉さんが気付くはずだから――気付いているはずだから、その線はないわね。機関に所属しているわけじゃない」
彼女の姉であるアイリスは、《裏の世界》の動きには敏感だ。ミゼット・サイガスタがこの街に来訪することも気付いていた。網の目が小さい情報網を持っているのだろう。「最高」の称号を与えられているのだから、人望もあるのかもしれない。
その人望の網が、茜奈を捕らえられていない。それはつまり、魔術絡みではないと断言しても問題はないだろう。微かな可能性もあるが、大きな魔術を試みようというのならば、それこそ網に捕らわれる。
アリスは続けて言った。
「ただ私の記憶に間違いがなければ、茜奈なんて《欠片持ち》もいないわよ。いたとしても湊が――湊の眼が脅威だと感じるとは思えない」
「偽名ってことか」
「その可能性もあるわね」
そしてもう一つの可能性、とアリスは人差し指を立てた。
「ノーナンバー。つまり、この街の能力者名簿に記載されていない」
この街の《欠片持ち》は全員がその名前を能力者名簿に記載される。突如として現れた稀有な存在であるため、少しでも多く研究対象が欲しいためだ。どんな能力を持ち、いつから発現するのか。それを調査し、《欠片持ち》の正体の解明を成し遂げようとしている。
そのため能力者だけでなく、街の住人を対象にして血液のサンプル等を採取していた。
今では《欠片持ち》だけが発する微弱な波動を捉える装置も開発されている。都市警察がそれを使用している、と月宮は小耳に挟んでいた。
「実際、それはできるのか?」
「できないわね。この街にいれば血液サンプルは取られ、その際に雪柳研究所が開発した装置で《欠片持ち》であるかを調査される」
「魔術師と同じく“外”からってことか」
「でもやっぱりただの《欠片持ち》なら湊がそこまで過敏に反応することはないだろうし、かといって姉さんが動かないから魔術師でもない……。わけわかんないわね」
「アイリスが脅威に感じず、特に街を荒らすってわけでもない。だけど少なくとも俺は精霊のときかそれ以上の脅威は感じたと思う」
「まあ姉さんが帰ったら訊いてみるわ。なにか心当たりがあるかもしれないし」
「またいないのか」
アイリスは事務所にいないことが多い。むしろ希少といってもいいくらいだ。月宮が事務所に配属してからというもの、ここで遭遇した回数は十回に満たない。所長というわりには席を空けてばかり。
しかし彼女がどこへ行っているのか知っている者はいない。妹のアリスですら、所長代理ですらなにも聞かされないのだ。
不自然極まりないが、それで彼女の地位が揺るぐことはない。それくらいで揺らぐようであれば琴音も咎波もアイリスについてきていないだろう。
アリスは肩を竦めた。本当に呆れているのだろう。
「まあね。ただ意味のないことはしない人だから、きっと“これから”を左右することを解決するなり、その準備をするなりしてるんだと思うわ」
そうだ、とアリスはデスクの引き出しをおもむろに開けて、書類の束を取り出した。ざっと四、五枚ほどのものだ。
「なんだそれ」
「姉さんが“世界”を気にしているように、湊は“街”を気にしてみたら? 都市警察の奴らが躍起になって捜査しているけど、まだ犯人が見つかってないみたい」
「どんな事件なんだ?」
「人体だけが消失するってだけ」
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